電気自動車、太陽光発電、ヒートポンプ......気候変動対策を推進していくには、国内外を問わず、富裕層と低所得層を分け隔てる「富と資源の大きな格差」に向き合わなければならない。なぜこの格差がネットゼロ*1 移行の大きな障壁となるのか、エマ・E・ガーネット(オックスフォード大学健康行動チーム研究員)とシャーロット・A・クカウスキ(ケンブリッジ大学気候変動緩和ポスドク研究員)が『ネイチャー・クライメートチェンジ』に発表した論文*2 の内容を紹介しよう。
 


*1 温室効果ガスの排出量と吸収量のバランスをとり、CO2排出量を正味ゼロにすること。
*2 Tackling inequality is essential for behaviour change for net zero (2024)

CO2最大排出源は富裕層

世界中の富裕層と貧困層のCO₂排出量の差に焦点を当てたNGOオックスファムの最新分析によると、最も裕福な1%の人々の排出量は、最も貧しい66%の人々が排出するCO₂量を合わせたものに匹敵するという*3。気温上昇を1.5度で食い止めるのに個々人が排出できる年間CO₂量、いわゆる「炭素予算」は約1トンとされているのに、最も裕福な1%の人々は、その100倍以上にあたる年間平均で110トンもの炭素を排出しているのだ。公平な負担でネットゼロへの移行を実現し、気候危機の最悪の状況を回避するには、この最大の排出源から手をつけていくべきである。

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LukaTDB/iStockphoto

*3 Richest 1% Emit As Much Planet-Heating Pollution As Two-Thirds Of Humanity(2023.11)

富裕層に逆らえない政治家たちの限界

富裕層は自分たちに都合がよい政治となるよう、政治家に影響を与えうる立場にある。それがCO2排出量の分担やエネルギー利用の公平性実現を難しくしている。化石燃料産業への投資で財を成した大富豪たちは、気候変動対策に反対の立場を取る団体に寄付を行うことで、脱炭素化の取り組みを妨げている。ロビー活動を行えるほどの超富裕層には、環境汚染を引き起こしている自分たちの行動をセーブすべきという義務感は持ち合わせていないようだ。すべての交通手段の中で最も環境に悪いとされ、ごく一握りの富裕層しか利用できないプライベートジェット機に法的な規制がないのもその一例である。

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Courtesy of Yaroslav Muzychenko

炭素税の有効活用を

どの国においても、温室効果ガス排出に対するペナルティが、地球や人間の健康にもたらす被害の大きさに見合っていない。そのため産業界は、クリーンな代替手段に切り替えるより、環境にダメージを与え続ける方が安上がりと考えがちだ。

炭素税とは本来、温室効果ガス排出や環境汚染へのペナルティを大きくし、環境にやさしい代替策を取ることが「最も低コストな手段」となるために課されるものである。例えば、ディーゼル車やガソリン車に税金を課すことで、電車やバス利用が促進される(と同時に、その税収を公共交通機関に投資する)など。このような税金の導入により、温室効果ガスの排出削減につながることは、研究が示すとおりである。

だが実際には、富裕層は変わらず温室効果ガスを排出し続ける一方で、環境にやさしくないモノやサービスの価格が上昇することの影響を被るのは貧しい人々や国々である。より平等な社会であれば、炭素税の導入によって、あらゆる人々の脱炭素化を促進できるだろう。

環境にやさしい手段を取り入れづらい貧困層

ライフスタイルの変化(ガスボイラーからヒートポンプへの交換など)には大きな先行投資が必要で、低所得者には手の届かない場合も多い。英国では、住宅の断熱化など省エネ対策の補助金を利用できるのは持ち家がある人だけで、賃貸人には自分が住んでいる住居の環境性能をコントロールすることはほぼできない。電動自転車を購入するための税制優遇措置や助成金の利用も、安定した職に就き、最低賃金を上回る収入を得ている人たちが対象となっている。低所得者を支援できる補助金制度があれば、「ネットゼロ」に向けたライフスタイルの変化を起こせる人を増やせるだろう。

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maruco/iStockphoto

可処分時間なくして緑化なし

富や収入だけでなく、「可処分時間の不平等」の問題もある。環境にやさしい交通手段を選ぼうとすると(飛行機より電車を使う等)、時間がかかったり不便だったりするからだ。肉の消費量を抑えるため植物ベースのレシピを覚えるなど、新しいスキルを学ぶには時間がかかる。富裕層は、時短労働、早期退職、掃除・育児の外注により、自由な時間を確保しやすい。勤務時間を週4日にするなど、多くの人がより均一に自由な時間を持てるようにすれば、地球にやさしいライフスタイルの実現につながりやすくなるだろう。

公共サービスはその潜在力を発揮できていない

高品質な公共サービスをより広く提供できれば、低炭素オプションをもっと簡単に選択できるようになるだろう。全世界共通でサービスが行き渡れば、人類全体のエネルギー使用量を減らしつつも、人間の基本的な福祉の基準を満たすことが可能だ。

ロンドンは、包括的な公共交通ネットワークを安価な料金で提供している。だが、都市部と郊外を比較した場合、1980年代のバス規制緩和とその後の民営化、そして2010年以降の緊縮政策の結果、郊外の方が家賃や物件価格が低いというメリットはあるものの、公共交通へのアクセスはより不平等になっている。運賃の値上げやバス路線の削減により、多くの人々が環境に負荷の少ない公共交通手段を利用できなくなり、自家用車が必須になっている。

地球の限りある資源は少数の富裕層によって浪費されている。彼らの温室効果ガス排出量を抑制し、その権力と影響力を再分配することで、皆がより持続可能な生活を送れるようになるだろう。そして地球は、人類全員が健やかな生活を送れる場所になるだろう。

By Emma Garnett and Charlotte A. Kukowski
Courtesy of The Conversation / INSP.ngo

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