オーストリア・ウィーンのストリートペーパー『アウグスティーン』は、2023年10月よりキャッシュレス決済を導入した。この取り組みを実現させたのは、ウィーン商工会議所(Vienna Chamber of Labour)から資金提供を受けたデジタル化プロジェクト「アウグスティーナ」だ。 

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販売者の中にもキャッシュレス賛成派と懐疑派

一般の人たちと同じく、販売者の中にもキャッシュレス決済の賛成派と反対派がいて、「現金でなければ」と考える人もいれば、どちらにも対応できることが大切と考える人もいる。「昨日だけで2人から『新聞を買いたいけど小銭の持ち合わせがない。100ユーロ紙幣(約16,000円)でお釣りをもらえるか』と聞かれました」と話すのは大型ショッピングモール前の販売者ジャン・ピサールだ。「近頃は現金を一切持ち歩かない人も多いので、アウグスティーン紙もキャッシュレスで買えるようになるといいなと思います。価値のある投資ですよ」

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 Credit: Mario

その一方、第5区マルガレーテンのスーパーマーケット横で販売するズジ・ゴルナーはお客さんからキャッシュレス決済について聞かれたことがなく、「私のお客さんはいつも現金を持っているので、新しい技術にもあまり関心がありません。もちろんキャッシュレス決済を希望するお客さんがいれば、断りませんけど」と消極的だった。

アウグスティーン紙のプロジェクト全体を統括するSand & Zeit 協会は、現金と合わせて、路上でのデジタル決済への対応を決定。2023年10月6日、デジタル化プロジェクト「アウグスティーナ」は1年以上のテスト期間を経て、ミュージアムクォーターでの記念イベントをもって正式にローンチした。

そもそものはじまりは、2019年、ドイツ・ハノーバーで開催されたグローバル・ストリートペーパー・サミットに参加したクラウディア・ポッペがキャッシュレス決済のアイデアを持ち帰ったことだ。当時、北欧ではすでにキャッシュレス決済が普及し、北米の一部のストリートペーパーではキャッシュレス決済の導入を進めていた。「話題にしたのはその時が初めてです」と、1999年からアウグスティーン紙で広報、イベント開催、SNS運用を担当し、現在はアウグスティーナプロジェクトのリーダーを務めるポッペがいう。

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 Credit: Mario

「販売者はカード機器やスマートフォンなどのデバイスを所持する必要がないこと」「できるかぎりシンプルで使いやすい仕組みとすること」など、当時ポッペが打ち出した要件が現在の運用の基礎となっている。IT担当者らと打ち合わせを重ね、プロジェクトは実行可能かに思えたが、ほどなくして「資金面のサポートが必要な大型プロジェクトになることが判明しました」とポッペ。予算を超える見積もりになってしまったが、ストリートペーパー事業は公的資金を申請する基準を満たしていない。

ハッカソンへの参加がIT専攻学生との共同プロジェクトに発展

導入日も決まっていない、ぼんやりとした夢物語であったにもかかわらず、2022年9月、 ウィーン商工会議所はSand & Zeit 協会を「ハッカソン」に招待してくれた。広報担当のジルヴィア・ガロジと編集部のゾニア・メロは、キャッシュレス決済のビジョンについてプレゼンを行った。 IT集団「コンヴァイヴ(Convive)」*1 から来ていたコンピューターサイエンス専攻の学生フェリックス・エッフェンベルグとレオン・ベッカルドとの出会いもあり、共同で考え出したソリューションが受賞した。

*1 https://convivecollective.com/

おかげで、アウグスティーン紙のキャッシュレス決済プロジェクト(通称「アウグスティーナ」)を、商工会議所のデジタル資金支援プログラムに申請できることになった。「すぐに提案書を作成して提出。資金援助を受けられると連絡がきたのはクリスマス直前のことでした」とポッペ。

プロジェクト実施期間は2025年2月までの2年間だ。およそ20万ユーロ(約3200万円)の資金提供を受け、アウグスティーン紙は協力会社とともに、オンラインストア(紙媒体またはデジタル媒体の新聞、オリジナルカレンダーなどの関連グッズを販売している)経由のキャッシュレス決済を開発し、販売者にとってはシンプルで利用しやすいシステムを構築した。

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Credit: Michael Bigus

販売者に必要なのはQRコード付きの新しいIDカードのみ。お客さんはスマートフォンかタブレットで支払う。「技術を開発するだけでなく、販売者がメリットを感じられるように資金を使うことが私たちには重要なのです」とポッペ。プロジェクト費でカバーされるのは、ドイツ語クラス、複数言語でのトレーニングコース、アウグスティーン紙の専属デザイナーが作成したアニメーション教材、販売者の新規IDカードなど。「専門家パネル(expert panel)に参加する販売者には経費補助もあります」

「私の役割は販売者にデジタル化プロジェクトに慣れ親しんでもらうこと」と話すのは、プロジェクト期間中のみ雇用されているマティアス・ジョルダンだ。「ドイツ語のクラスや専門家パネルの取りまとめを担当しています。スタッフと販売者をつなぐ窓口みたいなものです」

「新しい技術はよくわからない」「本当に決済されたのか、どうやったらわかるんだい?」「もうチップはもらえないのかい?」販売者から寄せられる数々の不安や疑問の声に対応するのも彼の仕事だ。その都度、「機器を操作するのはお客さんだけ」「決済されると緑色のライトが点灯する」「キャッシュレスでもチップをもらうことはできる」と明確に説明し、販売者たちに納得してもらっている。

既存の営利サービスに頼らないシステムを独自構築

多くの企業はより包括的な方策を取ろうとした挙げ句、貧困層の人たちに“してあげる”ものとなる。「システムを構築だけして当事者はそれを受け取るだけ」とならないよう、「今回のプロジェクトは、できるかぎり販売者たちと“ともに”システムを構築してきた」とジョルダンは自負する。

アウグスティーン紙が独自のキャッシュレス決済システムを構築したのは将来性に備えるためだけでなく、「自分たちでかたちにできる」ことを示すためでもあった。でないと、営利企業の既存決済サービスに依存しているかぎり、彼らが提示する条件に従わざるをえない、とポッペは語る。 IT集団コンヴァイヴはオープンソースでソフトを開発したので、他のストリートペーパーもプログラムにアクセスでき、自分たちのニーズに合わせてカスタマイズできる。オーストリアの他のストリートペーパー『Mo』(ウィーン)や『メガフォン』(グラーツ)、それにドイツの『ヒンツ&クンスト』誌(ハンブルク)とは当初から連携している。

プロジェクト始動から数ヶ月が経った。当初はキャッシュレス決済に懐疑的だった販売者のズジもキャッシュレス決済のメリットを実感し、今ではお客さんに積極的に利用を勧めている。

『アウグスティーン』紙
https://augustin.or.at/



By Jenny Legenstein
Translated from German via Translators Without Borders
Courtesy of Augustin / INSP.ngo

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