5月下旬、米国の多くの都市で黒人差別への抗議デモが勃発したが、その背景には、長きにわたり蓄積されたフラストレーションがある。人種差別主義的な警察による取り締まり、合法違法問わずの差別、富を築く手段からの締め出し、悪意の込もった偏見......これらには長い歴史があり、今日もなお続く問題である。

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Omer Messinger/Sipa USA

これら不当行為に対するアフリカ系アメリカ人(以下、黒人)の抗議は、1870年代の南北戦争後にまでさかのぼり、20世紀になっても、シカゴ(1919)、ニューヨーク市ハーレム地区(1935)、デトロイト(1943,1967)、ロサンゼルス(1943, 1965, 1992)と大規模の暴動が発生してきた。

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1919年シカゴ暴動の後、破壊された家を去る黒人の家族
Wikimedia Commons


1964年制定の公民権法により「差別」が禁じられたものの、平等がもたらされることはなく、警察の手による人種差別的な不当行為は相変わらずだった。そして米国の150以上の都市で怒りが爆発、「長い暑い夏1967年(Long, hot summer of 1967)」として知られる事態に発展した。抗議者らが街頭に繰り出し、黒人住民らと白人警官らとの間での武力衝突が起きた*1。

*1 参照:The ‘long, hot summer of 1967’

白人の穏健派は、こうした武力による抵抗は「非暴力」で名高い人権活動家たちに背を向けるもの(アンチテーゼ)ではないかと非難した。しかし、人種差別撤廃を求め、非暴力の闘争に生涯をささげたマーチン・ルーサー・キング・ジュニア(1929-1968)自身も「暴力の脅威を知って初めて、非暴力が実現する」との認識で、「暴動はどこからともなく発生するものではない(“do not develop out of thin air”) 」と語った。

黒人たちの暴動を誘引してきた警察官らの差別的行為

今回ミネアポリス市で起きたジョージ・フロイドの死*2 がそうであったように、米国における黒人の暴動は、ほとんどの場合、警察官らの行為が引き金となってきた。

*2 5月25日、警察官デレック・ショーヴァンが、偽札使用の疑いがあったジョージ・フロイドの首を約9分間にわたり膝で地面に押さえつけ、死亡させた。

その一方で、警察が住民のために取るべき行動を、“黒人だから” という理由で拒否したことから暴動に至ったこともあった。1919年、シカゴのミシガン湖で 「白人エリア」とされていたところに10代の黒人ユージーン・ウィリアムスが流れ込んだ。岸にいた白人男性は彼に向かって石を投げつけ、溺れ死なせた。警察はこの襲撃を止めようとせず、白人男性たちを逮捕することも拒否。これが発端となって、「赤い夏」と呼ばれる暴動事件に発展した*3 。

*3 参照: How a Brutal Race Riot Shaped Modern Chicago

しかし、警察からいわれなく標的とされ、深く傷つけられてきた者たちからすると、物を破壊し、略奪する行為にも言い分があろう。
奴隷制が終わった1865年以降も、白人たちは黒人の労働力を搾取・困窮化させておく数々の方法をつくり上げた。その内容は、労働契約を規定するものから、黒人取締法(Black Codes)や小作制度など黒人を縛りつけるものまでさまざまだ。

これらの “習わし” には暴力が伴い、ときに殺人に至ることもあった。1800年代後半から1950年にかけて、リンチ*4 の犠牲になった黒人は4000人以上に上る。こうした事態が社会に受け入れられたものとなっており、事前に新聞紙上で告知されることすらあった。こうした司法「外」の殺人に、警察が関わっていること、もしくはその行為を見て見ぬふりだったことも少なくなかった。
*4 法によらない私的制裁。参照: https://lynchinginamerica.eji.org

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1893年 テキサス州で公開リンチを受ける10代の黒人
Wikimedia Commons


より良い暮らしを求め北部に移り住んだ黒人らも、人種差別に直面した。白人の地主・家主たちは、人種によって地域を隔離したため、黒人たちがひしめき合って暮らす困窮エリアがつくり出された(ニューヨーク市のハーレム、シカゴのサウスサイドなど)。


白人住民、ときには警察官らによる暴力行為によって、黒人らは都市の閑静な住宅街から締め出されることも各地で発生した。中産階級の黒人たちが多く暮らしていたアラバマ州バーミンガム郊外(政治活動家で哲学者のアンジェラ・デイヴィスが育った地域)では、家々が爆破される事態が頻繁に起きたため*5、通称「ダイナマイト・ヒル」と呼ばれた。

*5 1940年代後半〜60年代半ばにかけて、バーミンガムでは40件以上の爆破事件が発生。
参照:
Remembering Birmingham’s ‘Dynamite Hill’ Neighborhood

北部の都市で警察官に黒人を増やす試みも行われたが、根本的に人種差別的発想にもとづいた警察のオペレーションを変えるには至らなかった。

拡大する貧富の格差

1960年代に起きた黒人たちの抗議活動は、警察の残忍行為によって突き動かされたものだけでなく、黒人が通常の市民社会から排除されたことも原因だった。

黒人らは住宅ローンを組めるほどの資本を蓄えることができたとしても、「レッドライニング(赤線引き)」という法律制度によって、土地建物を購入することができなかったのだ。そのため、黒人世帯は白人世帯と同じようには冨を蓄積することができず、貧しい地域に暮らさざるを得なかった。下水設備もままならず、緑地もなく、買い物は不便、学校設備も不十分な地域に。

その一方で、低賃金の家事・サービス労働を提供し続けたのは黒人たち。好景気を支える存在だったが、そのメリットを享受できるのは白人ばかりだった。
結局のところ、何もかもを奪われてしまった囚われ人たちを責め立てている。けしからん状況だ。
1968年、作家のジェイムズ・ボールドウィンがこう述べたのもごもっともだ。

こうした政策の影響は今日でも色濃く残っており、大勢の黒人に対する差別や権利剥奪に大きく加担してしまっている。何世代にも渡り、黒人というだけで差別され、白人たちのような「富の蓄積」が許されてこなかった。黒人の世帯・個人が享受できている豊かさの平均レベルは、白人やアジア系のそれよりもはるかに低い*6。これは高いレベルの教育を受け、高所得を得ている黒人にも当てはまることだ。

*6 白人の財産は黒人より平均7倍。黒人は人口の約13%を占めるが、所有財産は3%以下。黒人世帯の19%は純資産がゼロまたはマイナス、白人でそのレベルの困窮者は9%のみ。
参照:The 1619 Project(The New York Times Magazine)


5月30日、ボールドウィンに倣って、コメディアンのトレバー・ノアはこのような発言をした。
ターゲット*7で略奪行為が行われているのを見て不安を感じるなら、黒人が日々味わっている“略奪されている” 気持ちを想像してみるがいい。米国の警察は黒人そのものを“略奪” している。
*7 米国のディスカウントスーパー

「犯罪との戦い」と大量投獄

1967年の「長い暑い夏」騒動を受け、第36代ジョンソン大統領下にあった連邦政府は、「貧困との戦い(War on Poverty)」から「犯罪との戦い(War on Crime)」へと政策をシフトさせた。 “法と秩序” が拡大していく中で、黒人たちはますます標的化され、大量に投獄されるようになった。

今日においてもなお、特に黒人男性は、圧倒的な警察権力の標的となっている。黒人男性が警察に殺害される率は白人男性より2.5倍以上*8 で、特に20-35歳の若い世代が犠牲になりやすい。男性と比べるとはるかに少ないものの、黒人女性も攻撃を受けやすい存在で、犠牲率は白人女性より1.4倍だ*9 。また黒人は、逮捕される、犯罪で告発される、有罪宣告を受ける、刑に処される可能性も、白人と比べるとずっと高い。

*8 参照:Black men 2.5 times more likely than white men to be killed by police, new research estimates
「そもそも黒人による犯罪の母数が大きいから警官に殺害されやすいのでは」とも思われがちだが、FBIのデータ(2017)によると、全逮捕者のうち白人が68.9%、黒人が27.2%、その他が3.9%。黒人の犯罪数が飛び抜けて多いわけではない(犯罪の内容により割合は異なる)。

*9 無断家宅捜査または身柄拘束中に死亡させられるなど、精神疾患者が巻き込まれるケースも少なくない。直近では2020年3月20日、救急医療技術者のブレオナ・テイラー(26)が自宅で就寝中に、麻薬密売の疑いで家宅捜査に押し入ってきた警察官に銃撃された事件がある。

After Breonna Taylor's death, a look at other black women killed during police encounters

その一方で、警察はおよそ市民警察とは言い難い、まるで軍隊かと思うようなやり方で訓練・装備されてきた。警察による暴力行為はますます正当化するのが難しくなっている。オンラインマガジン「スレート」は先週、「警察が全米各地の暴力を勃発させた(Police Erupt in Nationwide Violence)」と題した記事を掲載した。

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ジョージ・フロイドの死を受けて抗議活動が続く。ミネソタ州議会議事堂前にて。
CRAIG LASSIG/EPA

その結果、多くの草の根団体が立ち上がり、警察への資金援助打ち切り*10、徹底的な非武装化、地域で起こる問題への介入レベルを下げることなどを要求している。また活動家らは、「Black Lives Matter」のメッセージ発信を続けている。

*10 例えばミネアポリス警察では市予算の30%を使っている。複数の団体は4500万ドル規模(約48億円)の資金援助打ち切りを訴え、コミュニティ主導の健康・安全戦略にまわすべきと市長に訴えている。The answer to police violence is not 'reform'. It's defunding. Here's why

5月30日、公民権を専門とする弁護士シェリリン・イフィルは(ジョージ・フロイドを死亡させた警官の起訴可能性について問われ)こう述べた。
私は「法の支配」を信じています。この法の支配を優先させるのならば、正義が勝つべきです。不公平な結果ばかりがもたらされるのなら、どうやって人々に司法制度を信じろと言えるのでしょう。

著者 Clare Corbould
 Associate Professor, Deakin University

※ こちらは『The Conversation』の元記事(2020年6月2日掲載)を著者の承諾のもとに翻訳・転載しています。

参考 マーチン・ルーサー・キング・ジュニアの演説
A Riot is the Language of the Unheard - Martin Luther King Jr.


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