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ディスレクシアを克服して作家になった、ジョン・アーヴィング
例えば、あのアルバート・アインシュタインはLDだったといわれている。彼は幼いころ、言葉を覚えるのが遅くて、数学以外の成績はからっきし駄目だった。大学受験にも失敗して世間に埋没しそうになっていた彼を、アインシュタインの叔父や友人、教師たちは、彼の「数学ができる」という長所をきちんと汲みとり、評価しようとしたのだった。
また、発明王と呼ばれるエジソンも読み書きと計算が苦手だった上に、学校では教師の話を聞かず、ボーッとすることの多いADHDの傾向があったという(LDとADHDは重複しやすいことがよく知られている)。とっぴな行動が多く、小学校を3ヶ月で放校処分になったエジソンだが、彼は幸いなことに母親という教育者に恵まれた。エジソンは母親という理解者を得ることによって、「電球の発明」へと一歩、足を踏み出すことができたのだった。
ほかにも、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ウォルト・ディズニー、ブルース・ジェンナーなどたくさんの名前を挙げることができるが、現在も活躍を続ける最も有名なディスレクシアの俳優がトム・クルーズだろう。彼は脚本を読みながらセリフを覚えるのではなくて、すべてをテープに吹き込んでもらってから内容を覚えるという。
さらに驚くべきは、たとえディスレクシアであってもそれはけっして「作家になる道」をも不可能にはしないという事実だ。
『ガープの世界』『オウエンのために祈りを』などで知られる作家ジョン・アーヴィングもそんなディスレクシアの一人。彼の場合、文章はゆっくり読み直し、作品を書く時は音読するなどして、読み書きの苦手を補っている。苦手な単語のつづりがあったら、周りの人が助け舟を出している。
「だから逆にいうと、LDだからってみんなと同じようにできないっていう考え方も私は間違ってると思うね。もしうまくいかないことがあったら、何かほかにうまくいくことがないだろうかと探してみる。もしそれが生きることにつながっていったら、なおすばらしいねって。もちろんみんながエジソンみたいにうまくいくわけじゃない。でも自分で納得したり、楽しめたりすることが見つけられたら、それでもいいよねって言いたい」
英国の消防庁にあるディスレクシア支援のコース
なにを隠そう、そのように語る上野さんも、実はLD・ADHD的な傾向があるという。昨年出版した『LD教授(パパ)の贈り物』も「ふつうであるより個性的に生きたい」と願う上野さんが綴ったドタバタ生活のエッセイ集だ。
「僕も個性的にしか生きてこられなかったからね。だから偉そうなことは言えない。自分がいじめをしなかったか、差別をしなかったかといえば、いや、気づかないでたくさんやってきたと思う。そういうことは僕にだってたくさんあるよ。だから『もっと理解したい』って思うんです。みんな『自分のことを理解してほしい』って言うけどね、でも『あなたがいろんなことをもっと理解していくことも大切だよ』って伝えたいですね」
発達障害をめぐる社会のしくみも、いま大きく変わり始めている。
昨年は、これまでの特殊教育に代わって新たに特別支援教育が始まった。特殊教育では障害の名前によって対象となる子どもを分け、サポートが行われてきたが、そこにLDやADHD、高機能自閉症の子どもは含まれなかった。それを今度の特別支援教育は、障害の種類にあまりとらわれることなく、一人ひとりの個性に合わせてサポートを行っていこうとしている。
「それは小学校を中心に一気に広まったね。でも中学校はまだまだ弱い。今年は高校に講演に呼ばれることも、わりと増えてきた。そうすると今度は大学でしょう。そうやってサポートできる水位もだんだん上がっていくわけです」
やがては、学校のみならず、社会全体にまでその水位を上げ、広げていくことが必要になってくる。そこで上野さんは英国の例をぜひ参考にしたいと話した。
「英国の消防庁に行くとね、ディスレクシアを支援するコースがあるんです。消防士の場合には判断力とか勇気とか、そういうのが大事でしょう。それがきちんとある人なら立派な隊員になれる。別の職場の例ですが、電話で応対するときとっさに単語が思い浮かばないといった弱点をもつ人がいました。そういう場合はコンピュータによって電話の音声が文字に換わる装置があれば、問題は改善されます。今、そういう技術がどんどん開発されています。そうすると、雇用主はその人をクビにしないで、そういう装置を買う。その費用は税金で還付される。英国ではLDとかディスレクシアという特徴があったとしても、こういう形でどんどん仕事についていけるようになってきてます」
だから心のなかで僕がいちばん願っていること、それはね……と上野さんが笑った。
「LDのLとDが『Learning Differences』に置き換わっていくことなんです」
それは『学び方が違う』とも『違いを学ぶ』とも訳せる、LDの新たな考え方。もしLDが『違いを学ぶ』ことになれば、それに取り組めるのは私たち全員だ。「そうなるといいなっていうのが僕の願いなんです」
(土田朋水)
Photo:高松英昭
うえの・かずひこ
1943年、東京生まれ。東京学芸大学教授、日本LD学会会長。日本にいち早くLDを紹介し、LD教育の必要性を主張。全国LD親の会、日本LD学会の設立にかかわる。著書『LD教授の贈り物』(講談社)では、みずからのLD・ADHD的傾向をエッセイに綴った。他にも、『LDのすべてがわかる本』講談社、『LDとディスレクシア』(講談社+α新書)など著書多数。
(2011年5月15日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第95号より)