「海の近くに住みたい」と房総半島の富津市に移住して15年。磯遊びの達人、西野弘章さんに、磯遊びの指南を受けるべく一日弟子入り。


ナマコ&ムラソイ収獲!現地調達した道具で釣れる

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房総半島に磯遊びの達人がいるという。日差しに夏を感じ始めるようになってきたある日、一日弟子入りするため、千葉県は富津市に、いざ出発。巨大タンカーが行き交い、工場や発電所が建ち並ぶ東京湾だけれど、海の中は、生命の宝庫だった!

出迎えてくださったのは、この道15年の西野弘章さん。「それじゃ、早速行きますか」の声に、「はい!」と、砂浜にできた師匠の足跡を追っていく。潮風とさざなみ、すぽっと足を優しく包む砂浜に出迎えられて、都会で閉じていた五感が緩やかに開いていくよう。

海草に彩られた大小さまざまな石たちをまたいで、磯へと繰り出す。「こんな何てことない石の下にね、いろいろ潜んでいるんですよ」と、師匠は海草まみれの一つの石をひっくり返す。……すると、小さいながらもバフンウニや貝たちが、石にへばりついていた!

「へー!」と俄然やる気になる現金な自分が悲しいが、石陰を3分も眺めていると、そこにいろんな生物が暮らしているのがわかる。

「釣りはね、こういう浅瀬で十分楽しめますよ。浅ければ浅いほどいいくらいでね」と西野さん。「潮の動いているところを狙うといいですね。そういうところはプランクトンが豊富で、それを求めて魚たちも泳ぎついてきますから」と、釣竿を取り出した。水深10センチほどのところで、ワームをつけた釣竿をゆらゆら揺らし始める。

こんな浅瀬で!?

と半信半疑だったが、5分もしないうちに、「おおっ!」と師匠が糸を引いた。なんと、黒いナマコがワームに食らいついている。黒ナマコを無事収獲し、「ナマコには赤、青、黒と3種類あってね、赤いナマコが一番高級なんですよね」と、釣り糸をたらした次の瞬間、糸を引いたのは、今度はなんと赤いナマコだった。一同思わずにんまり。

「『採る』ということは、人間のDNAに刷り込まれているんですよね。ただ単に見ているだけだったら水族館と一緒だけど、磯遊びの楽しみって、やっぱりそこじゃないですか。水に入ると冷たいところがあったり、温かいところがあったり、石の上を歩いていても滑りやすいところがあったり、そうじゃなかったりと、五感も刺激されますしね」と西野さん。

「釣りもね、準備が面倒くさいという声を聞きますけど、海岸に転がってる竹ざおと糸と、あとはこのヤドカリを餌にすれば、現地調達した道具で十分楽しめますよ」

市販のワームの代わりに石にへばりついていたヤドカリを餌に、釣り糸をたらすと、今日1匹目の魚、ムラソイがかかった。ギョロ目をきょろきょろしながら、尾ひれをばたつかせる。「魚もね、市販のワームより、魚が食べなれた岩場の貝なんかの方が、かかりやすいかもしれないですね」

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沖縄より 東京湾の海のほうがおもしろい

海の魅力、遊び方を知り尽くしたかに見える西野さん、幼い頃から海の懐で成長してきたんだろうなぁ、と思いきや、意外にも本格的に磯遊びを始めたのは15年前だという。「『海の近くに住みたい』っていう軽いノリでここに移住したんですね。それまでは、せいぜい潮干狩りを楽しんできたくらいで」

富津市に移住してからは、子どもたちと日夜磯遊びに繰り出し、海の魅力に魅せられてしまったという。 「飽きっぽい性格なんですけどね、海だけは飽きないんですよね。海といえば、『さんご礁と白い砂浜の沖縄の海が好き』という人も多いんでしょうが、僕は沖縄より東京湾の海の方がおもしろいですね。貝、カニ、ウニ、魚……と、多様な生物相が、毎回楽しませてくれますから」そう言って、西野さんは、もう一つのお気に入りの磯に連れて行ってくれるという。

砂浜を歩いていると、地元の男性に遭遇、「最近、アジ釣れてますか?」と西野さんが声をかける。ここでは、魚情報が挨拶代わり、海は社交場でもある。

「5月だといいのが釣れるからね、20センチくらいのが釣れたこともあったっけね。ここんとこ2〜3年はだめだけどねぇ」
「雨が少ないせいですかね」
「小アジはいっぱい釣れたけどねぇ」 「アジを追ってイカも来ますね」
「スミイカやアオリイカね」
「イナダも釣れますよね」

そうして2人、海をしばし眺めた後、「それじゃあ、また」と行き交う。

5分ほど歩くと景色は一変、岩には先ほどのごつごつ感がなくなり、滑らかな白肌がなんとも女性的な感じを醸し出す。砂浜には、色とりどりの貝殻。それに、どこかから流れ着いたのであろう、古タイヤやビーチグラスが混じる。そんな「よそもの」も受け入れる海の懐の深さをいまさらながらに実感する。「東京湾は流れが速いですからね。湾の奥まで漂流物が流れ着くんですよ。以前やしの実を見つけた時は、なんだかロマンチックな気持ちになりましたね」

たどり着いた2つ目の磯では、岩陰でアメフラシが産卵中だった。つがいが岩陰に潜み、岩の天井にはオレンジ色のラーメンがへばりついているように見えるが、これがアメフラシの卵だという。

ふと見上げると流木の上で一息つくモンキチョウ、空には潮風にのってホバリングするカモメたち。海を中心に多くの生命が行き交う。そんな彼らといっしょに海と戯れていると、なんだか懐かしいような穏やかな気持ちに包まれる。ヒトの体液や血液、羊水が海と限りなく近い成分でできているというのも、納得できる。


母なる海は、太陰暦の世界

海とともに四季を過ごしてきた西野さんは、最近、太陰暦に注目していると語る。「去年の今頃はあそこの釣り場でいっぱい釣ったよなぁ、と次の年の同じ時期に出かけてみても、釣れなかったりして、微妙に季節のずれを感じていたんですよね。数年前ようやくその謎を解いてくれたのは、太陰暦なんです。考えてみれば、海の干満や潮まわりなども月の周期で動いているわけで、当然といえば当然ですよね。それで、旧暦で計算して次の年に同じ釣り場に行ってみると、ばっちり釣れたんです」

「大海の水を動かすほどの月の引力の影響を、生物が受けないわけがないですよね。異常気象といわれる現象だって、旧暦で考えてみたら異常でないこともあるようです。最近では、アパレルメーカーなんかでも、販売予測に月齢を採用しているところもあるようですよ」

母なる海は、ぼーっとしていても、なにかとインスピレーションを与えてくれる場所という。「潮風の中、さざなみを聴きながら裸足で浜辺を歩くだけでも、気分が爽快になりますね。海は命の源で、人も海から生まれたんだから、当然といえば当然ですよね。磯遊びの基本は、まずは自分の足元の石をひっくり返してみること。予想もしないような愉快な仲間たちが、迎えてくれますよ」
(八鍬加容子)

 

にしの・ひろあき
千葉県生まれ。幼い頃から里山遊びなどをして育つ。信州大学農学部を卒業し、都内の出版社に勤務した後、家族とともに房総の漁師町へ移住。現在釣り、DIY、ログハウス関連の雑誌・書籍の編集や広告制作などを行う。
http://www5e.biglobe.ne.jp/~gokui/


2009年7月15日発売のビッグイシュー日本版123号より転載







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