法律の保護は、すべてを捨てて逃げる人だけに 大決心が求められる被害女性
「みずら」(NPO かながわ女のスペースみずら)はドメスティック・バイオレンス(DV)の被害者などを一時的に保護するシェルターなど、被害女性の自立支援の活動を17年間続けてきた。事務局長の阿部裕子さんに、DV被害者の現状を聞く。
シェルター利用の7割がDVの被害者
「みずら」は、現在、夫などからの暴力、経済的困窮などさまざまな理由で行き場を失った女性や母子のためのシェルター(一時保護施設)を4ヶ所運営していて、神奈川県と協力しながらDV被害者の自立支援を行っている。事務局長の阿部裕子さんによれば、昨年1年間にシェルターを利用した205ケース、延べ399人のうち7割がDVの被害者だった。年齢層は10代から70代まで幅広い。
DV被害者には、10代で優しくしてくれた年上の男性と結婚するも同居後、相手の態度が豹変したという若い女性もいれば、出産直後、子育てに没頭するなかで暴力が始まったというケースもある。長年、夫からの暴力はどうにもならないものとして耐え、刃物を持って襲われたときに初めて、「普通ではない」と感じて逃げ出したという女性もいる。
一般にDVには、殴る、蹴る、物を投げるといった身体的暴力以外にも、罵り、蔑み、罵倒、脅しなどの精神的暴力、レイプまがいのセックスなど性的暴力といったさまざまな暴力が含まれる。みずらのシェルター利用者もまた、複合的な暴力の被害に遭っているという。
嫉妬妄想に陥った夫が、浮気をしていると決めつけて妻を拘束したり、経済的にしめつけながら“誰に食わせてもらっているんだ”という言葉を繰り返し長期間にわたってあびせ、妻の行動をコントロールしているケースもあります。痣や骨折など身体的な暴力の痕跡が見られなくても、DV被害者の多くは精神的に相当まいっています。
シェルターの一番の目的は、安心と安全の提供だ。具体的な支援としては、その上で、あくまでも本人の自己決定と自立を援助すること、と阿部さんは言う。
まず、DVの被害者には、ここにいれば見つかりません、ゆっくり休んでくださいとお伝えします。最初、身体はどこも悪くないと言っていても、3、4日経って緊張が解けると、殴られたところがあちこち痛くなるという方が多いんです。物音がするたびに動悸がしたり、専門医からPTSD(心的外傷後ストレス障害)と診断される方もいます。『みずら』では、それぞれの利用者に必要な治療につなげながら、本人の意向を探りつつ、生活保護の申請や離婚手続きのための弁護士や法律扶助協会についての情報を提供しています。
「暴力から逃げたいので保護を」と助けは明確に
DV被害者の女性が、切羽詰まるまで暴力から逃れられないのは、加害男性から逃げることへの脅しがかけられていることもあるが、そのほかの事情を阿部さんはこう説明する。
電話相談などで、何かあったら相談に行っていいですか、とおっしゃる女性がいます。何かあったらというのは今度、夫さんがキレてひどい暴力をふるったら、ということだそうです。そんなに精神的緊張を強いられているなら、何もないうちに堂々と出たらどうですか、情報提供しますから、とお話するんですが、加害者は自分が選んだ人だし、自らも家族を形成することに大きなエネルギーを費やし、地域社会で生活基盤を築いてきておられる。今のDV防止法は『被害者が生活基盤を捨てて逃げるなら保護する』という内容ですから、家を出るために一大決心をしなければならないのです。
また、加害男性の多くは、暴力の合間に、悪かったと謝ったり、優しい態度をとったりすることもあるため、被害者の女性が、「私には本音をさらけ出してくれている」「私は必要とされている」と思いこみ、暴力を愛情と勘違いしてしまうこともある。
過去に、いったんはシェルターに逃げ込みながら、夫の元に戻ることを選択して、その夫から殺害された女性もいる。また、相対的に女性の賃金が低いだけでなく、「繰り返し罵られることで、自己評価が低くなり、自分一人で子供を育てていくことに自信が持てず、奴隷のような精神状態になっている」こともある。
では、「一大決心」をして家を出ることになったら。
大切なもの、子供たちの写真など“替えのきかないかさばらないもの”と通帳、保険証、母子手帳、当面の着替えを信頼できる人にこっそり預かってもらうと安心です。また、夜間や休日など行政の窓口が開いていない場合に警察に相談するときは、漠然と助けてと言うのではなく、暴力の被害を受けていて逃げたいから保護してほしい、と明確に伝えることが必要です。
理解しておいた方がよいのは、加害者となる男性像は一律ではないということ。
社会的地位の高いといわれる人たち、裁判官や医師、国家公務員、警察官もいます。共通しているのは、彼らが暴力によって妻を屈服させようとしていること、無意識に暴力をふるっているわけではなく、妻への暴力を選択していることです。いくらイライラしても、会社で上司を同じように殴るわけではないでしょう。
かえって、外では、いい人、いい夫を演じていることが多い。そのため、DV被害を相談された友人や親族が、不用意に夫との間に入るべきではない、と阿部さんは強調する。
なだめるつもりで友人や親族が介入することは加害者を刺激し、人に知られたくないことをしゃべった妻への怒りを喚起します。ですから、DV被害を知ったら、知人や親族は、まず被害者に対して“大変だね、よくがまんしたね”という、つらさやしんどさへの共感と聞く耳を持ち、本人の希望を聞きながら、専門の相談窓口につなげてください。
DV防止法が成立し、改正法が施行されてなお、パートナーの暴力によって家や居場所を失った女性と子供が経済的にも精神的にも安心して安定した生活を送れる環境はいまだ整っていない。また、直面する現実の厳しさにも大きな変化はないという。
(清水直子)
「みずら」(特定非営利法人 かながわ女のスペース みずら/福原啓子代表)
1990年、女性が直面する問題の解決と自己決定を支援する任意団体として発足、2000年に特定非営利法人取得。電話、来所、同行による国籍、テーマを問わない相談活動(労働組合である、女のユニオン・かながわを併設)、シェルターの運営、学習会や研修活動を行う。
★みずら相談室
TEL045・451・0740
(月〜金14時〜17時・19時〜21時/土14時〜17時)※祝祭日はお休み。
★女性への暴力相談[週末ホットライン]TEL045・451・0740
(土・日・祝日の金17時〜21時)
http://www.mizura.jp/
DV関連記事
・「デートDV」とは何か?—暴力=愛情という理屈がデートDVを生む
・人間の暴力性と可能性—「ドメスティック・バイオレンス(DV)」を描く映画たち
・[インタビュー] 中原俊監督「これはDV?それとも愛?映画の中で探してもらいたい」
・なぜ、妻や彼女を殴ったのか?DV加害男性たちの脱暴力化を追う
・[インタビュー] メンズサポートルーム・中村正さんに聞くドメスティック・バイオレンスへの対応策
(2006年8月15日発売 THE BIG ISSUE JAPAN 第55号 特集「愛と暴力の狭間で—D.V.(ドメスティック・バイオレンス)からの出口はある」より)
過去記事を検索して読む
ビッグイシューについて
ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。
ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊350円の雑誌を売ると半分以上の180円が彼らの収入となります。