ビッグイシューが2020年から新たに始めた、人気パン屋さんからピックアップしてきたパンを夜だけ販売する「夜のパン屋さん」。オープン以来様々なメディアに取り上げられることも多いこの事業は、料理研究家で、認定NPO法人ビックイシュー基金共同代表の枝元なほみと、『ビッグイシュー日本版』の創設メンバー佐野未来などが中心となりスタート。
『ビッグイシュー日本版』の創刊や「夜のパン屋さん」は、どのような背景で生まれたのか。佐野がオンラインイベント<第67回フミコムcafe 「夜のパン屋さん」から考える ロスのない循環する仕組みづくり>で語りました。
佐野未来
「夜のパン屋さん」立ち上げの中心となった枝元なほみ。料理研究家で、認定NPO法人ビックイシュー基金共同代表。
この記事は、2021年10月20日にオンラインで開催されたイベント<第67回フミコムcafe 「夜のパン屋さん」から考える ロスのない循環する仕組みづくり>より、内容を再構成したものです。
ビッグイシュー日本の始まり…どうしたらホームレス状態の人が仕事を持ち、自立していけるか
佐野は高校卒業後、ジャーナリズムを学ぶためアメリカの大学に進学。卒業後に帰国しました。「帰国当時(90年代後半)はバブル崩壊後(の就職氷河期)で就職先はなく、初めはアルバイト、それから語学学校で英語の先生をやって生活していました。その語学学校も倒産してしまって、失業中にビッグイシュー創刊に関わりました」。
現在、全国の路上生活者は厚労省の21年の調査で3,824人とされています。2003年頃、路上生活者の方の数は、全国で25,296人、大阪府下だけで7757人となっていました。
「私が渡米する前は『豊かな国ニッポン』というイメージを世界中が持っていて私自身もそう思っていたのですが、帰国してみると大阪では街のいたるところに路上生活の方があふれていて。いつの間に、どうしてこんなことに?という思いが私の中でずっと引っかかっていました」と、これが現在の佐野の活動につながるきっかけとなった経験だと言います。
「夜のパン屋さん」の取り組みにも共通していることですが、ではビッグイシューの支援の形がなぜ現在のようになっていったのか、佐野には次の3つのことが背景にあったと話します。
1.「自助」の前に必要なこと
まず佐野は、「自助」と言う前に、対象となる人(例えば困窮者)が適切なサポートを受けられる、適切な機会があることが自立に必要であると話します。
「自立のためには、小さな成功体験や、やり遂げたという経験を積み重ねて自信を付けていくことが必要ですが、それは決してひとりだけの力で成し遂げられるものではありません。いろいろな助けを借りながら、その人が出来るように周りからサポートを受けられる環境が必要だと考えています」。
つまり、さまざまな場面で、有形無形のサポートを受けられなかった人ほど、結果的に路上生活に陥りやすく、そこから脱出するのが難しい傾向があるということです。
佐野がホームレス状態の人や生活に困窮している人が路上での雑誌販売という「すぐにできる仕事」をつくる英国のビッグイシューの仕組みを知ったのは2002年のこと。それから1年の準備期間を経て現編集長の水越洋子と共同代表で父である佐野章二の3人で2003年にビックイシューを創刊しました。
販売登録者に最初の10冊はプレゼントし、10冊販売できると4500円の収入になるため、それを元手に、その後は1冊220円で仕入れ、450円でお客さんに販売するという仕組みです。差額230円が利益になるため、販売をコツコツと続けることでお金を少しずつ貯めることができます。
2.何度でも社会に戻れる基盤づくりの重要性
「しかし、雑誌販売だけでは、その人に必要なすべてのものを得て、路上脱出をすることは厳しいとも感じていました」。2007年に仕事以外の支援(住宅、生活、健康)を中心に、従来のビッグイシューだけでは不足していた支援を行う事業として、「NPO法人ビッグイシュー基金(※)」を立ち上げました。
※2012年7月1日国税庁より認定NPO法人に認定、2017年3月27日には大阪府より認定NPO法人に認定。
「2008年秋にリーマン・ショックが起きたのですが、それが私にとっての転機です。それまでビッグイシューの販売者さんは50代、60代の日雇い労働もこなしてきたタフな男性が多かったのですが、この年から20代、30代の若い世代の路上生活者、困窮者の方が増えてきて」と、佐野は振り返ります。当時は支援の手段も限られており、充分な支援ができない状況に、忸怩たる思いが佐野にはありました。
「路上生活が長くなればなるほど、働けない状態になる方が多かったんです。若い世代の方たちがその貴重な人生を、貧困が原因で活躍する機会を逃しているのを見て、その人にとっても、社会にとってもこれほど大きなロスはないと感じていました」
「一方で、彼らを使い捨て、切り捨ててきた今の社会は『戻りたいと思える場所なのか?』という疑問もわきました。そこが変わらないと根本的な解決にはならないのではないかって」。
3.持続可能な、より良い「小さな商い」作りの必要性
2020年春以降は、緊急事態宣言による人流の減少などでビッグイシューの販売が困難になりました。海外でも、100誌ほどビッグイシューと同じ仕組みで雑誌販売の仕事をつくる事業者のネットワークがありますが、ヨーロッパ、オーストラリアなどロックダウンとなった国では販売者は街の中に立つことはできませんでした。
こうしたことに先手を打っていく必要もあり、それが「夜のパン屋さん」へとつながっていきます。「枝元さんとも、今こそ作るべき時なんじゃないかと話し合いました」。約半年の準備期間を経て、2020年10月のグランドオープンにこぎつけたのです。
コロナ禍で『食を通じた新たな仕事』をつくる
「夜のパン屋さん」とは、協力してくださる複数のパン屋さんから、閉店時間近くにパンをピックアップさせてもらい、別の場所で再販するという取り組みです。
当日のスライドより
2020年春、枝元は十勝・帯広のパンの人気店「満寿屋(ますや)」さんらの取り組みやいただいたアドバイスをもとに、「都内で夜だけオープンするパン屋さん」のアイデアの実現へ向けアクションを起こしていきました。
そうして「パン屋さんから売れ残ったパンをピックアップする仕事、パンを販売する仕事、2つの仕事をつくることができるね」という枝元の意見に佐野も賛同。
「夜のパン屋さん」には維持費のかかる実店舗はありません。当初販売場所としたのは「かもめブックス」(東京・神楽坂)さんの軒先のスペース。かもめブックスさんの協力の下、店舗営業終了まぎわから終了後、その軒先を利用して2020年10月、「夜のパン屋」の営業を開始しました。
「商品のパンの品質には十分配慮しています。販売形態に厳しい目を向けられるかもしれないからこそ、上質なものをと、細かく気を遣っています。」と佐野は力を込めた。
「夜のパン屋さん」Facebook より
https://www.facebook.com/yorupan2020/
「夜のパン屋さん」は現在17店舗が参加。日によって変わりますが、通常、1日に4~6店舗のパンが並びます。
人気店も含めたいろいろなお店のパンが選べるため「むしろこのスタイルで買えるのが嬉しい」というお客さんの声や、お店からも「社会貢献もそうですが、まずは私たちが安心してパン作りに専念させてもらえるのが有り難い」という声をいただくこともあります。
また「女性や体の弱い方など、雑誌を長時間路上で販売することが難しい方」や「コロナ禍でアルバイトを辞めさせられた学生さん」など夜のパン屋さんに関わる人の輪も広がっています。
食品ロスを削減することと、さまざまな世代の人たちが失った、働く機会を作り出すことが、「夜のパン屋さん」の循環する仕組みづくりのベースとなっているのです。
今後はキッチンカー「夜パン号」が出動予定
1周年を過ぎ、かもめブックスさん以外の場所でも移動販売による販売を開始しました。21年10月からは飯田橋のマンションの駐車スペースをお借りし、キッチンカー「夜パン号」でも販売を開始、世界食糧デーのある10月中は、代官山T-SITE蔦屋書店前でも販売をしました。移動販売も広げて行く予定です。
「夜のパン屋さん」Facebook より
https://www.facebook.com/yorupan2020/
このような「小商い」作りを念頭に置いた取り組みでは、いま持っている資源だけでも持続可能な協働が実現できます。
心のこもったパンをロスすることなくお客さんのもとに届け、働く機会を失った方の活躍できる場を作り出す、「夜のパン屋さん」が目指すのは、このような2つの面での循環的な仕組みづくりです。
ロスのない循環する仕組みづくりも、「誰一人取り残さない」という持続可能でより良い社会づくりも、ともすると難しいと思われるテーマ。しかし、ここにこそ日々生きる私たちの生活の中にそのヒントがあるのではないでしょうか。
※フミコムcafeとは
フミコムは地域の活性化や地域課題の解決を目指し、新たな担い手の育成や、新たなつながりを創出するため各種事業を行っている2016年4月にオープンした協働の拠点です。社会福祉法人 文京区社会福祉協議会が運営しています。
フミコムcafeは「地域に踏み出すはじめのいっぽ」として地域に関するさまざまなテーマのゲストの話を聞きながら、新たなつながりや、次のアクションを生み出すことができるキッカケの場として毎月1回、申込不要・参加無料でどなたでも参加いただけるイベントです。
◆夜のパン屋さんの販売日時、販売場所はこちらから。
夜のパン屋さん – Twitter
https://twitter.com/yorupan2020
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記事作成協力:Y.T