有限会社ビッグイシュー日本では、企業や学校から依頼を受け、ホームレス問題や格差社会、ビッグイシューの活動への理解を深めるため、講義をさせていただくことがあります。

今回の行き先は、兵庫県神戸市にある灘中学校。公民科教諭の片田先生の企画で、約180名が参加する3年生の道徳の授業へ、ビッグイシュー日本大阪事務所長の吉田耕一とJR・ 山陽明石駅担当の販売者Mさんが伺いました。
 

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経済格差が広がる社会、「自己責任」では片付けられない

はじめに吉田より、ホームレス問題の現状や格差社会について解説。以下のポイントをお伝えしました。

1.『ホームレス』とは、状態を表す言葉。人格や人柄を表すものではない

『ホームレス』というと、一般的には「汚い」「暗い」「仕事をせずに怠けている」といった印象を持たれがちですが、ホームレス状態に至る事情や背景は、人によってさまざま。
会社の倒産や家族の介護で、仕事を続けたくても続けられなかった人もいれば、病気や障害が理由でなかなか仕事に就けない人もいます。

吉田は「“ホームレス”というだけで、汚い、臭いなどと思われがちですが、一括りにできないんじゃないかと思うんです。“ホームレス”という言葉は状態を表す言葉であり、その人自身を表す言葉ではないとお伝えしたいです。」と強調しました。

2.ホームレス数は減少傾向に見えても、“路上生活のリスクが高い人”が増える社会

厚生労働省によると、10年前に13,124人だった全国の路上生活者数は2024年に2,820人。統計開始後、ずっと減少し続けていることがわかります。

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(参考 厚生労働省 ホームレスの実態に関する全国調査結果について

しかしこの調査方法は、日中に目視で確認できるホームレス数を計測しており、“ホームレス”の定義は「都市公園、河川、道路、駅舎その他施設を起居の場所としている人」に限られています。つまり、夜間に河川や公園などに移動しながら寝泊まりしている人や、ネットカフェや知人の家を泊まり歩いている人などの不安定な居住環境で生活している人はカウントしていないという課題も指摘されています。

また、国内において生活保護水準以下で生活している世帯は705万世帯に上るという調査結果も。つまりホームレス数は減少したように見えても、高齢者世帯や非正規労働者、ひとり親家庭など、路上生活に至るリスクが高い人が多い現状にあります。

「これだけ生活に困窮する人が増えていることは、“自己責任”という言葉だけでは片付けられないと思います。」と吉田は力説しました。

格差社会が進むと、健康水準が低く、暴力的な社会になりやすい、犯罪率が高まるなど、低所得層だけではない、社会のどの層にもストレスが高まる傾向にあると言われています。所得格差の広がる“社会のあり方”に目を向けることが重要なのです。

誰でも依存症になりうる環境が身近に。
ギャンブルを繰り返し路上生活へ至ったMさんの体験談

兵庫県出身のMさんは、5歳の時に父親を交通事故でなくしました。以来、母親がふんばり、贅沢はできなかったものの大学卒業まで穏やかで楽しく過ごしたと言います。新卒でメーカーに就職し営業職に従事するも、ノルマが非常に厳しい世界であり、4年で退職の道を選びました。

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自分には営業は向いていないと感じ、製造業の作業員に転職。ところが人当たりの良いMさんはその会社でも「営業やってくれへんか?」と打診されてしまいます。他の人が見つかるまで…とがんばったものの、やはり厳しいノルマに耐え切れず、1年で退職に至りました。ちょうどその頃、友人に誘われて軽い気持ちでパチスロに足を運んだそう。

「ビギナーズラックというんでしょうか。初めてやったパチスロで勝ってしまったんですね。いつの間にか、借金をしてまでパチスロに注ぎ込むようになったんです。負けても、“次、取り返せばいい”と思って、なかなか辞められませんでした。」

とうとう借金の督促状が家に届くようになって家族にも知られて喧嘩となり、家を飛び出してしまいます。しかし時代は派遣仕事の全盛期、仕事選びにはまったく困りませんでした。

「お金がちょっと貯まるとパチンコに行きたくなる。でも仕事終わりの1〜2時間では足りなくて、“仕事を辞めてパチンコに専念したい”と考えるようになりました。それで仕事を辞めて、お金が減ってきたら、派遣先を探して…の繰り返し。振り返ってみると、“何やってたんやろう”って思うんですけど、当時はそれが楽しかったし、周りにもそういう人が多かったんですよね。」

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ところが、2008年にリーマンショックが起こります。雇用の調整弁であった非正規雇用は一斉にリストラに遭い、派遣の仕事は一気になくなってしまいました。仕事をしようにも、住所がないからできないーそうして所持金が尽き、路上生活に至ったといいます。

その後、大阪の支援団体につながり、路上生活からいったん脱出。介護の仕事に就き、アパートに住むこともできましたが、やっぱりギャンブルをやめられず、家賃を払えなくなってしまいます。再びホームレス状態に至ったのち、ビッグイシューの販売の仕事を始めました。

吉田「Mさんのお話を聞くと、“もうちょっと頑張れよ”と思うかもしれません。でも、自分の意思で自分をコントロールできなくなるのが、依存症の特徴なんです。今はネット上で簡単にできてしまうギャンブルも広がっていて、依存症になる若者も増えています。」と補足。

世界で最も多いギャンブル依存症者を抱えている日本。そこには、ギャンブルへのアクセスの良さや、ATMで借金ができてしまう気軽さ、制限なくギャンブル広告が打たれているといった背景があります。こうした、“誰でも依存症になりうる環境”が整っていることが課題として指摘されています。

質疑応答タイム「ギャンブル依存は自己責任だと思いますか?」

最後の質問コーナーでは、生徒のみなさんから次々と手が上がり、Mさんが路上生活をしていた頃の様子や今の生活、ギャンブル依存との向き合い方やMさんの価値観の変化など、幅広い質問が寄せられました。その一部をご紹介します。

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Q.母親や友人と会うことはないのですか?
Mさん「親や友達とは全く連絡をとっていないですね。自分で飛び出して借金を作っているので、合わせる顔がない気がします。」

Q.どのくらいパチンコにはまっていたんですか。
Mさん「一番よいときは20万円くらい勝ったことがあります。そのときの印象が強く残って、負けていても“あとちょっとやれば勝てる”と思ってつぎ込んでしまうんですね。でも、(勝つことはあまりなくて)負ける時は1日12〜13万。そんなのを繰り返していました。」

Q.(片田先生)ギャンブルにハマっている時、アドレナリンが出てると思うのですが、自分自身で“病気だな”と気づくことはあったのでしょうか?
Mさん「ハマっている時は全く感じませんでした。路上生活に至ってやっと、“やばいことになったな”と思えたんです。」

Q.今、お金があったらパチスロをやりたいと思いますか?
Mさん「今のところは行きたいという気持ちはないですね。パチンコに代わる楽しみとして、今はYouTubeで動画を観たりしています。」

Q.路上生活を経験する前と今で、ホームレスに対する価値観は変わりましたか?
Mさん「僕たちが学生の頃、大阪駅とか寝転んでいる人がたくさんいたんですね。ズボンも破れていて、髪の毛もカチカチに固まっていて。その時は“近づきたくないな”というのが、正直な感想でした。自分がホームレスになって、いろんな事情や背景で路上にいることに気づけて、“この人にもいろんな人生があって、こういう生活をせざるを得ないんだな”と考えるようになりました。周りから見たら、雇ってもらえばいいやん、と思うかもしれないけど、一概には言えないと思います。」

Q.ビッグイシュー販売よりも、アルバイトをした方が生活のためになるのではないですか?
Mさん「僕は今でこそアパートを借りられて住所がある状態なのですが、それまでは身分証もなくてアルバイトをするのも難しかったんです。コンビニのアルバイトでも、保証人が必要だと思うんですけど、保証人もいない状況でした。これからはアルバイトを探す道もあると思うので、今後は考えていきたいと思います。」

Q.経済環境が変わるなかで、支持する政党は変わりましたか?
Mさん「もともと支持する政党はなかったんですけど、今は“ここかな”という政党はあります。ホームレスになる前は政治に無関心でしたが、今は関心があります。ビッグイシューを路上で販売していると、街頭演説でお話を聞く機会も増えたので「ええな」と思う人はいますね。今は住所があるので、選挙権もあります。

Q.(片田先生)病気や障害が理由で働けない場合、社会の支援を受ける正当性も高いと見なされます。しかしギャンブル依存となると「本人の責任なのでは?」と見られがちだと思います。お二人はどう考えていますか?
Mさん「僕自身は、ギャンブルにハマったのは自分の責任だし、借金したのも、そこから逃げたのも自分の責任だと思っています。だから役所に行って、“助けてくれ、面倒見てくれよ”とは言いにくいと思っていました。だからこそ、ビッグイシューの販売者という形で自分で生活を成り立たせていく方法を選んだんだと思います。」

吉田「自分で稼ぐというのは、自分の人生を自分で前向きにする一つの手段と思います。ビッグイシューなどの仕組みを通して、前向きになり、幸せになってもらいたいと思います。」

Q.学生時代にやった方がいいということはありますか。
Mさん「うーん、今は(顔が合わせられなくて)つながりが切れてしまってるんですが、友達がすごく大事だったなと思う。その時しか味わえない感情だったりを友達に相談できたりできてたので。親しい友人を作るのはいいことだなと。」



現在はギャンブルを辞めているというMさん。「ビッグイシューの販売を続けてきて、仕事として認めてもらえている感じが嬉しいです。今はおかげさまでアパートを借りて生活ができているので、今の生活を維持していきたいと思います。これから先、みなさんもいろんな壁に突き当たると思いますが、1人で悩まず、友達や先生、親御さんに相談してほしいなと思います。ギャンブルには、手を出して欲しくないですね。」と生徒のみなさんへ語りかけました。

「自己責任で貧困になったとしても、やり直せない社会はおかしいと思う」

今回の授業を、生徒のみなさんはどのように受け止めたのでしょうか。アンケートの一部をご紹介します。
ホームレスの印象が変わった。学生時代はうまくいっていても、働きはじめて自分にあっていない環境になると、すぐホームレスになってしまう恐ろしさも感じた。
自己責任で貧乏になったとしても、やり直すための努力すら許されない社会はおかしいと思います。
誰でもホームレスになる可能性があるので、社会全体が支える取り組みが大切だと感じました。また、ギャンブルの危険性には気をつけなければならないと分かりました。全てが『自己責任』ではなく、社会の流れによってホームレスになることもあるので、支援を大切にしたいです。
ホームレスって、健康で文化的な最低限度の生活にすら行っていないと思いました。これに対して国はもっと援助すべきだと思います。
BIG ISSUEはかなりよくできた制度だと思った。アルバイトなどをしにくい人たちがそれで救われると思うし、それを買った人も興味をもつことができる。すごいと思った。

この授業を企画してくださった片田先生は、「生活保護などの社会的支援を整備するなどの政府の役割もあれば、(ビッグイシューのような)社会的企業ができることもあり、それぞれの役割を果たしていると思います。貧困状態になっても働きたいという人にチャンスがある社会が大事だということ、またみなさんがこれから社会に出て販売者を見かけた時、“頑張ろうとしている人やねんな”と理解してもらいたいと思います。」と締めくくりました。

あわせて読みたい

人とギャンブル−<ギャンブル依存症からの生還 回復者12人の記録>より 帚木蓬生


格差・貧困・社会的排除などについて出張講義をいたします

ビッグイシューでは、学校その他の団体に向けてこのような講義を提供しています。
日本の貧困問題、社会的排除の問題や包摂の必要性、社会的企業について、セルフヘルプについて、若者の自己肯定感について、ホームレス問題についてなど、様々なテーマに合わせてアレンジが可能です。

 

小学生には45分、中・高校生には50分、大学生には90分講義、またはシリーズでの講義や各種ワークショップなども可能です。ご興味のある方はぜひビッグイシュー日本またはビッグイシュー基金までお問い合わせください。
https://www.bigissue.jp/how_to_support/program/seminner/ 



参考:灘中学への出張講義「ホームレス問題の裏側にあること-自己責任論と格差社会/ビッグイシュー日本」



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