缶詰の缶からスマホ、パソコンといった電子機器まで、スズを使った製品は日常の至るところで見られる。しかし、スズの大輸出国インドネシアでは陸上のスズ資源が枯渇に向かい、近年の主な採掘場は海洋へと移行。島の住民たちが漁業や生態系への懸念を語る。
この記事は『ビッグイシュー日本版』414号(2021-09-01発売、SOLDOUT)からの転載です。
海洋の埋蔵量、陸上の26倍
インドネシア西部、バンカ島の海岸。そこから毎日ヘンドラ(51歳)は仲間の鉱山労働者と一緒にボートに乗り、海上に点々と浮かぶ粗末な木製ポンツーン(自航能力のない箱舟)へと向かう。ポンツーンには、海底に埋もれる高価なスズ鉱石を吸い上げる設備が備えられている。
ポンツーンの上で採掘の状況をモニタリングするヘンドラ
Photos: REUTERS/Willy Kurniawan
インドネシアは世界最大級のスズ輸出国で、バンカ島はその約9割を占める採掘地だ。開発ラッシュは携帯電話が普及するようになった2000年代に始まり、今やスズはブリキの缶詰から電子機器、太陽光発電や蓄電池といったグリーン・テクノロジーに至るまで、あらゆるものに使われている。しかし、バンカ・ブリトゥン諸島の陸上にある鉱床はほとんど採掘されつくしてしまい、残されたのは月面のような大きな窪地と青緑色をした強酸性の湖だ。
スズが採掘しつくされた鉱床跡地。窪地と変色した湖は今、観光スポットになっている
Photos: REUTERS/Willy Kurniawan
そのため、鉱山労働者たちが向かう先は海となった。「陸上での収入は減りました。もう何も採掘できません」とヘンドラは言う。彼はスズの陸上採掘に10年ほど携わったのち、約1年前に海洋採掘に転向した。「(今は)海の埋蔵量のほうがはるかに多いのです」
沖合に目をやると、今にも壊れそうなポンツーンが海底のスズ鉱床に沿っていくつも寄り集まっている。ポンツーンのディーゼル発電機からは黒い煙が高く上り、その騒音があまりにうるさいので、労働者たちはジェスチャーでコミュニケーションをとるしかない。
バンカ島南部トボアリの沿岸に浮かぶスズ採掘のポンツーン。2021年5月、ドローンで撮影
Photos: REUTERS/Willy Kurniawan
ポンツーンにはそれぞれ3、4人の作業員が乗り、20mを超えるパイプで海底から砂を吸い上げる。ヘンドラが管理するのは6隻。吸い上げられた水と砂の混合物はプラスチックのマットへと流れ、そこでスズ鉱石を含む黒光りした砂だけがせき止められる仕組みになっている。
多くの公認鉱山労働者と同じくヘンドラも、インドネシアのスズ大手PTティマ社と契約し、州の採掘権のもとでポンツーンを動かす。彼によれば、汲み上げたスズ砂1㎏あたり約7〜8万ルピア(約538~615円)が労働者に支払われ、通常ポンツーン1隻で一日約50㎏を汲み上げるという。
PTティマ社による海洋採掘は拡大の一途をたどる。同社のデータによると、昨年のスズ埋蔵量は陸上で約1万6400tだった一方、海洋で確認されたのは約26万6000t。だが、海洋での増産に加え、沖合の鉱床を狙う違法採掘の通報もあり、漁業関係者との緊張は高まっている。2014年以降、漁場への度重なる侵入によって漁獲量が激減していると漁師たちは語る。
生計脅かされる漁師と先住民
バンカ島南部の村に住む漁師アプリアディ・アンワー(45歳)は「子ども2人を大学に行かせるなんて不可能です。以前は十分な収入がありましたが、ここ最近は食べ物を買うこともままならず、生計を立てるのがやっと」と話す。スズ採掘によって海の水質が悪化しただけでなく、鉱床を調査する機械が海底を探索している間に漁網に絡まることもあるとアンワーは言う。「魚はサンゴに産卵しますが、採掘で巻き上がった泥でサンゴが覆われてしまったせいで、魚の数も減りました」
南部トボアリのバトゥ・ペラフ村に住む漁師のアンワー(左)、息子(中)と友人。獲れた魚を集めているところ
Photos: REUTERS/Willy Kurniawan
島で最も古い先住民といわれるロム族も、何世代にもわたり漁業で生計を立ててきた。北東部の集落トゥーインに住む彼・彼女らは、自然との調和を尊び、採掘計画に幾度となく反対してきた。「私たちは漁業で子どもたちを学校に行かせることができているし、食べものも十分にある。スズ採掘によって、なぜ自然が破壊されなければならないのでしょうか?」とロム族の長、スカルディ(51歳)は語る。
インドネシアの環境保護団体WALHIによれば、バンカ島でのスズ採掘によって劣化したサンゴ礁は52・7㎢、マングローブ林は4㎢におよぶ。一方、島の西海岸にあるマングローブ林はまだ比較的良好な状態とみられ、海洋採掘停止を呼びかけている。「マングローブは沿岸の生態系を守る砦なのです」と同団体バンカ・ブリトゥン事務所の常務理事ジェシックス・アムンディアンは言う。
PTティマ社は公式声明で、漁獲量を改善するために漁業関係者と同社が話し合いをしていること、漁獲量を取り戻すべく魚が産卵できる人工魚礁を建設したことを発表した。またインドネシア当局も、違法採掘の管理を強化している。
陸上に残っている鉱床は奥地にあったり重機が必要であったりと開発しにくい場所が多いが、それでも違法採掘は止まらないという。世界的に高まるスズ需要のもと供給量は逼迫し、価格が高騰しているからだ。バンカ島でスズ採掘に従事してきたアムリに話を聞くと、許可は下りていないが14ヵ月間やめていた陸上掘削を再開したと語った。
日本は国内で消費するスズ(錫地金)のほとんどを輸入に依存。19年は2万4000tを輸入し、そのうち44%はインドネシアから運び込まれている。
(Fransiska Nangoy, Reuters/INSP/編集部)
参照:Mongabay, JOGMEC
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https://www.bigissue.jp/2022/09/24354/
海洋の埋蔵量、陸上の26倍
採掘設備から上る黒い煙と騒音
インドネシア西部、バンカ島の海岸。そこから毎日ヘンドラ(51歳)は仲間の鉱山労働者と一緒にボートに乗り、海上に点々と浮かぶ粗末な木製ポンツーン(自航能力のない箱舟)へと向かう。ポンツーンには、海底に埋もれる高価なスズ鉱石を吸い上げる設備が備えられている。ポンツーンの上で採掘の状況をモニタリングするヘンドラ
Photos: REUTERS/Willy Kurniawan
インドネシアは世界最大級のスズ輸出国で、バンカ島はその約9割を占める採掘地だ。開発ラッシュは携帯電話が普及するようになった2000年代に始まり、今やスズはブリキの缶詰から電子機器、太陽光発電や蓄電池といったグリーン・テクノロジーに至るまで、あらゆるものに使われている。しかし、バンカ・ブリトゥン諸島の陸上にある鉱床はほとんど採掘されつくしてしまい、残されたのは月面のような大きな窪地と青緑色をした強酸性の湖だ。
スズが採掘しつくされた鉱床跡地。窪地と変色した湖は今、観光スポットになっている
Photos: REUTERS/Willy Kurniawan
そのため、鉱山労働者たちが向かう先は海となった。「陸上での収入は減りました。もう何も採掘できません」とヘンドラは言う。彼はスズの陸上採掘に10年ほど携わったのち、約1年前に海洋採掘に転向した。「(今は)海の埋蔵量のほうがはるかに多いのです」
沖合に目をやると、今にも壊れそうなポンツーンが海底のスズ鉱床に沿っていくつも寄り集まっている。ポンツーンのディーゼル発電機からは黒い煙が高く上り、その騒音があまりにうるさいので、労働者たちはジェスチャーでコミュニケーションをとるしかない。
バンカ島南部トボアリの沿岸に浮かぶスズ採掘のポンツーン。2021年5月、ドローンで撮影
Photos: REUTERS/Willy Kurniawan
ポンツーンにはそれぞれ3、4人の作業員が乗り、20mを超えるパイプで海底から砂を吸い上げる。ヘンドラが管理するのは6隻。吸い上げられた水と砂の混合物はプラスチックのマットへと流れ、そこでスズ鉱石を含む黒光りした砂だけがせき止められる仕組みになっている。
多くの公認鉱山労働者と同じくヘンドラも、インドネシアのスズ大手PTティマ社と契約し、州の採掘権のもとでポンツーンを動かす。彼によれば、汲み上げたスズ砂1㎏あたり約7〜8万ルピア(約538~615円)が労働者に支払われ、通常ポンツーン1隻で一日約50㎏を汲み上げるという。
PTティマ社による海洋採掘は拡大の一途をたどる。同社のデータによると、昨年のスズ埋蔵量は陸上で約1万6400tだった一方、海洋で確認されたのは約26万6000t。だが、海洋での増産に加え、沖合の鉱床を狙う違法採掘の通報もあり、漁業関係者との緊張は高まっている。2014年以降、漁場への度重なる侵入によって漁獲量が激減していると漁師たちは語る。
生計脅かされる漁師と先住民
需要高まり、増える違法採掘
バンカ島南部の村に住む漁師アプリアディ・アンワー(45歳)は「子ども2人を大学に行かせるなんて不可能です。以前は十分な収入がありましたが、ここ最近は食べ物を買うこともままならず、生計を立てるのがやっと」と話す。スズ採掘によって海の水質が悪化しただけでなく、鉱床を調査する機械が海底を探索している間に漁網に絡まることもあるとアンワーは言う。「魚はサンゴに産卵しますが、採掘で巻き上がった泥でサンゴが覆われてしまったせいで、魚の数も減りました」南部トボアリのバトゥ・ペラフ村に住む漁師のアンワー(左)、息子(中)と友人。獲れた魚を集めているところ
Photos: REUTERS/Willy Kurniawan
島で最も古い先住民といわれるロム族も、何世代にもわたり漁業で生計を立ててきた。北東部の集落トゥーインに住む彼・彼女らは、自然との調和を尊び、採掘計画に幾度となく反対してきた。「私たちは漁業で子どもたちを学校に行かせることができているし、食べものも十分にある。スズ採掘によって、なぜ自然が破壊されなければならないのでしょうか?」とロム族の長、スカルディ(51歳)は語る。
インドネシアの環境保護団体WALHIによれば、バンカ島でのスズ採掘によって劣化したサンゴ礁は52・7㎢、マングローブ林は4㎢におよぶ。一方、島の西海岸にあるマングローブ林はまだ比較的良好な状態とみられ、海洋採掘停止を呼びかけている。「マングローブは沿岸の生態系を守る砦なのです」と同団体バンカ・ブリトゥン事務所の常務理事ジェシックス・アムンディアンは言う。
PTティマ社は公式声明で、漁獲量を改善するために漁業関係者と同社が話し合いをしていること、漁獲量を取り戻すべく魚が産卵できる人工魚礁を建設したことを発表した。またインドネシア当局も、違法採掘の管理を強化している。
陸上に残っている鉱床は奥地にあったり重機が必要であったりと開発しにくい場所が多いが、それでも違法採掘は止まらないという。世界的に高まるスズ需要のもと供給量は逼迫し、価格が高騰しているからだ。バンカ島でスズ採掘に従事してきたアムリに話を聞くと、許可は下りていないが14ヵ月間やめていた陸上掘削を再開したと語った。
日本は国内で消費するスズ(錫地金)のほとんどを輸入に依存。19年は2万4000tを輸入し、そのうち44%はインドネシアから運び込まれている。
(Fransiska Nangoy, Reuters/INSP/編集部)
参照:Mongabay, JOGMEC
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3か月ごとの『ビッグイシュ―日本版』の通信販売です。収益は販売者が仕事として"雑誌の販売”を継続できる応援、販売者が尊厳をもって生きられるような事業の展開や応援に充てさせていただきます。販売者からの購入が難しい方は、ぜひご検討ください。
https://www.bigissue.jp/2022/09/24354/
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