ケニアのマサイマラ保護区(※1)で小型飛行機を自ら操縦し、象牙・銃器の探知犬、密猟者の追跡犬とともに、ゾウ密猟対策活動や野生動物の保護に奔走する滝田明日香さん。2023年、ケニア政府から麻酔銃の所持許可書を得て、野生動物治療が可能になった。今回は、絶滅危惧種クロサイに個体識別のため、耳に刻みパターンを入れるオペレーション(イアノッチング)に、パイロットとして参加。1週間、上空からクロサイを見つける役目を果たした。


※1:ケニア南西部の国立保護区。タンザニア側のセレンゲティ国立公園と生態系は同じ。

クロサイを探す最後のフライトへ
麻酔薬に敏感な、サイとキリンへ

 グラウンドチームがオセロ・ソピアのクロサイ(ライノ)のイアノッチングを始めたのを無線で確認した後に燃料補給をし、このオペレーションの最終候補のサイを探す最後のフライトに飛び立った私とナエク(女性スポッターレンジャー)。オセロ・ソピアで二人ともすでにかなり疲れていたが、最後の候補を見つけることはかなり意味があることだったので、気合いを入れ直して滑走路を飛び立った。

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早朝、雲の間から朝日が抜けてくるなか、仕事が始まる

 スーパーカブが去った後、スポッターの飛行機が1台だと、クロサイを上空から探せる範囲が狭くなってしまう。そこで午後は、民間機のヘリコプターが〝助っ人〟として送られてきた。普段は旅客機として要人などを乗せているヘリコプターで、パイロットも人間相手の仕事がメインである。

 一例をあげると、地上で動物相手の仕事をしているドライバーは、基本的に人間相手のドライバーと運転の仕方が違う。とにかく速いテンポで進むオペレーションが多いので、運転スキルはもちろんうまくないといけないが、それに加えて動物への迅速な対応が必要になる。

 特に大変なのは麻酔薬に敏感に反応することが多い、サイとキリンだ。キリンは首が長いので頭と心臓の間の距離がある。麻酔薬で心拍数が下がりすぎたり走りすぎたりすると脳溢血になって倒れた瞬間に即死してしまうことがあって危険なため、注意が必要だ。キリンが倒れるのを、通常の動物が倒れるのと同じように待つと、心拍数が下がりすぎてしまう。そこで、麻酔が効き出して、目が見えなくなりながら走り出すキリンの足回りをレンジャーが走ってロープを2回まわして、後ろから綱引きのように人力で足を締め上げて地面に倒さないといけない。

 サイはさらに危険で、麻酔が入ると突然呼吸が止まったり、地面に溜まったたった10㎝ほどの水たまりに、鼻が入ってしまう形で倒れると溺死してしまう。なので、獣医は倒れたサイの元に、一刻も早くたどりついて対処しないといけない。

 なので、麻酔ダート(※2)が入って、「倒れたぞ!」という無線が流れた途端、すべての車が時速80㎞近いスピードで道なき道を突進していくのだ。前の車がブッシュの中を枝木を倒しながら突き進んでいくので、後ろの車がモタモタしていると前の車がブッシュの中に消えてしまうこともある。消えてしまうと進路がわからず、そのせいで動物が変な形で倒れて呼吸が止まってしまったり、麻酔のリアクションで死んでしまったりと、とんでもないことが起こったりする。かなりの運転スキルが必要な上、動物の行動を読むことができないといけない大変な仕事なのだ。


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※2 注射器の形をしていて、麻酔銃に入れて飛び出るもの

 ものすごいスピードで凸凹道を爆走するので、頭を車の天井にぶつけて怪我したり、しっかり捕まっていないとカーブで荷台から飛び出ていってしまったりすることもある。私も大昔、時速60㎞ほどでサイを追いかけている車の荷台に乗っていて、車がイボイノシシの穴にはまって急に止まったので、荷台の後ろからすっ飛んでスペアタイヤのボルトに顔からランディングして、病院でCTスキャンを受けたことがある。


麻酔ダートの気圧抜くタイミング
ヘリの動きとのシンクロ必要

 動物相手のブッシュパイロットのスキルも同じことで、それがダーティング(麻酔銃を撃つ)のヘリコプターになると、さらにすご腕パイロットでないと仕事ができない。最後のサイのダーティングにサイの位置を確認するスポッターとして参加した旅客機ヘリコプターのパイロットも腕がよかったが、動物相手の仕事をしたことがないので、かなり苦労していたように感じた。

 メインのヘリコプターパイロットは操縦スキルがある上に、いつもダーティングをしているので、動物にかなり近づくことができた。しかし今回、空中からダーティングした獣医は普段ヘリコプターダーティングをすることが少ない獣医だったので、パイロットとあまり息が合っていないようだった。

 パイロットの腕がよく普段より動物に近づく距離が近くなった結果、獣医がいつも使っている麻酔銃の空圧と違いが生じて、麻酔ダートが「ミスファイアー」(ダートの中の麻酔薬が動物に入らなかったり、半分だけ入ったりすること)してしまっていた。

 今回のイアノッチングの最終候補になったクロサイは、ダートが3つ入ったのに麻酔薬がフルで入っていないので、サイが倒れることなく延々と走ってしまった。半分の量の麻酔だけだとアドレナリンの影響で麻酔効果がすぐになくなって倒れずに走り続け、少しだけ入った麻酔では麻酔効果がすぐなくなってしまう。さらに麻酔ダートが数個入ると、個体によっては倒れた後に麻酔効果が復活してしまい、起こした後にまた倒れたりするという変なリアクションもある。

 この日のミスファイアーは、ダートが動物に入った時のインパクトで、ダート自体に亀裂が入って麻酔薬がこぼれてしまったことだった。これは、全速力で走るクロサイのスピードに合わせてパイロットがサイに近づいたけれど、それに合わせて、獣医が麻酔銃の気圧を抜く対応が間に合わなかったことを意味する。獣医が慣れている通常の気圧に合わせた距離より、パイロットがよりサイに近づくことができたためだろう。気圧を抜くタイミングと、ヘリの動きがシンクロしていないことが推定される。



プロペラの爆風で埃が立ち過ぎ
クロサイはブッシュへ走り込む

 最後のクロサイはダーティング自体も困難だったが、半分の麻酔薬が入ったサイの暴走を止める役を担った旅客機ヘリコプターのパイロットも、プロペラからの爆風で埃を立てて走るサイを、水のあるエリアやブッシュの中に入ることを止めて、方向転換をさせることができなかった。慣れていないパイロットはパワーを出しすぎ、地上で埃が立ち過ぎて、自分自身も前が見えなくなってしまったようだ。クロサイは簡単に埃の幕を通り過ぎて、ブッシュに走り込んでその中で倒れてしまい、グラウンドチームがそこにたどり着くことが難しく、到着が遅れることになった。

 獣医は、その近くでヘリコプターから降りて、たった一人、徒歩でブッシュの中のサイにたどり着くことができた。ブッシュにゾウやバッファローがいたら命取りになる危険なシチュエーションである。そんなハプニング続きになった最後のサイのイアノッチングだったが、無事に終わり、ついに13頭目のサイに個体識別イアノッチングパターンを入れて、角には無線トランスミッターを入れることができたのである。

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クロサイがブッシュの中に隠れると、空中から見つけるのが非常に難しい
Photo: Tao Jiang/shutterstock.com


 約40時間サイを探し飛び続けること1週間(ナエクとは30時間)、やっと無事に大役を果たすことができた。安易に引き受けてしまったスポッターの仕事だったが、この仕事のおかげで、マサイマラの地形と風の流れ方、どのエリアでどのような空気の動きがあるかなど、かなり理解することができ、ブッシュパイロットとしてとてもいい経験になった。
(文と写真と動画 滝田明日香)




「アフリカゾウの涙」寄付のお願い
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山脇愛理(アフリカゾウの涙  代表理事)

三菱UFJ銀行 渋谷支店 普通 1108896
トクヒ)アフリカゾウノナミダ





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以上、ビッグイシュー日本版486号より「滝田明日香のケニア便りvol.34」を転載。

たきた・あすか

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1975年生まれ。米国の大学で動物学を学んだ後、ケニアのナイロビ大学獣医学科に編入、2005年獣医に。現在はマサイマラ国立保護区の「マラコンサーバンシー」に勤務。追跡犬・象牙探知犬ユニットの運営など、密猟対策に力を入れている。南ア育ちの友人、山脇愛理さんとともにNPO法人「アフリカゾウの涙」を立ち上げた。 https://www.taelephants.org/


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▼滝田あすかさんの「ケニア便り」は年4回程度掲載。
本誌75号(07年7月)のインタビュー登場以来、連載「ノーンギッシュの日々」(07年9月15日号~15年8月15日号)現在「ケニア便り」(15年10月15日号~)を本誌に年数回連載しています。







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