2023年12月3日の朝刊で目に飛び込んできたのは、原発を3倍に増やすという記事だった。アラブ首長国連邦のドバイで開催されている気候変動枠組条約締約国会議(COP28)で米国と英国が呼びかけて、2050年までに世界の原発の容量を3倍に増やす宣言を出したというのだ。宣言には22ヵ国が賛同し、その中に日本も含まれている。
小型炉、原発ない国へ売り込み
米企業はすでに撤退を発表
福島原発事故の影響を受けて沈みつつある世界の原子力産業界が反撃に出てきたと、筆者は受け止めた。米国も英国も日本も、今の原発の容量を3倍にすることなど実現不可能で、政府も建て替え政策以外は考えていない。とすると、その狙いは原発のない国への売り込みだ。
国際原子力機関のグロッシー事務局長はCOP28に先立つ11月28日に開催された世界原子力展示会で「今後数年内に新たに12ヵ国程度が原子力を保有することになるだろう」と述べたという(ロイター)。アフリカ諸国が多いが、アジアではカザフスタンやフィリピンなどに動きがある。フィリピンでは建設されたバターン原発を廃止に追い込んだ過去があり、原発を復活させようとする動きに対して反対運動が活発化している。
こうした状況から考えると、世界の原子力産業界は小型モジュール炉(SMR)の輸出による生き残りを戦略としているようだ。SMRは電気出力10万kW程度の小さな原発を原子炉・格納容器・発電を一体として組み込んだシステムで、工場で建設して現場で設置する。この小型炉を連結すれば出力を上げられるとメリットが強調されている。経済産業省も次世代原発として推奨している。もっとも日本では建設の計画も見通しもない。
SMRについては、ニュースケール社(米国)がいち早く手がけ、29年には初号機が運転を始める予定だった。しかし、同社は昨年11月8日に開発から撤退することを発表。その理由はプロジェクトの遅れとコストの増加で、発電コストが1.5倍になり、建設しても高い電気を買う顧客がいないことだ。1基あたりの建設費は安くても、大型炉と同じ出力で比較すれば、割高になることは当初から指摘されていた。
早くも小型炉プロジェクトがコスト問題で破たんした。実証もされていない原子炉を輸出するには事故リスクが高すぎる。今回の原発3倍増宣言も掛け声だけに終わりそうである。
風力や太陽光、拡大余地は十分
再エネ接続拒否は過去最大
他方、再生可能エネルギーについては2030年までに3倍にする、エネルギー効率を倍増させる誓約が呼びかけられ、118ヵ国が誓約した。こちらの方が圧倒的に多数であり、さらに達成時期も近い。
岸田文雄首相は、再エネの主力電源化という政府方針を説明、誓約に加わった。3倍に増やす余地は十二分にあるが、「必ずしも3倍にできる容量があるとは考えていない」(伊藤信太郎環境相)と早くもブレーキをかけている。しかし、風力発電はまだまだこれからであるし、太陽光発電も現状は可能性のある屋根の1割程度の導入であることを考えただけでも、伊藤発言は根拠に乏しい。
最大の難関は大手電力会社の抵抗である。今年の大手電力の再エネの接続拒否は過去最大を更新した。
また「排出削減対策の講じられていない新規の国内石炭火力発電所の建設を終了していきます」という曖昧な姿勢の日本政府に対して、気候危機を訴える国際環境NGO「350.org」は「化石賞」を贈った。
2050年のカーボンニュートラル(温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させること)に向け、抜本的な送配電改革が避けられない。(伴 英幸)
(2024年1月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 470号より)
伴 英幸(ばん・ひでゆき)
1951年、三重県生まれ。原子力資料情報室共同代表・事務局長。79年のスリーマイル島原発事故をきっかけに、脱原発の市民運動などにかかわる。著書に『原子力政策大綱批判』(七つ森書館、2006年)
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