赤ちゃんチーター捕獲に成功、1年半かけて野生に戻す訓練が始まる

ケニアのマサイマラ保護区(※)で小型飛行機を自ら操縦し、象牙・銃器の探知犬、密猟者の追跡犬とともに、ゾウ密猟対策活動や野生動物の保護に奔走する滝田明日香さん。2023年、ケニア政府から麻酔銃の所持許可書を得て、野生動物治療が可能になった滝田さんは初の肉食獣の治療として、怪我をしたライオンに続き、母親を亡くしたチーターのレスキューに向かう。だが麻酔薬を打っても逃げられるばかり。持ち時間がどんどんなくなってくる中、さあ、滝田さんどうする?(前回はこちら


※ケニア南西部の国立保護区。タンザニア側のセレンゲティ国立公園と生態系は同じ。

チーターの太ももを狙いたいが
いっこうに動く気配がない

 小さなサイズの的を撃つことに慣れていない私が、移動する赤ちゃんチーターの太ももを狙って仕留めることができるのか? やったことがないので、自分でも疑問だが、やるしかない。

 チーターが隠れた茂みの近くに止まった車の中から、ダートガン(麻酔銃)のスコープを通して茂みの一点を見続けた。茂みの葉っぱの後ろにチーターが隠れているのだ。もしも、撃ったダート(矢)が茂みの小枝に当たってしまうと、衝撃でダートの中の薬が出てしまう。銃弾なら小枝などは衝撃で貫通するだろうが、ダートはそうはいかないのである。なので、茂みから少しでも出てくれたところを狙うか、もしくは茂みの中の開けた場所で、チーターの太ももに狙いをつけて命中させるしかない。

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 チーターは動く様子もなく座り込んでしまい、私もこれは辛抱勝負なので麻酔銃のスコープに目を当てたまま、身体の動きを止めて静かに息をしながら待つことにした。とにかく狙いがつけられる場所に動いてくれない限り何もできないのだ。微動だにせず15分ぐらい茂みの向こうのチーターの様子を伺っていたが、いっこうに動く気配はない。

 まさか疲れて寝ているんじゃないでしょうね? もうすぐ夕方になるので、眠られたら困る。暗闇になってしまったら、この2日間苦労した甲斐がなくなるかもしれない。

 チームで会議して「レンジャーに近寄ってもらって、チーターが動き出すかどうか試そう」という結論が出た。
 チーターがいる茂みの反対側から、レンジャーにゆっくり歩み寄ってもらうことにした。警戒して走り出してしまうと、また面倒くさいことになるので、本当に一歩一歩静かに近寄ってくれるように頼んだ。レンジャーは指示通り、ゆっくりとチーターに近寄り始めた。すると地面に顎を乗せて休んでいたのか寝ていたのかのチーターが、突如頭を上げてレンジャーが歩き出した方向に見入った。その直後、立ち上がってレンジャーがいる反対側に動き出した。

 やった! チーターの前方に、茂みの中に穴が空いたように小枝がない場所が見える。そこへ動いてくれれば、狙いがつけられる! 息を止めて目をさらにスコープに押し付けて、すぐ撃てるようにゆっくりトリガー(引き金)の上に指を置いた。スコープを通して、茂みにカモフラージュされたチーターが茂みの穴に向かって静かに動いているのが見える。確実に穴に向かって動いている。あと数歩で狙いがつけられる場所まで移動しているのがわかった時、すぐにスコープを先の茂みの穴に固定した。チーターの頭が、穴の中に見えた。次の瞬間にトリガーを引けば、チーターが一歩前進した一瞬に、太ももの近くを狙えるはずだ。

ダートは見事に太ももに命中
暴れるチーターを押さえつける

「プシュッ」。空気が麻酔銃から放たれた音がして、ダートの先についている蛍光ピンクの尾っぽが空中に飛ぶのが見えた。そして、ダートは見事に赤ちゃんチーターの太ももに命中してくれた。

 ダートが当たった瞬間、チーターはものすごいスピードで茂みから飛び出て走り去った。今回は、ダートの薬がちゃんと身体に入ってさえくれれば、必ず効果が現れ、すぐに眠ってくれる麻酔量をダートに装填しておいた。

 あんまり走ってくれるなよーと願いながら、車で静かにその後を追った。すると7分たった時点でチーターが走っては前のめりになり転びだした。やっと薬が効いてくれた! そして次にチーターが地面に倒れ込んだのが見えた直後、私もタオルを片手に持って車から飛び降りた。チーターを興奮させれば、アドレナリンが出て起きてしまう。そうならないように、レンジャーたち全員に私が捕まえるまで待機するように指示した。

 タオルを両手に広げて持ちながら地面にうつ伏せになったチーターに音を立てないように、忍び足で一歩一歩近づいて行った。チーターの真上にタオルをかざしても動かないので、静かにタオルを頭の上にかぶせた。そして、首の皮をタオルの上から押さえつけて保定した瞬間、チーターが起きて大暴れを始めた。私はとっさにチーターの上に馬乗りになり身体を動かせないようにし、片手で首の皮を押さえて、もう片手でタオルの上から噛めないように口を押さえつけた。大人のチーターなら全体重をかけて押さえつけても大丈夫だが、赤ちゃんなのでレンジャーに足と手をロープで縛ってもらい、私は自分の身体を使って、チーターが飛び跳ねない程度に押さえつけた。

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ヘリコプターまで移動する間、暴れるチーターの赤ちゃんをタオルで保定する

 次の難題は保定したままチーターをヘリコプターまで移動させること、ヘリコプターで移動している間も保定すること、そしてヘリコプターから囲いまで移動させることである。

赤ちゃんなのに力が強いチーター
ヘリコプターの中で暴れる

 しかし、アドレナリンが出まくっているチーターは、成獣の薬の量が身体に入っているのにもかかわらず、やたら暴れる。これ以上薬を使うのは危険なので、押さえつけて保定するしかない。ヘリコプターにチーターを乗せて、私はその上に覆い被さって保定した。タオルの下から一所懸命に口を開けて噛もうとしているので、力いっぱいに口を押さえつけた。ヘリコプターの後部座席で私がチーターの頭と口を保定し、同僚が両足と両手を保定した。

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ヘリコプターの中で懸命にチーターの赤ちゃんを保定する私たち

 あまりにも力を入れているので途中、手がプルプルしたが、離陸した後にチーターがヘリの中で暴れてパイロットを噛んだりしてくれたら、ヘリが墜落しまう。噛まれても手は離さないと、2人で死に物狂いで、暴れるチーターを押さえつけた。赤ちゃんのくせにどれだけ力が強いんだと感心するぐらい暴れてくれる。たった10分のフライトだったが、30分ぐらいに感じるフライト時間だった。

 やっとのことでヘリコプターがチーターを保護する囲いに到着し、3人でもうすでに麻酔から完全に覚めているらしいチーターを囲いの中に運んだ。手足を縛ったロープを解いて私が麻酔を覚ます注射を打つと、チーターは2分も経たないうちに飛び上がって一番近くの茂みに飛び入った。

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以前、孤児のチーターを野生に戻すために使われていた囲いに移動

 ライオンに殺されてしまったチーターの母親は「キサル」という名前らしい。キサルはマサイ語で「救われたもの」という意味。レンジャーたちに「キサルの生き残った息子には、母親と同じ意味のレキサルと名付けてほしい」と頼まれた。レキサルは、今後1年半をかけて野生に戻す訓練をしながら飼育することになるのだ。生きた獲物を与え、獲物を自分で殺すテクニックを身につけさせるなど、時間をかけてサバンナで独り立ちしていけるように訓練をさせる長い道のりの一歩が始まったのである。

(文と写真 滝田明日香)


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「アフリカゾウの涙」では、みなさまからの募金のおかげで、ゾウ密猟対策や保護活動のための、象牙・銃器の探知犬、密猟者の追跡犬の訓練、小型飛行機(バットホーク機)の購入、機体のメンテナンスや免許の維持などが可能になっています。本当にありがとうございます。引き続きのご支援をどうぞよろしくお願いします。寄付いただいた方はお手数ですが、メールでadmin@taelephants.org(アフリカゾウの涙)まで、その旨お知らせください。
山脇愛理(アフリカゾウの涙  代表理事)

三菱UFJ銀行 渋谷支店 普通 1108896
トクヒ)アフリカゾウノナミダ


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以上、ビッグイシュー日本版477号より「滝田明日香のケニア便りvol.30」を転載。

たきた・あすか

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1975年生まれ。米国の大学で動物学を学んだ後、ケニアのナイロビ大学獣医学科に編入、2005年獣医に。現在はマサイマラ国立保護区の「マラコンサーバンシー」に勤務。追跡犬・象牙探知犬ユニットの運営など、密猟対策に力を入れている。南ア育ちの友人、山脇愛理さんとともにNPO法人「アフリカゾウの涙」を立ち上げた。
https://www.taelephants.org/