世界は常に変化している。とくに近年、政治、経済、社会、テクノロジーの変化は速度を増し、“変化こそ唯一不変”とも言える状況だ。ジャーナリズム界においても、変化を恐れるのではなく、これからの展望をしっかりと見極めていかねばならない。国際ストリートペーパーネットワーク(INSP)のマイク・フィンドレー・アグニューCEOが、ロイター・ジャーナリズム研究所が発表した報告書『2024年ジャーナリズム、メディア、テクノロジーの動向と予測*1』の内容を踏まえ、ストリートペーパー事業という一つのジャーナリズムに与える影響を考察した。
*1「Journalism, media, and technology trends and predictions 2024」
Courtesy of Andrew Neel on Unsplash
各国で総選挙も、メディア不信傾向
2024年のカレンダーはぎっしり埋まっている。英米など約40の国・地域で総選挙が予定されているのだ。世間の関心が高まり、ニュース記事により売上UPが見込めることから、これをポジティブにとらえるメディアもあるだろう。しかし最近の研究からは、メディアに対する信頼度は下降傾向にあり、“山火事のごとくメディア回避が広まっている”と言われることも。また、人工知能(AI)の進歩が民主的プロセスに及ぼす影響が危惧されている。英国では2023年、キア・スターマー労働党党首がスタッフを罵倒する動画が拡散された。後にフェイク動画と判明したものの、その真偽を見極める難しさは、AI がわれわれ人間を操る未来を印象づけた。リストラが進むメディア、新たな収入源の確保が必要
コロナ禍は収束したものの、物価高騰が続き、厳しい時代となっている。貧困率の上昇を伝える報道も目立つ。ロイター通信が「2023年、米国ではメディア関連で約2万の雇用が失われた」と報じたように、スタッフ削減を余儀なくされたメディア機関も少なくない。報道機関が生き残るには、サブスクリプション(定期購読)や、利用量によって設定価格を変えるバンドル形式の採用など、既存の方法に頼らない多様な収入源を確保することが求められている。想定読者の年齢層と乖離するメディアの人員構成
メディア内部の人員構成に目を向け、想定読者層の年代と合っているかを見直す必要がある。ありきたりな言い方になるが、若い世代は新しいテクノロジーを受け入れる傾向が高い。メディア機関の上層部は、現在どのようなスタッフを雇用しているかを省み、健全な組織運営を続けるために必要なスキルや文化を見極める必要があろう。「AIができること」と「人間にしかできないこと」の見極め
テクノロジーの変化は加速している。報道機関にとって、AI は脅威であると同時にチャンスでもある。AI テクロロジーを避けて通ることはできないのだから、その発展に遅れを取らないよう対策を講じることが重要だ。フェイクニュースへの不安からメディア回避が助長される一方、AI の利用が広がることで その限界が認識され、かえって「生身のジャーナリスト」への信頼度が高まる可能性も秘めている。AI によるコンテンツの無断使用や改ざんに関する法的な争いに巻き込まれている報道機関もすでに出てきている。時間も費用もかかり、本来のビジネスに集中できなくなる恐れもある。AI をはじめとする先端技術をどう規制、統制するかという課題に向き合うには、報道機関には法的支援が必要だ。
倫理的にも過渡期にある。公的情報や報道機関への信頼の欠如が、AI による文章・画像・音声・動画の改ざんによって、さらに悪化するおそれがあるからだ。虚構やプロパガンダを拡散させる危険性がかつてないほど高まるなか、報道機関は最新テクノロジーとどのように付き合っていくか、自分たちの価値観に沿った倫理基準を設けていく必要がある。もはや、自分たちとAI は別世界にある、と捉えることなどできない。心理学者のバラス・スキナー(1904-1990)の言葉を引用するなら、「ロボットが意思を持っているかではなく、人が意思を持っているかが問題なのだ」。
ストリートペーパー事業の展望
国際ストリートペーパーネットワーク(INSP)に属する35カ国、92のストリートペーパー事業にとっても、この報告書は多くのことを示唆している。我々は過去30年間、ホームレス状態にある人たちが路上で新聞や雑誌を販売することで生計を立てられるよう、紙媒体を主力としてきた。購読者と言葉を交わす機会は社会との接点となり、販売員の精神衛生にプラスとなってきた。AI image generated using Canva
紙媒体の提供は今後も続けていくが、その一方で、他の報道機関が直面する課題にも立ち向かわなければならない。ホームレス問題の解消という共通の目標達成に向け、イノベーションと新たな挑戦を探っていく必要がある。
AI が作り出したゲスト編集者ジュヌヴィエーブ・スタンレー氏を迎えた『ビッグイシュー南アフリカ版』の取り組み*2など、多数のイノベーション事例も出てきている。ギリシャのストリートペーパー『シェディア』は、雑誌の提供以外にも、アテネ市内でカフェバー「シェディア・ホーム」、アップサイクル製品の販売やワークショップやイベントを開催する「シェディアート」の運営を行い、事業の使命に沿ったかたちでイノベーションを起こしている。事業存続のため、そして社会的弱者とされる人々をサポートするため、収入源の多様化に取り組む必要がある。
*2 The Big Issue #318 introduces AI Editor
2024年9月、英国リバプールでグローバル・ストリートペーパーサミットが開催される。メンバー各誌の編集者が一堂に会し、上記の課題について議論する予定だ。“変化こそ唯一不変”。ストリートペーパー事業はこれまでも、さまざまな予測不能な状況を受け入れ、乗り越えてきた。これからもその姿勢を貫いてくれると確信している。
By Mike Findlay-Agnew
Courtesy of INSP.ngo
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https://www.bigissue.jp/2022/09/24354/
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ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。
ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊450円の雑誌を売ると半分以上の230円が彼らの収入となります。