食べ物を“官能評価”精度を上げる言葉の研究



シャキシャキ、ホクホク、カリカリなど、日本語は食感や食べる音を表現する言葉が豊かだ。そんな表現を用いて食品を分析する早川文代さんの研究とは?







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(早川文代さん)




445語ある、食感を表す日本語



長さや時間、重さなら正確に測ることができる。けれど、味覚のような感覚や朝の空気のさわやかさのような情緒的経験は計測し数値化できない。そこで登場するのが、「官能評価」だ。

早川文代さんは、目や鼻、舌、指先などの感覚を使って対象物の性質を測定する「官能評価」によって食品を分析する研究に従事している。たとえば、ここに某メーカーから持ち込まれた市販の肉シュウマイがある。これを「ぼってり感」「具全体のうま味」「ジューシー感」「皮のべちゃべちゃ感」など19項目にわたって評価するのだ。

評価するのは、鋭敏な感覚をもつ評価員である。五感の試験をパスし、対象物から受けた感覚を数値で示せるように訓練された人たちだ。彼らが出した測定数値は早川さんによって分析され、品質管理や商品開発などに役立てられている。

「難しいのは言葉の選び方。シュウマイなら、『ジューシー感』と『水っぽさ』の違いがわからないと評価はできません」

日本語に食感を表す用語は全部で445語ある。「食品研究者へのアンケートやディスカッションによって定められたものですが、英語は77語、中国語は144語、フランス語でも227語しかありません。日本語の数が多いのは、たとえば『シャクシャク』と『シャキシャキ』を緻密に分けて考える国民性によるところも大きいかもしれません」と早川さんはみている。

日本語には①擬音語・擬態語、②粘りの表現、③弾力を表す表現が多いといった特徴があり、これらは日本人の食生活を知るヒントにもなる。著書『食語のひととき』『食べる日本語』には、このような言葉をめぐるエピソードがいくつも紹介されている。言葉自体の研究を重ね、より厳密に「官能評価」を行う方法を開発するのも早川さんの仕事なのだ。




ぷにぷに、ふるふる、平成に入って激変する言葉



食生活の変化に伴い、日本語も変化しつつある。「40年くらい前の調査で使われていた『粘い』という表現もすっかり聞かなくなりました。『カサカサ』『スカスカ』という表現も若い人は、食感表現にはあまり使いません。食材の生産・流通にかかわる技術の進歩で、そういう食べ物に当たる機会が少なくなったからでしょう」

「おいしい」を意味する褒め言葉が「甘い」や「口の中で溶ける」に集約されてきたのも、最近の食嗜好の表れといえる。

「ちょっと前の流行語ですが、若い人たちはおいしいことを『やばい』と言い、そうでもないものを『微妙』と表現していました。食品メーカーもレストランも、よそとの差別化に努力し、あらゆる工夫を凝らしているのに、全部『やばい』でおしまいだったら寂しいですね」

一方で、新しい擬音語・擬態語もどんどん増えている。「『ぷにぷに』なんかは最近できた言葉ではないでしょうか。他にも、『ぷるぷる』で表しきれないような軟らかさを表現するために『ふるふる』が使われるようになりました。でも、『ぷにぷに』にしろ、『ふるふる』にしろ、こういう表現を使わない高齢の方でも、聞けば、音の感覚から食感の想像がつきます。みんなの中に共通の認識をもちやすいという意味では、擬音語・擬態語の多い日本語はとても便利な言語だと思います」

言葉は生き物なので変化するのは当たり前。そう受け止めてきた早川さんだが、変化するスピードの速さに驚きを隠せない時もある。

「たとえば『まったり』という言葉は、欠けているところがないという意味の『全い』からきた御所言葉。まろやかで深みのある味が、ゆっくり広がる様子をいいました。それが90年代頃から、濃厚でこってりしたクリームなどを表すようになり、ファミレスでくつろぐ時にも使われるようになりました。京都でも年配の方は昔の使い方をしますが、若い人たちは流行語の使い方をします。千年以上も続いてきた言葉が平成に入って、瞬く間に変わろうとしているのです」

早川さんは「官能評価」の精度を上げるために、これからも言葉の研究を続けていくつもりだ。

「官能評価を通して、より安全でおいしい食べ物づくりに貢献し、日本人の食生活について考えるきっかけを提供していきたい。言葉と食べ物と人の関係を分析することで、よりハッピーな食生活を結実させるプロセスにかかわっていけたら、うれしいです」

(香月真理子)
本人Photo:横関一浩




はやかわ・ふみよ
独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構 食品総合研究所 主任研究員。お茶の水女子大学大学院修了。博士(学術)。同大学院助手等を経て現職。食品の性質を人間の舌や鼻や指を使った手法で分析・評価するかたわら、食品の特徴を描写する言葉の研究にも従事している。おもな著書に『食語のひととき』『食べる日本語』(共に毎日新聞社)。











(2010年9月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第150号より)