英国メイ首相が、日本時間の2017年3月29日、EU=ヨーロッパ連合に離脱を正式に通知したことを受けて、ギリシャの元財務大臣ヤニス・バルファキス氏がEU離脱決定前にギリシャのホームレスの状況からEUとの関係性まで語ったインタビューを掲載します。
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雄弁かつ扇動的なギリシャの元財務大臣ヤニス・バルファキス氏は、EUの財政政策を舌鋒鋭く分析してみせ、一躍左派のヒーローとなった人物だ。その彼が、第20回グローバル・ストリートペーパー・サミット開催中 (2016年6月アテネで開催)、INSPの独占インタビューに応じてくれた。インタビューは英国のEU離脱決定前におこなわれたものだが、政治家として高い人気を誇った彼のことばは、ギリシャのホームレスの状況からEUとの関係性まで、警告ともとれる非常に力強いものだ。
ギリシャのアテネで開催された第20回国際ストリートペーパーサミットにて、各国代表の前で話をするヤニス・バルファキス元ギリシャ財務大臣。
Credit: INSP.ngo/Dimitri Koutsomytis
「ギリシャ危機」で国民は破産や失業、多くの人々が路上生活に
「ギリシャ危機」がどれほどの影響を国民に及ぼしたのか − それは、サミットに出席する世界各地のストリートペーパー代表者たちがアテネに到着した時点で明らかだった。破産や失業により多くの人々が路上生活を余儀なくされていたからだ。
この危機を受け、ギリシャでは3年前にストリートペーパー「Shedia」が誕生。何もかもを失ってしまった人々に、収入を得て尊厳を取り戻す手段を提供している。その大きな成功は社会の結束を見せつける前向きなものであると同時に、いかに多くの人がこういった支援を必要としているのかという悲しい現実をも映し出している。
ストリートペーパー「Shedia(筏の意)」販売者レオニダス・ヨルゴス氏。(「Shedia」公式サイトより)
経済危機はギリシャの政治地図をも塗りかえた。2015年に政権についた急進左派連合スィリザ(SYRIZA)が反緊縮財政を進めた結果、ギリシャの三大債権者(欧州委員会、国際通貨基金、欧州中央銀行)と直接対立することになったのだ。
この政権下で財政政策の舵を取ったのが、新財務大臣となったヤニス・バロファキスだ。EUの財政政策とギリシャに救済措置(財政支援)の条件として提示された致命的な緊縮財政を巧みな弁舌で分析してみせた彼は、彫りの深い風貌も相まって、左派のヒーローとなった。ところが、入閣からわずか6ヵ月ほどで、盟友アレクシス・ツィプラス首相が受け入れた救済措置に抗議するかたちで大臣を辞任した。
政権を去ったものの、政治活動をやめたわけではない。英国のEU残留、スイスのベーシックインカム制度など自らが信じる大義のため、ヨーロッパ各国で精力的な活動を続けている。2016年2月には、全欧州レベルの包括的組織「民主的ヨーロッパ運動2025(DiEM25)」を立ち上げた。
Q. ギリシャにおけるホームレス問題に変化の兆しはありますか?
A. 今ギリシャの路上にいるホームレスの人々を見れば、今後1年でその数が激増するのは間違いない。3~4カ月以内に急激かつ容赦ない住宅差し押さえが始まるからだ。2015年7月、政府が財政支援の受け入れに屈したおかげで、この国のホームレス問題は悪化の一途をたどっている。
Q. ギリシャのソーシャルビジネスは、Shediaの他にも「Myrtillo Café」(社会的弱者を雇用)や「Wise Greece」(ギリシャ産製品の販売収益でホームレスの食料支援)などがありますが、これらは経済危機への有効な対応策となっていますか?
A. いいや、それは無理な話だ。彼らの活動は大切だが、経済危機に対する有効な対策とはいえない。今回の危機はあまりに規模が大きいので、家族やコミュニティレベルでの団結では痛みを和らげることはできても、痛みそのものは止められない。
Q.危機の解決にはならなくても、若者の国外流出食い止めに一役買うことくらいはできる?
A. そうなるといいが、これだけでは十分ではない。だが、「起業家精神」の新たな実例にはなりうるし、実際になっている。「起業家精神」は我々が生きる社会経済のあり方を大きく変えうるものだ。コミュニティや活動家だけではなく、国家レベルでの介入も必要だがね。例えるなら、今はさまざまな種類の起業家精神を実験室で試験しているようなもの。いずれ実験室の外へ飛び出し、大量生産に移行すべき時がくる。
Q. ギリシャの人々の話を聞いていると、国内でのあなたの評価はきっぱり二分されています。
A. 私を嫌う体制側の人間と、そうではない反体制側の人間たちだ。EUマネーに依存する企業や団体は、EUの官僚機構や資金源に反対の姿勢を貫く私を脅威とみなしている。彼らはどちらに媚びるべきかを心得ているからね。その一方で、そうではない人たちもいるという具合だ。
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Q. ギリシャの債務返済条件については、債権者を「財政上の水責め」と非難するなど、かなり激しく反対されています。
しかし、ギリシャ政府機構の合理化、脱税の阻止など、必要な変化もあるのでは?
A. 私はそのことでも非難を受けたのだ!でも、現実に目を向けなくては。大金が生み出されるミコノス島では誰ひとり税金を払っていない。あの島で税務調査を行っても、島の人々はいつ誰が調査しにくるかを把握しているから、調査員が現れたとたんに領収書を発行し、調査員が立ち去るやいなや発行を停止している。こうした状況を打開するには、盗聴器をつけた覆面調査官がいつ来るかわからないぞと商店主たちを恐れさせるしかない。そう提案したら非難を受けたのさ。もちろん、我々の側も何か手を打つ必要があるとは思っている。それにしても、改革を受け入れなかったことと改革を提案したことで同時に非難されるなんて大いなる皮肉だ。
Q. 英国のEU残留を訴えていらっしゃいます。今でも考えは変わりませんか?
A.私が支持しているのは残留派の中の「急進派」だ。実は、「EU残留派」の最大の敵は同じ側に立つデビッド・キャメロンやトニー・ブレアたちなのだ。彼らがいれば、もうボリス・ジョンソン(*離脱派の代表格)はいらないだろ?
この点についてはあまり立場を明確にしたくないのだが、両派とも「恐怖プロジェクト(Project Fear)」から距離を置くことが大事だ。たとえEU離脱が決まっても、数日や数週間レベルで大きな事態が起こるわけではない。英財務省は、国家収入の3分の1が失われる、アルマゲドンが起こる、住宅価格が暴落するなどと予測しているが、そんなことは起こらない。私がEU残留を支持する理由はキャメロンのそれとは違うのだ。同じように離脱派の中でも、反民主的ともいうべき官僚や組織に委ねられてきた民主的主権の回復について大いに議論されている。
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英国のEU離脱に反対する2つの理由:たとえ離脱しても英国はEUが定めた規制からは逃れられず、欧州解体を加速するから
ならば、なぜ私は離脱派に反対なのかって? 理由はふたつある。第一に、離脱などそもそも不可能だからだ。すでに英国は単一市場に組み込まれている。そこは自由貿易域などではなく、共通の工業規格があり、どんなサービスもEUが定めた規制、環境保護基準、法的な市場規制を遵守しなければならない。さまざまな経済・社会活動の規則制定についても、英国の主権は今後も制限され続けるだろう。もはやそんな状況から逃れることなどできないのに、どうして離脱したがるのだ。離脱してしまえば、こうした規制づくりの権限を加盟もしていないEUの連中に委ねることになるというのに。
第二に、英国のEU離脱は欧州解体の政治プロセスを加速するからだ。その当然の結果として、欧州の経済危機は悪化するだろう。欧州の経済危機が悪化すれば、英国も不況に陥る。たとえEUを離脱していてもだ。
つまり、英国のEU離脱は欧州にとって大きなメリットがないどころか代償の方が大きい。今後はより卑劣かつ横暴なやり方で英国を苦しめるだろう。英国の私の仲間 − イングランド・ウェールズ緑の党のキャロライン・ルーカス、労働党のジョン・マクドネルら − と同じで、「英国はEUに残留しつつEU体制派に抵抗すべき」というのが私の考えだ。それしかチャンスはない。
*恐怖プロジェクト:EU離脱による経済的損失やリスクを強調した残留派のキャンペーンのこと。
Q.人々がEUに反感を持つ理由は?
A.ヨーロッパの人々はEUの偽善家ぶりに嫌気が差しているんだ。 EUはいったん加盟国への介入を決めると、まるで侵略者のようにふるまう。2015年にはわれわれの銀行システムを停止し、ギリシャ政府に支出削減を課した。ギリシャでは1967年に軍事クーデターが起きたが、今回の介入はまるで銀行を使ったクーデターだった。国民生活への干渉として銀行閉鎖ほど甚大なものはない。
その一方で、民意を無視した政府がEUの規則に反するほどの強権的手段に出ようとも(ハンガリー、ポーランド、ルーマニアで実際に起きている)、EUは介入を是としない。そんな一貫性に欠けた同盟では、いずれ人は背を向けてしまう。EU解体を望まない者として、EUを消滅させてはならないことを人々に納得してもらうのがますます難しくなっていると感じているから私はこうして発言しているのだ。
後編:「ベーシックインカム制度が必要な理由は、社会的正義ではなく、資本主義を安定させるために不可欠だから」に続く
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