[インタビュー] 動物を“尊敬”の対象にした、旭山動物園園長の小菅正夫さん

2002年に約67万人だった入園者が06年には約304万人、 今や日本有数の入園者が訪れる旭山動物園。
園長の小菅正夫さんが語る、その人気の秘密と旭山動物園の哲学。

野生では見られない、野生動物の“凄さ”を伝えたい

小菅正夫さん

オランウータンの野性が20年のブランクを吹き飛ばしてしまった瞬間

「うわぁ!」
「すごい! すごい!」
 誰もがいっせいに空を見上げて、感嘆の声をあげる。びゅん、びゅんと、何ものかがものすごい速さで空を横切る。
「ペンギンって魚? それとも鳥だっけ?」
「鳥だよ。鳥」

 二人で仲良くやって来たカップルがそんな会話をしてるうち、ほらほらと指をさした先には、もうペンギンの姿が消えている。あまりの泳ぎっぷりに、こちらの眼も追いつかないせいだ。

「知らなかった。ペンギンってこんなに速く泳げるんだね」

上空からはゆらゆらと日の光が差し込んでくる。この水中トンネルのなかに立っていると、自分は今、水のなかにいるのか、それとも宙に浮かんでいるのか、わからなくなってきてしまう。トンネルの足元が透明なせいもあるだろう。なにしろペンギンたちは、四方八方、水のなかを飛びまわっているのだ。

”君たち、ぼくたちがペタペタと歩いてる姿しか知らなかったんだろう?“

まるでそう言わんばかりに、1羽のペンギンがまたびゅんと、視界から姿を消していった。

「野生でも歩いているペンギンなんかを見たときにさ、ただヨチヨチ歩くだけでね、それでペンギンのすごさっていうのは感じないわけ。それが水の中に入ったとたんさ、ペンギンはああいうふうにして泳ぐために進化した鳥だというのがわかるでしょう?」

園長の小菅正夫さんはそう言って、ちょっと嬉しそうに胸を張った。

「そういうところをしっかり伝えるというのが動物園の役割で、逆にいえば野生では見られない。だけれど動物園でなら見えるという動物のすごさを伝えていくのがウチのやり方だと思ってるんですよ」

例えば、オランウータンのジャックが見せる「空中散歩」。

広島の動物園から引っ越してきたジャックは、もともと床の上で1日中ごろりとする生活を送っていたという。運動をすることもなかったので、体重はおよそ140キロあった。オスのオランウータンの平均がだいたい100キロぐらいなので、これはかなり太めといえる。

旭山動物園の「オランウータン舎」には、高さ17メートルの塔が2本立っていて、そのあいだに13メートルのロープが繋がれている。ここのオランウータンたちはエサを食べるために塔へ登っては、ロープを渡ってゆく。もし同じことを自分にやれと言われても、せいぜい塔によじ登った時点で気絶してしまうのが関の山だけれど、彼らオランウータンにとってみれば、これもなんてことはないという。ただ……

「いや正直ね、ぼくはジャックが来たとき、できないと思ってたよ。140キロだよ? 生まれて20年、高いところなんか登ったこともなくてね、床にずっと座っていてさ、あそこにいきなり登れるかといったってね」

小菅さんでさえ、最初はそんな心配をした。それでもある日、ジャックの方から行くといった。みんなの心配をよそに、ジャックが塔を登り始め、やがてロープを渡りきってしまったのだ。遺伝子に組み込まれた野性の力が、20年のブランクをも吹き飛ばしてしまう瞬間だった。

初めての綱渡りのあとで、ピーナッツやぶどうを味わったジャック。それは彼にとってどんな味がしたのだろう?

後編へ続く

(2007年7月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第75号より ※肩書きは当時)