ケニアのマサイマラ保護区(※)で小型飛行機を自ら操縦し、象牙・銃器の探知犬、密猟者の追跡犬とともに、ゾウ密猟対策活動や野生動物の保護に奔走する滝田明日香さん。2023年、ケニア政府から麻酔銃の所持許可書を得て、野生動物治療が可能になった滝田さんは初の肉食獣の治療として、怪我をしたライオンに続き、母親を亡くしたチーターのレスキューに向かう。(前編はこちら






ケニア南西部の国立保護区。タンザニア側のセレンゲティ国立公園と生態系は同じ。

次の日、チーターが見つかる
ヘリコプターで現場に移動

 次の日の朝になっても、チーターの赤ちゃんが見つかったという連絡は入ってこなかった。やっぱり生後5ヵ月半のチーターが2晩続けて闇夜を生きのびるという幸運は訪れなかったのか。残念だが自然界では強いものしか生きのびていけない。そんな野生動物の悲しい生きざまをずっと見てきたので、あまり期待はしていなかった。

 ところがお昼近くになって、レスキューに同行した同僚ワーデンから「チーターが見つかったぞ! 今すぐ出発する。どこにいる?!」と電話がかかってきた。私が麻酔銃で撃った麻酔から覚めた後、肉食獣がウヨウヨしているサバンナの夜を生きのびたのか? ライオンの攻撃もハイエナの攻撃も逃れ、さらに2晩目も生きのびるとは、どれだけ幸運なチーターの赤ちゃんなのだ。驚きを隠せない。

 またしても昨日のように往復8時間運転して現場に向かうのか、今のうちにお昼ご飯を食べておかないと夜中まで何も食べられないなどと考えていると、「10分後にヘリコプターが迎えに来る」と言う。何? 今日はヘリコプター移動なのか? ヘリコプターだと片道4時間がたった10分で着く。なんてラッキー。マサイマラの移動は真っ直ぐに行けば10分の距離でも、その間にマラ川が流れているので、橋がある場所まで大きく迂回しなくてはならず、車だと4時間もかかるのである。

 薬やら麻酔銃を取りに、オフィスに急いだ。準備ができる頃には、遠くからバラバラバラバラというプロペラ音が聞こえてきて、オフィスのゲートの前に見慣れたヘリコプターが近づいてきた。4人乗りの小さなロビンソンR44というヘリコプターで、以前、友達が「マラエレファントプロジェクト」という団体の活動で操縦していたヘリコプターである。

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2日目はヘリコプター移動

 以前は友達が畑に侵入したゾウの群れを追い払ったり、ケニア野生動物公社獣医がゾウの治療時のダーティング(麻酔銃で麻酔薬を打つ)に使っていた。現在は違うパイロットの持ち物になったようだ。
 今日、捕獲するのに成功したら、帰りはチーターを運ぶ必要があるので、現場に向かったのは私と同僚だけだった。オフィスを出発し、マラ川を超えて昨日チーターを探していたエリアへの到着に要したのはたった10分。滑走路が必要な私の飛行機と違って、どこでも簡単に着陸できる。どれだけ楽なんだ、ヘリコプター移動。

木の上に寝っ転がるチーター
20mの距離。狙いが定められない

 現場に到着してレンジャーたちの車に移動、チーターがいる場所に向かった。チーターは背の高い木の真ん中ぐらいの枝の上に寝っ転がっていた。夜間は木の上に避難していたようだ。なんて頭のいいサバイバル能力が高い赤ちゃんなんだと感動した。昨日、ダーティングした後に忽然と足跡が消えて誰にも見つからなかったのも、きっと木の上に登って隠れていたのに違いない。

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木の上にいるチーターの赤ちゃん。木の枝に隠れて麻酔銃の狙いが定まらず、なかなかショットが打てない


 昨日使えと指示をもらっていた麻酔の量だと、効き目が少なくて逃げられる可能性があるし、ダーティングを午後に始めると夕方までかかって再び逃げられてしまうかもしれない。同僚の野生動物獣医に麻酔薬の量を若干多めにしろと言われたので、そうしてみた。

 すべての準備をして車を近づけてみると、木と車の間に小川が流れていて20m程度の距離までしか近寄れないことが発覚。チーターが木から降りてしまうと見つけるのが難しく、確実に木の上にいる間に射撃しないといけない。いつもシマウマやバッファローなどの身体の大きな動物を狙っているだけに、チーターの赤ちゃんの太ももは、20mの距離があると、めちゃくちゃ小さいターゲット!

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 いったい、ちゃんと当たるのか? 狙いを定めようとするが、チーターが動いて太ももが枝の後ろになってしまってターゲットが定まらない。お腹に当てると内臓に当たるし、前足を狙って外すと針が長いので赤ちゃんだと肺に当たる可能性が多い。うーん、かなり難しいシチュエーションである。しばらく待つが、太ももを狙わせてくれない中、時間だけが過ぎていく。


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捕獲開始前に、チーフのパーク・ワーデンと彼のレンジャーたちと作戦会議

アドレナリンで効かない麻酔薬
絶対に捕獲しろ!と、指示

 ワーデンが「このままだったら何もできない! 何かあったら俺が責任を取るから、前足を狙ってもいいぞ」と許可をくれたので、前足を狙うことになった。手を安定させ狙いを定めてトリガーを引いてダート(麻酔薬が入った矢)が空中に飛び出たのが見えた。しかし、麻酔銃が発砲された音が聞こえた瞬間、チーターが警戒して縮み込んでしまい、ダートは肩の上を飛んでミスしたのが見えた。

 前足を狙って、前足の動きは後足よりも速いのを初めて知った。失敗したが、幸いにも木の上から飛び降りるほどは驚かなかったらしく、ちょっと動いたおかげで太ももが枝の前に少し出てくれた。2発目はその太ももに狙いを定め、やっとのことでダートが命中した。

 ダートが入った瞬間、チーターは木の上から飛び降りてブッシュ(茂み)の中に消えた。レンジャーたちが全員ブッシュに走り込んでその後を追う。麻酔薬はアドレナリンが出てしまうと効いてくれないので本来なら静かに寝るまで待たないといけないのだが、このシチュエーションで待つことは不可能。ブッシュの中へ消えてしまわないうちにと、レンジャーたちも見失わないよう懸命に追跡を続ける。
 するとやはりアドレナリンが出て、レンジャーの姿が見えるとウトウトし始めていたチーターが突然頭を上げて走り出してしまう。またこれでは昨日と同じことになる。何度も追跡をするがその度にチーターが走り出してしまい、結局2時間近くたってしまい、もう薬の効果も消えてしまった。

 2日目になるとこのレスキューもマサイマラ中の噂になり、友達の野生動物獣医からもじゃんじゃん電話がかかってきた。「もう夕方になってしまうから、もう一度ダーティングするしかない! 今晩も生きのびられるとは思わないから、今捕獲できなかったら死ぬと思って、絶対に捕獲しろ!」と。

 捕獲できるものならこっちもしたいわと思いながら、「アドレナリンに対抗するために、成獣を完全に眠らせるくらいの量で捕獲しないと不可能だ」という指示に従って、またダートを作り直した。もう木の上でのんびりしてくれたチーターではなく、近寄る車に警戒して側に寄ることも難しい状態。サバンナを走っているかブッシュの中を隠れながら移動しているので、少しも動きを止めてくれない。ついに動くターゲットを仕留めるしか選択がなくなってしまった。
(後編に続く)

(文と写真 滝田明日香)


「アフリカゾウの涙」寄付のお願い
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山脇愛理(アフリカゾウの涙  代表理事)

三菱UFJ銀行 渋谷支店 普通 1108896
トクヒ)アフリカゾウノナミダ


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以上、ビッグイシュー日本版475号より「滝田明日香のケニア便りvol.29」を転載。

たきた・あすか

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1975年生まれ。米国の大学で動物学を学んだ後、ケニアのナイロビ大学獣医学科に編入、2005年獣医に。現在はマサイマラ国立保護区の「マラコンサーバンシー」に勤務。追跡犬・象牙探知犬ユニットの運営など、密猟対策に力を入れている。南ア育ちの友人、山脇愛理さんとともにNPO法人「アフリカゾウの涙」を立ち上げた。 https://www.taelephants.org/


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▼滝田あすかさんの「ケニア便り」は年4回程度掲載。
本誌75号(07年7月)のインタビュー登場以来、連載「ノーンギッシュの日々」(07年9月15日号~15年8月15日号)現在「ケニア便り」(15年10月15日号~)を本誌に年数回連載しています。







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