ケニアのマサイマラ保護区(※)で小型飛行機を自ら操縦し、象牙・銃器の探知犬、密猟者の追跡犬とともに、ゾウ密猟対策活動や野生動物の保護に奔走する滝田明日香さん。今年1月、ケニア政府から麻酔銃の所持許可証を得て、野生動物治療が可能になった滝田さんは今、多忙な日々を送る。
※1 ケニア南西部の国立保護区。タンザニア側のセレンゲティ国立公園と生態系を一にする。
麻酔銃を使う野生動物の治療
公園内のくくり罠、公園外の弓矢
1月に麻酔銃が手に入ってから、徐々に野生動物の治療に出向くことが増えてきた。現時点では、ケニア野生動物公社からの絶滅危機に瀕した動物の治療の許可が出ていないので、私がアテンドするケースは主に、ヌーやシマウマの有蹄類である。
動物のレスキューで、ワイヤー罠が動物にどのような危害を与えるのかを改めて垣間見られた。ワイヤー罠はどういうものかと言うと、野生動物が歩く獣道に設置されている「くくり罠」のことだ。くくり罠と言っても、巨大なアフリカの野生動物を仕留めるための罠なので、使われているワイヤーのサイズも桁違いに大きなサイズ。その巨大なワイヤーは、長距離ローリー(トラック)のタイヤの内側に装着するような太いもので、切断するのも一苦労なしろものである。私が最初に使ったワイヤーカッターは、そのワイヤーの強さで曲がってしまい、より大きいワイヤーカッターを買い直さなくてはならなかった。
ワイヤー罠にかかる動物は、有蹄類から肉食獣までさまざまだ。私が治療したワイヤー罠のケースは、シマウマ、ヌー、バッファローから始まった。シマウマでは首や足にかかったワイヤー罠、お尻に刺さった弓矢。特にレスキューに呼ばれることが多いのが、公園のすぐ外で弓矢が動物に刺さる事例だ。ワイヤー罠は、そもそも密猟者が干し肉のために仕掛けた罠なので、ワイヤーで足や首が切れた動物はほとんど公園内で見つかる。しかし、弓矢が刺さる事例は、農民が畑に入った野生動物を追い払う時に使うことによって発生するので、公園の外側で起きる場合が多い。
特にシマウマが多い。公園の外にある民家の近くでは、ライオンなどの大型肉食獣が少なく、シマウマなどの草食獣にとって安全なエリアであるからだ。ほかに公園の外でよく見る野生動物は、キリンやインパラなどである。キリンの大きな群れを公園内で見ることはほぼ皆無だが、マサイの民家があるエリアでは30頭から50頭の巨大な群れを見ることができる。
しかし、大型草食獣はマサイなどの遊牧民ではない農民にとって頭の痛い動物だ。シマウマが畑に入って農作物を食べたり、さらに畑の地面を歩くだけでも彼らの重い体重によって地面が固まってしまって、次の農作シーズンに種が発芽しにくい地面になる。そのため農民は、畑に入ってしまったシマウマの群れを弓矢や槍で追い出そうとする。キリンは木の葉っぱを食べるので畑には入らないが、なぜかティーンエイジャーなどが弓矢の標的にしてしまうことが多く、マサイの住むエリアでは弓矢で傷ついた動物のレスキューにあたることが多い。
1瓶8万円、やたら高価な麻酔薬
射撃ミスがないよう欠かせぬ練習
日々、シマウマやバッファロー、ヌーなどの治療に没頭している中、オロロロ・ステーションのワーデンから「ワイヤー罠を首から引きずっているハイエナがいるので外してほしい」という連絡が入ってきた。マサイマラエリアに配属されているケニア野生動物公社獣医が休暇をとって不在だったので、獣医デパートメントのボスに問い合わせをしてみると、「ハイエナだったらエトルフィンで眠らせられるので、アテンドしていい」とのことで、初めて肉食獣を治療することが許可された。
エトルフィンはオピオイド薬物の中でも、モルヒネの1000倍に達する最も高い鎮痛活性を持つ麻酔薬で、ほとんどのアフリカ大型野生動物の治療に使われている。南アフリカでは、もっと迅速に動物を眠らせるフェンタニルもあるが、ケニアではエトルフィンがメインで使われている。
しかし、この薬がやたら高いのである。1瓶5㎖しかないエトルフィンとそのリバース剤だけで、8万円以上。たとえばゾウに使えば、2頭分でなくなってしまう。シマウマだと大きさにもよるが、8頭ほど眠らせることができる分量である。もし、ゾウ用に使うエトルフィンのダーティング(麻酔銃を撃つ)をミスすると4万円が飛んでいく。大変な話である。シマウマのダーティングをミスすると1万円がすっ飛んでいくので、絶対にミスしないように射撃の練習は欠かせない。
初めて治療した肉食獣ハイエナ
その後、生きのびたと連絡
ハイエナは初めての肉食獣で、ドキドキものだった。他の獣医が治療しているのをアシストしたことは数え切れないほどあるが、自分ですべてを仕切るのは初めて。野生動物治療はその90%がどのように動物を眠らせて、そして治療の後に素早く起き上がらせるかにかかっている。実際の治療よりその前と後の方が難しいのである。
なぜなら野生動物は広大なサバンナや森の中にいるので、最初のハードルは探し出すことだ。探し出すことができたら、次のハードルはダーティングが可能な地形の土地にセットアップすること。キリンなどは麻酔がかかると目が見えなくなって暴走するので、四駆で追いかけることができる平たい地形でないと、川の中に落ちて溺れて死んでしまったり、崖から落ちてしまうこともある。
実際に大学時代にケニア野生動物公社獣医の実習にアテンドした時は、茂みや崖が多いエリア内での治療で、麻酔がかかって暴走を始めたキリンが崖から落ちて首の骨を折って死んだのを見たことがある。麻酔がかかって走るキリンをロープで四駆にくくりつけてスローダウンさせた後、走るキリンの足をロープでくくって人力で倒すのだが、その時はそれができる平らな土地が足りなかった。そして2トン近い体重の雄のキリンは、ロープを縛り付けた四駆を引きずりながら崖に落ちていった。車に乗っていたレンジャーたちを救おうと、他のレンジャーが必死になってナイフでロープを切り、なんとか人が死ぬことは免れたが、命がけの治療だった。
私の初めてのハイエナ治療では、ちょっと目を離した隙に、ハイエナはサバンナの高い草の中に消えてしまって、その後30分ぐらい車3台で必死になって探すハメになった。もう見つからないからあきらめるしかないという時に、1台の車から「いたぞ!」と連絡が入り、やっとのことで首の部分にワイヤーが刺さり気管支まで切れていたハイエナを治療することができた。治療後、首からも息をしながらそのハイエナは生きのびたと、後日レンジャーから連絡が入った。
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山脇愛理(アフリカゾウの涙 代表理事)
三菱UFJ銀行 渋谷支店 普通 1108896
トクヒ)アフリカゾウノナミダ
たきた・あすか
1975年生まれ。米国の大学で動物学を学んだ後、ケニアのナイロビ大学獣医学科に編入、2005年獣医に。現在はマサイマラ国立保護区の「マラコンサーバンシー」に勤務。追跡犬・象牙探知犬ユニットの運営など、密猟対策に力を入れている。南ア育ちの友人、山脇愛理さんとともにNPO法人「アフリカゾウの涙」を立ち上げた。 https://www.taelephants.org/
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▼滝田あすかさんの「ケニア便り」は年4回程度掲載。
本誌75号(07年7月)のインタビュー登場以来、連載「ノーンギッシュの日々」(07年9月15日号~15年8月15日号)現在「ケニア便り」(15年10月15日号~)を本誌に年数回連載しています。
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