タカやワシなどの猛禽類を世話しながら、鳥とともに地域の若者支援に邁進する鷹匠が米ワシントンDCにいる。貧困地区で育ち、薬物に依存していた若き時代に、自身を変えてくれた恩を返すためだ。
※下記の記事は『ビッグイシュー日本版』409号からの転載です。
米国で数少ない黒人鷹匠
世話した成鳥、野生に帰す
ロドニー・ストッツは50歳。コカインが蔓延していた頃のワシントンDC南東部で育ち、自身も若い時は違法行為に手を染めた。でもそれはもう遠い昔のこと。今やストッツは、鷹狩りの最高位「マスター・ファルコナー」の資格を持つ、米国で数少ない黒人鷹匠の一人となった。白人が主流である鷹匠の世界に挑み、猛禽類(※1)の世話に心血を注いできたのは、同じような境遇で育った若者を助けたいという思いからだ。※1 ワシ、タカ、フクロウなど、鋭い爪とくちばしを持ち、他の動物を捕食する鳥類。
米国でわずか30人ほどしかいない黒人鷹匠の一人、ロドニー・ストッツとアカオノスリの“ラヴン”
Photos: Rodney Choice / Street Sense Media
ワシントンDC郊外、精神科病院の跡地にある鳥類保護区で、ストッツは今3羽の猛禽類を世話している。少年院も近くにある場所だ。彼が運営する地域団体「ロドニーズ・ラプターズ」では、猛禽類を知ってもらい触れてもらう教育プログラムや、保護区の管理などを行っている。
「私はアウトドア派で、人間よりも鳥のほうが好きなんです」とストッツ。筆者たちと冗談を言っている間も、彼は手にのせた〝ラヴン〟という名のアカオノスリ(北米に生息するタカの一種)に向かって、毅然とした小声で静かにしているよう指示を出していた。7歳になるラヴンは彼の手の上におとなしく止まりながらも、時折羽を荒々しくばたつかせている。普通の人にとっては身がすくむような光景だが、ストッツはいとも易々とラヴンを手なずけていた。
現在世話する3羽の中には亡き愛する人にちなんで名づけた鳥もいて、ストッツたちはまるで家族のようだ。彼は幼鳥を捕獲する免許を持っており、成鳥になるまで世話をして自然に放す(※2)。
※2 猛禽類は数ヵ月で巣立つが、怪我や獲物となる動物の減少などにより死亡する幼鳥が多い。
ここでの世話とハンティングなどの調教のおかげで、多くの鳥が保護された時よりも元気な姿で野生に帰っていくという。
ストッツと鳥との出合いは20代にさかのぼる。初めて手なずけた鳥は巨大なワシミミズクで、その名は〝ミスター・フーツ〟。20年以上も前のことだ。当時ストッツは薬物から足を洗えず、密売人を続けていたが、アパート入居のために合法的な給与明細が必要だと言われ、職探しを始めた。そこで見つけたのが、環境保全活動を通じて地域の若者を支援するNPO団体。川の清掃活動や傷ついた鳥の世話を、自身と似たような境遇の若者たちとともに行った。
学校になじめない若者たち
罪を犯す前に居場所つくる
そんな彼をミスター・フーツに引き合わせてくれたのが、団体の創設者で鷹匠の上司だった。ストッツはすぐさま猛禽の世界に魅了され、最終的には、逮捕歴のある若者に傷ついた鳥の世話をさせる教育プログラムで猛禽類部門の責任者を任せられるまでになった。こうしてストッツの人生を大きく変えたミスター・フーツは、今も一緒に暮らしている。「ロドニーズ・ラプターズを立ち上げた理由は、当時私がかかわっていたのが有罪評決を受けた若者向けの更生プログラムだったからです」とストッツ。「私のところに来ていたのは、16~17歳で収監される前の子たちです。もっと自然について学びたい、このプログラムに参加したい、と彼らは言うのですが、私はこう告げなくてはなりませんでした。『まずは刑期を終えてから戻って来な』と。こんなことは、本当に馬鹿げたことだと思ったんです」。こうして彼は、罪を犯して投獄されてから対処するのではなく、そうなる前の若者と関係をつくり、教育や支援を届けられる活動として同団体を立ち上げた。
若者の犯罪率は、貧困率の高さや学校外活動の場が少ないなど地域のさまざまな要因と関連している。ロドニーズ・ラプターズのような地域教育の場は、学校に馴染めない子どもたちが居場所を見つけたり、地域の大人たちやメンターと過ごせる格好の機会だ。こうした時間が心身の発達や学業の成功によい影響をもたらすことも知られているが、特に低所得層世帯の子どもは学校外教育の機会に恵まれないケースも多い。また、地域にコミュニティを育む場や活動が少なければ、子どもたちは時間を持て余し、犯罪や非行に走る可能性が高くなると言われる。
若者が心の底から刺激的と
思えるものを見つける手助け
ワシントンDCの政策系シンクタンクでコミュニティ開発を専門とするピーター・テイシャンはこう話す。「若者にとって、自分と同じような境遇で育ったロールモデルを持つことはとても大切です。貧困地区出身のロドニーのような人物が鷹匠をやっていること自体に、驚く人も多いと思います」ストッツ自身も、ジョージワシントン大学の学生新聞で次のように語っている。「私が屋外で鳥を手にのせているだけで、みんな車を徐行させてあっけにとられたようにこちらを見ますが、いつも好意的に受け止められるわけではありません。以前、警官に車を無理やり路肩に停止させられ『車から降りて地面に伏せろ!』と拳銃を突きつけられたこともあります。そのうち警官は『連邦鷹匠免許保持者』と書いてある紙を見つけて『なんだこりゃ? 鷹匠だと?』とのけぞっていましたね」
テイシャンは続ける。「彼のエピソードからわかるのは、社会には豊かな能力の持ち主がいるのに誰もそれに気づいていないということです。機会さえつくれば、すばらしい働きをしてくれる人たちが地域には大勢いるのです」
「子どもたちは、人間関係を教室の中だけで完結させてはいけません。学校の外で、いろんな方法で他者とかかわることが重要です。一人ひとりが心の底から刺激的だと思えるものを見つけられるよう手助けをする。それが今後の人生の糧となるはずです」
団体設立から10年、ストッツと鳥たちはさまざまな境遇をもつ何百人もの若者とかかわってきた。彼らを見ていると、自身の若い頃を思い出すのだとストッツは言う。「もしも誰も介入してくれなかったら、そして、確かな方法で助け導いてくれなかったら、彼らの人生の選択肢は一つか二つ。刑務所送りになるか早死にするか、くらいしかないかもしれません」
2021年は、ストッツの活動に密着したドキュメンタリー映画『The Falconer』も公開された
Photos: Rodney Choice / Street Sense Media
「鳥たちも同様です。鷹匠が見つけて捕獲し、世話をしなければ、生きのびられません」。猛禽類の幼鳥は、多くが1歳になる前に死んでしまうという。「もうすぐ、来年に向けた繁殖期が始まります。(もし世話をすれば)幼鳥は85~90%の確率で生き残り、成長して卵を産んでくれるでしょう」
(Monique Wilson, Street Sense Media/INSP/編集部)
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