アカデミックの世界で心理学を探求しても、卒業したとたんにろくに実践の機会を積むこともないまま、カウンセリングの現場に飛び込んでいかなければならない。そんな課題を解決し、若手心理カウンセラーが実践経験を積むための仕組みがハンガリーで立ち上がった。エトヴェシュ・ロラーンド国立大学心理学博士のオルソヤ・ペストがハンガリーのストリートペーパー『フェデル・ネルクル』誌*1に寄せた実体験レポートを紹介しよう。
*1 https://www.instagram.com/fedelnelkul/
ハンガリーでは、修士号を取得したばかりの心理カウンセラーは、スーパーバイザーについて働くしかなく、かなりの費用がかかる。その時、そのコーディネーターの女性の頭の中でパズルのピースがカチッとはまった。ホームレス当事者でカウンセリングを希望している知り合いがいるので、「その人のカウンセリングをしてみない?」と言うので、私は「もちろんです。スーパーバイザーをつけてくれるならぜひやらせてください」と答えた。
sengchoy/iStockphoto
幸い、EUの「Solidarity Corps」の助成金を獲得することができ、「シェルター心理学プロジェクト」が2023年初めに発足。心理カウンセラーと私を含む9名の心理学専攻の学生がボランティアとして加わり、ホームレス当事者たちの相談に乗っている。これまでに、25名の相談者に、計130回のセッションを実施した。
相談者の言葉をそのまま返すことで、会話を深められることも学んだ。深く内省するという、心理カウンセラーとして肝となるスキルも実践でき、仕事人としてのアイデンティティがかたちづくられていくのを感じている。ほかのメンバーも同様に、セッションを重ねるごとに、相談者を支援するコミュニケーションに自信をつけている。
「あなたは大切な存在で、多くの支援も用意されている」と伝えても、彼らを取り巻く社会環境は、それと正反対に思われることがある。マズローの欲求階層*2の底辺のニーズ充足すらままならないのに、より高次元の支援に取り組もうとしているようにも思う。底辺のニーズ充足なくして、奇跡は起きない。自分の中の「成功」の概念を捉えなおす必要があり、考え方次第で「成功」はたくさん見いだせることも学んでいる。
*2 米国の心理学者アブラハム・マズローが提唱した理論。人間の欲求を、生理的・安全・社会的・承認・自己実現の5つに分け、最も下層の生理的欲求から満たされるとした。
この「心理学プロジェクト」は今後も継続される。このボランティアを体験したことにより、ホームレス支援の分野は、より経験を積んだ支援者が必要なことを痛感した。今後、私もさまざまな経験を積み、資格も取得し、この分野でしっかり支援できる人材になりたいとの思いを強くした。同じような施設や機関すべてに、新人からベテランまでいろんなレベルの心理カウンセラーが関わり、相談者と共に成長できるプロジェクト導入をおすすめしたい。決して簡単ではないが、砂漠に咲く花を見つけるような素晴らしい取り組みだと思う。
By Orsolya Pesthy
Courtesy of Fedél Nélkül / INSP.ngo
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https://www.bigissue.jp/2022/09/24354/
実践不足の若手カウンセラーと、相談の機会不足の当事者たち
ハンガリーのシェルター財団で「心理カウンセリングプロジェクト」のアイデアが生まれたのは2021年12月のこと。シェルター財団のボランティアコーディネーターを務める女性と私は、同財団に寄付で集まった缶詰の箱詰め作業をしながら、若手心理カウンセラーが実務経験を積むことの難しさについて話していた。ハンガリーでは、修士号を取得したばかりの心理カウンセラーは、スーパーバイザーについて働くしかなく、かなりの費用がかかる。その時、そのコーディネーターの女性の頭の中でパズルのピースがカチッとはまった。ホームレス当事者でカウンセリングを希望している知り合いがいるので、「その人のカウンセリングをしてみない?」と言うので、私は「もちろんです。スーパーバイザーをつけてくれるならぜひやらせてください」と答えた。
sengchoy/iStockphoto
ボランティアが増え、現場での支援が充実
長年ホームレス支援に携わっているスーパーバイザーを手配してくれて、事が順調に運んだ。ボランティアでホームレス当事者への心理カウンセリングを始めてもう2年になる。当初、カウンセラーは私一人だったが、長期的に取り組むべき活動としてボランティアの数を増やし、資金も確保し、プロジェクトを拡大させることになった。幸い、EUの「Solidarity Corps」の助成金を獲得することができ、「シェルター心理学プロジェクト」が2023年初めに発足。心理カウンセラーと私を含む9名の心理学専攻の学生がボランティアとして加わり、ホームレス当事者たちの相談に乗っている。これまでに、25名の相談者に、計130回のセッションを実施した。
現場で学べることの重要性
このプロジェクトのインパクトは数字だけでは言い表せない。専門スキル、対人スキル、自己認識など、想定以上のことを学ばせてもらっている。グループセッションのかたちで相談者と向き合うなかで、大学での学びを実践できている。大学では理論を学ぶが、それらを実践する時間や機会は十分ではない。相談者の言葉をそのまま返すことで、会話を深められることも学んだ。深く内省するという、心理カウンセラーとして肝となるスキルも実践でき、仕事人としてのアイデンティティがかたちづくられていくのを感じている。ほかのメンバーも同様に、セッションを重ねるごとに、相談者を支援するコミュニケーションに自信をつけている。
難易度の高いホームレス支援
新人の心理カウンセラーにとって、ホームレス支援はある意味“手強い”分野である。困難な状況にある人たちに向き合うのは、流し込んだばかりのコンクリートの上を猫が歩いて足跡をつけるようだ。私たちは週に一度、50分のカウンセリングを提供するが、セッションが終われば、相談者はいつもの生活に戻っていく。ほとんどは、日々の暮らしの基本的なニーズを満たすことに苦労している人たちだ。「あなたは大切な存在で、多くの支援も用意されている」と伝えても、彼らを取り巻く社会環境は、それと正反対に思われることがある。マズローの欲求階層*2の底辺のニーズ充足すらままならないのに、より高次元の支援に取り組もうとしているようにも思う。底辺のニーズ充足なくして、奇跡は起きない。自分の中の「成功」の概念を捉えなおす必要があり、考え方次第で「成功」はたくさん見いだせることも学んでいる。
*2 米国の心理学者アブラハム・マズローが提唱した理論。人間の欲求を、生理的・安全・社会的・承認・自己実現の5つに分け、最も下層の生理的欲求から満たされるとした。
新人からベテランまでいろんなレベルの心理カウンセラーが関わることの意味
ひとりの人間としても、私はこのプロジェクトから多くのものを得た。相談者が大変な日々をしなやかに生き抜いていくさまを目の当たりにして刺激をもらった。私自身の人生で役に立った解決策が他の人にもあてはまるものではなく、当の本人に導いてもらうことが重要であることを深く理解したように思う。相手に対してどこまで自分が責任を持つべきか、自分の生活にフィットするものとそうでないものなど、自分の限界を意識することについても学んだ。この「心理学プロジェクト」は今後も継続される。このボランティアを体験したことにより、ホームレス支援の分野は、より経験を積んだ支援者が必要なことを痛感した。今後、私もさまざまな経験を積み、資格も取得し、この分野でしっかり支援できる人材になりたいとの思いを強くした。同じような施設や機関すべてに、新人からベテランまでいろんなレベルの心理カウンセラーが関わり、相談者と共に成長できるプロジェクト導入をおすすめしたい。決して簡単ではないが、砂漠に咲く花を見つけるような素晴らしい取り組みだと思う。
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ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊450円の雑誌を売ると半分以上の230円が彼らの収入となります。