(2006年11月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第60号 [特集 ナチュラルに美しく 生き方大転換]より)






「リグニン」をはずす、相分離系変換システム





スクリーンショット 2012 10 22 10 30 11

リグニンは樹木を、生物の生態系のなかの母体のような存在にしました。一方で、リグニンは地球上に大量に蓄積している有機資源なのに、人間がどうしても使えないものでした。その原因は、糖とリグニンはまったく性質の違うものなのに、糖とリグニンに同じ環境で同じ働きかけをして取り出そうとしてきたことにありました。そうして、うまく取り出せたセルロースだけを使い、うまく取り出せなかったリグニンは捨てるという扱いをしてきました。

1988年、舩岡正光さんは、糖とリグニン、それぞれの違いに応じた働きかけをして、まったく熱も圧力もかけず、植物資源から酸とフェノールでリグニンを取り出すという「相分離系変換システム」をつくることに成功しました。このシステムによって、糖とリグニンのからまりを自然に無理なくはずして分離することができるようになったのです。

では、どのように分離させるのでしょうか?





スクリーンショット 2012 10 22 10 31 27


最初に、植物、森林資源を集めます。とはいっても、木材などのバージン資源である必要はなく、木片や古新聞紙(シート状木材)、古い家具などがそのまま資源となります。そして、資源の表面積を増やすために、それらを粉状に砕きます。

実際の分離作業を、舩岡さんの三重大学の実験室で、見せてもらうことにしました。まず、木粉をリグニンに親しい媒体(注1)で包み、酸の水溶液に浸します。そうして、単に30分から1時間ほど攪拌しそっと置いておくだけで、がっちりと絡まったリグニンと糖が分かれ、リグニンを含む層が上に浮いてきます。

スクリーンショット 2012 10 22 10 31 41


糖のほうは水となじみやすいので、酸の水溶液に溶けてしまいます。こうしてリグニン(リグノフェノール)と糖類に分けることができるのです(注2)。そして最終的に、リグノフェノールは白い粉として私たちの目の前に現われました。




20世紀には、狂わない、腐らない、燃えないというような、環境変化に対応しないものが高機能材料といわれました。ところが、人間が化学工業で作った高機能素材は、法隆寺の柱のように千年ももつことはありません。

いったい、リグニンの環境変化への対応の秘密とは何なのでしょうか? 実は「我慢しない」ことにあるのです。モノに強い力をかけると、あるところで素材の内部にストレスがたまり自己崩壊し、折れたり壊れたりします。リグニンはそうならないように、内部にストレスを残さない設計図を持っているのです。
 
一見、矛盾するようですが、リグニンは周辺の環境変化には敏感です。例えばリグニンの入った新聞紙は日にちが経つとすぐに黄変します。これは分子レベルで環境に対応しストレスを解放している姿です。つまり素材として長期的な安定を得るために、短期的には環境変化に対応する設計なのです。「相分離系変換システム」もこの性向を生かし、少ないエネルギーで糖類とリグニンを分離できるものになっています。

人間もバイオです。バイオが他のバイオを考えるとき、人間の行動基準ではなく、自然界のしくみを尊重することが重要なポイント。樹木から取り出したリグニンは、相手を尊重する工業素材となります。

注1/木粉を包む薬品を選ぶことでリサイクル設計ができる。
注2/この分離作業は、超音波エネルギーを使うと5分ぐらいに短縮できる。




第6幕へ




イラスト:トム・ワトソン