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怒りを受けとめ、相手を引き止めておく技術



電気大教授2

自分の怒りを表出すること以上に、相手の怒りを受け止めることも重要だ。これまでに中島さんが習得した最高の技術は「相手を引き止めておく技術」。言い換えれば、相手に自分のことを全部しゃべってもらう技術である。
「人間ってみな共通でこの人は聞いてくれないと思ったら、しゃべりませんよ。私は本当に知りたいからね、どんなおかしな人の話でも聞こうと思っている。そしたら、しゃべりますよ。場合によったら、30分ぐらい男の子でも泣きます。そんな時は『泣いてなさい』っていうんです。それは一つのコミュニケーションだからね」


中島さんのところへ、行き場のない学生が相談にやって来る。
「今、私は自殺したい人を何人か抱えていて、これは死に物狂いの闘いです。私に対して彼らはすごく怒りますよ。一時、防弾チョッキを買おうか、セコムをつけようかと思ったくらいで。刺されたことはないけれど、ほのめかすことはいくらでもありますよ。先生のために一生を棒に振ったとか、先生がいなければよかったとか。何を言われてもしょうがないと思っているけれど、2年前に学生に死なれたときはきつかった。あの『夜回り先生』もそうだけれど、彼も社会的役割を感じているんでしょうね。私なんかもっといいかげんな人間だけれども、今ここに来る学生に刺されてもしょうがない覚悟でやってますね」


中島さんが学生と話す時の原理は簡単だ。
「ごまかさないで、何しろ誠実さだけ。君が死んじゃいやなんだよということだけ言う」。逆に言うと、こんな重たい体験を目の前にしているから、中島さんの普段の怒りの表出はゲームのようなものだ。

「きついことをやっていると、人間っていろんなことを学ぶんですよ。弱い人はそれを避けようとするでしょう。この場はがまんしようとしていると、やがて何もできなくなってしまう。それが私の持論ですね。長くやらないとダメですよ。怒っててよかったなあって思うまで、10年かかりますよ。怒っている理由が回りの人にわかるまで、相当時間がかかります。でも、わかってもらおうとしてもだめですよ。結果としてわかってもらうためには、ですよ。それも全部じゃなくて、何人かの人にね」





社会の厚い壁、大人が若者の話を聞く態度必要



日本社会では見苦しいとされる自己主張だが、中島さんは自己弁解を擁護する。
「自分自身がギリギリのときに、その場でしか弁解できないってことがあるんです。だから、私は、弁護が人間にとって一番重要だと思っているわけ。もし疑いをかけられたら、それに対して、みんなの前で弁護しなくちゃいけない。いつも学生に言うんです。どんなバカなことでもみんなの前で言ったことは価値がありますと。なぜかっていうと、責任をとらなきゃいけないから。あとで、こっそりメールを出すのは、いくら正しくてもダメですよ」


しかし、日本社会全体に厚い壁がある。
「実は大人は若者に期待してないんです。とうとうと若者が1時間も弁解することを望まない。よく大人がわかった、わかったと言いますが、あれはその場を切り抜けようとしてるだけなんですね」


だから、まず、大人から若者の話を聞こうとする態度を示さなくてはいけないと中島さんは言う。
「若者は賢いですよ。大人は強者で、若者は弱者。だから、あえてマイナスになるようなことは言いません。若者自身が自己弁護してもいいんだとわかるためには、かなり時間がかかります」


逆に学生が、「実は先生の授業に批判的なんです」と言ってきたら、『あっ。そうですか』と私は受け取らなきゃいけない。どんなに一所懸命にやっても、自分に対するものすごい批判がありうるということをいつも予測しなければならない。私はいつも学生たちがナイフを隠し持ってないかと思って授業していますよ。いわゆる善良な人ほど、そんなことあるはずがないと思っていますから、批判されると驚くわけです。そのことも学生は知っている。だから言わないんです」

我々、霊長類は残酷だ。
「人間は上下関係で全部動くし、もちろん弱者を痛めつけるし。文明は攻撃的なんです。それなのに今の社会は、特に男に対して、ものすごくきついことを課している。暴力振るっちゃいけません、攻撃しちゃいけませんとか。それは、自然に反するんですよ」


「何の怒りもない社会というのは、人間として生物体として不気味です。何かに才能がある人、報われている人はいいけれど、そうでない人にはきつい。自殺者が増えたりするのは当然で、攻撃性を抜いた社会だから、本人の適性が出てこない」


そういう文化が持っている不条理を中島さんは指摘する。「誰かを好きになることは、誰かを嫌いになることですよ。誰でもよければ文化も差別もない。誰かを理由なく好きになる純愛の逆は、誰かを理由なく嫌いになることです。それは地獄ですが、やはり文化なんです。そして誰かのことを尊敬するということは、誰かを軽蔑することなんですよね」

だからこそ、人間が怒りを表わすことの自然さ、重要性を理解してくれる人が周りにいた方がいい。
「大人は自分が怒らないと、若い人に対しても『怒るな!』となってしまう。私は反対に、『怒れ怒れ!』って言います。そうじゃないと、怒りを消す文化が、自分自身の安全のために再生産されていくんです」


だからこそ中島さんは言う。「怒れる身体に自己改造して、豊かな人生を取り戻そう」




(編集部)

Photos: 高松英昭






中島義道(なかじま・よしみち)
1946年、福岡県生まれ。77年、東京大学人文科学研究科修士課程修了。83年、ウィーン大学哲学科修了。哲学博士。現在、電気通信大学教授。『うるさい日本の私』(新潮文庫)、『<対話>のない社会』(PHP新書)、『怒る技術』(角川文庫)など著書多数。
















(2006年6月15日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 52号より)
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中島義道さんの怒る技術



怒れる身体に自己改造し、豊かな感受性を取り戻そう



怒りは自然な人間感情。だが日本の社会で怒りは歓迎されない。怒らないことが社会の暗黙のルールになっている。
そんな日本社会で22年、怒ることを自らに課してきた哲学者、中島義道さんの怒る技術とは?
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