(2007年1月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第64号 [特集 100年かけ「霞ヶ浦再生」を実現するアサザプロジェクト]より)





非力なものが知恵を出して遊ぶ。霞ヶ浦は遊び相手



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なぜ、子供たちがアサザプロジェクトの主役になれるのだろうか? と問うと、「それは、子供たちが自然と同じ時間を持っているから」と即座に返事が返ってきた。

自然はすべて潜在性のかたまり、コントロールできるものではない。それと向き合う子供たちが持っているのは、効率に対する非効率、合理性に対する非合理性だ。アサザプロジェクトに行き着くまでは、それとまったく逆の発想の効率や合理性を基準に活動していたと、飯島さんはふり返る。




「霞ヶ浦を再生するといっても、自然が相手なんです。こちらが自然の時間に合わせないと知恵も生まれないし発見もない。湖を歩いたのはよかった。時間の中に浸りこんで溶け込んで、丸々1日湖の空間を身体に感じて。だからこそ、アサザからひらめきをもらえたんだと思います。自然の時間と同じ時間を持っている子供たちとじっくり歩いて、じっくり見て。子供たちが一緒にやってくれたからここまできたと思います」

飯島さんによると、小学生の日常的な行動範囲はだいたい2㎞くらい。かつて近隣の池や川は、子供にとって身体の延長、身体の一部だった。アサザプロジェクトはそういう子供たちの感性の息づく空間をもう一回取り戻すための大きなムーブメントであるとも言う。

「僕らは子供の感性を丸ごと本気で受け入れます。遊びなんですよ。大きなものに、できるだけ小さなもの、当たり前なもの、どうでもいいようなものを向かい合わせるという遊びをしているんですよ。大きな霞ヶ浦は、僕らの遊び相手なんですよ。力対力じゃなくて、非力なものが知恵を出して湖に遊んでもらうんです」




子供たちが総合学習で取り組む




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”アサザの里親“も単純に水草を増やすということではない。「里親になるということは、相手を知るということなんです。湖のこと、植物の育つ環境、季節の変化などを知らないと、アサザを育てられない。生き物の視点で、上流から下流まで、どんな生物にどのような問題があるのかを調べ把握して、子供たち自身が新しい試みを提案していきます。ただ『環境を守らないといけない』なんて、独りよがりのことを言っててもだめで、人間はどういう生き方をしたらいいのかということを、野生の生物とつき合いながら気づいていくんです」

03年からは、NECと連携して子供たちが地域の環境情報を集めている。温度、湿度、水温、日照時間をセンサーが自動的に感知して10分おきにデータが教室のコンピュータに送られる。それを通して、蛙が冬眠に入るのは何度くらいか? 春になって地中の温度が何度くらいになるとヒキガエルが卵を産むのか? 水温が何度くらいになるとメダカが泳ぎだすのか? などを調べる。ほとんど研究者レベルといっておかしくない。




05年からは、宇宙開発関連の研究機関と連携して、大型衛星『大地』を使った「宇宙から蛙を見つけよう」という衛星画像を利用した霞ヶ浦の水循環再生のための現状把握活動も始まった。


「この計画には、子供の力が必要なのです。宇宙から見ると、蛙が生息している湿った土の波長が違うので、それをフィルターにかけて色をつけます。その色のついたところに子供たちは出かけていく。どのくらい衛星が読み取ったデータと現場の状況が当たっているのか? アカガエルが卵を産んでいるかな? ニヤンマやサワガニはどうしているかな? どのくらい湧き水があってどんな生物がいるのか? 2200㎢という広大な地域でそれを調べています。

こんなことは、子供が参加してくれないとできないことですよ。しかも子供たちは地元をよく知っているので、研究者以上にきちんとやれる。宇宙開発というと、国家威信をかけた巨大なプロジェクト。それと子供や蛙などという小さなもの。とんでもない大きさの違いがおもしろいんですね」




いよいよ、子供たちにとっても、アサザプロジェクトは総合学習の域をこえてきた。06年11月には、牛久市の神谷小学校の5年生が、市長や部課長の前で、霞ヶ浦水源地の再生計画のプレゼンテーションを行った。市民に向けた地元説明会も終えて、小学生の提案する公共事業がついに実施される見込みである。




海外からも視察、地域コミュニティの積み上げという普遍性



国交省のすすめてきた河川管理、利水の既存の枠組みの中で可能性を追求する時代は終わった。縦割りの社会システムで、地域コミュニティや自然の空間が分断され、水の循環が分断され、生物の移動、生息地も分断され、人間としての当たり前の生活さえ分断される。飯島さんは、国や行政や専門分化した研究者がつくりあげてきた近代化とは異なる、まったく新しい自然と共存する社会システムの展開を考える。

従来、地域がらみの公共事業の問題が出てきたときは、公共事業以外の選択肢がなく、その事業をやるやらないの議論のレベルにとどまっていた。民間活力の導入も声高にいわれるが、企業は投資したお金を最大限回収しなければならず、ビジネスに最適なループをつくることが使命。そこで、3番目の選択肢をつくるNPOの出番である。資金の回収の必要がない非営利団体が、新しい発想で、新しいもの、金、人の動きをつくりあげていくのだ。

「94年頃に戦略をつくりました。既存の霞ヶ浦流域システムを質的に転換しようと考えたときの最大の課題は、流域という広大な地域をおおう面的な展開を実現させることでした。その土台になる鍵が小学校だった。小学校の流域全体のネットワークができあがれば、一気に質的転換が可能だという周到な読みと戦略があったんです」




確かにアサザプロジェクトの事業はどれも有機的につながっているように見える。しかし、総合学習の一環とはいえ、子供が公共事業を担うような事例は全国どこにもない。

「日本の田舎の小学校は、地域で子供を育てるという文化伝統が、今でもなくなっていない。学校教育をどうこうしようというのではなく、地域ぐるみで子供たちを育てる、当たり前のことが地域で始まればいい。その拠点として学校があればいい。お年寄りへのヒアリングも、相手から何かを引き出していこうという子供たちの強い意志があって、それによって相手も生かされる。アサザで育った子供たちは、見えないものを見たり、いろんな働きかけのできる大人になっていくのかなと思います」

11年の間、粗朶組合を筆頭に、具体的なビジネスモデルの提案をし続けてきたことも、アサザプロジェクトが動いてきた大きな理由だと、飯島さんは言う。しかも、そのビジネスモデルは、地域の生業や日常生活に深く結びついていることがポイントだ。しかも、アサザプロジェクトでは、粗朶消波堤のような伝統的な技術から、宇宙開発のような先端的な技術まで、さまざまな試みが地域コミュニティで機能していく。

地域の当たり前のものを読み直し潜在性を引き出しているアサザプロジェクト。その基本の方法論は地域コミュニティの積み上げ。だから、普遍性がある。秋田、八郎湖でも霞ヶ浦のノウハウは生きた。すでにアジア、アフリカなど30数ヶ所の国々からの視察も相次いでいる。




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Photos:高松英昭