木版画家・風間サチコさん「フィクションや冗談をまじえながら、自分なりに解釈した〝現実〟をこれからも表現していきたい」

『ドボッケン』『弾丸レッシャー』「成長神話」から生まれた怪人

木版画という手法を使い、風刺のきいた作品を発表してきた風間サチコさんの原点は幼稚園までさかのぼる。年長組の頃から小学校を卒業するまで、風間さんはお絵描き教室に通っていた。

「教室では『海の中で息ができたら?』とか『動物としゃべれたら?』という大喜利的なお題に合わせて絵を描いたり、煮干しを1匹ずつ配られてスケッチしたりしました」

煮干しは、サイケデリックに描いたところ褒められたが、人の作品の影響を受けて描いたものだったので、後ろめたくて素直には喜べなかったそうだ。

「喘息にかこつけて3分の1しか登校しなかった」という中学時代は、はやりのアクリル画に飛びついた。定時制高校に通っていた頃は、話題のゴスロリ服を自分でつくってみた。

「ミーハーなところもある」と自身も認める風間さんは、専門学校で木版画を学ぶと、時代や流行を巧みにとらえながらも、その滑稽さをどこかでおもしろがっているような作品を制作し始めた。

25歳で開いた初の個展ではモデルハウスを描いた。

「まだ終身雇用、一億総中流というものが信じられていた1998年、その象徴でもあるモデルハウスを木版画にしたら何とも陰気な風景画になりました」

高度成長期の「成長神話」をテーマにした個展も開いた。建物の屋根など、身近なもののシルエットを右肩上がりの棒グラフになぞらえた。その延長で興味をもったのが「日本列島改造論」を唱えた田中角栄だった。「新婚旅行を兼ねて新潟の田中角榮記念館に行き、彼の著書『日本列島改造論』も読み込みました」

その結果、生まれたのが「列島改造人間」シリーズだ。氏が力を注いだ国土開発や上越新幹線を擬人化し、「ドボッケン」「弾丸レッシャー」といった怪人として描いた。

『汽笛一声(満鉄人現る)』 2007/木版画/180×120cm
©2007 Sachiko Kazama Courtesy of Mujin-to Production Tokyo

戦争をテーマに『風雲13号地』 平成を振り返る『くるくる総理(コドモの国)』

『くるくる総理(こどもの国)』
2010/木版画/53×38cm
© 2010 Sachiko Kazama Courtesy of Mujin-to
Production, Tokyo

やがて、「過去の見たくない史実をも自分なりに解釈して作品化したい」との思いから、テーマは「戦争」へと広がっていく。しかし、「戦争への怒りを現代にもつながるかたちで木版画にうまく落とし込めない」と悩む時期がしばらく続いた。

戦争の要素をとり入れて初めて大々的につくったのは、東京・お台場の風景を軍艦に見立てた『風雲13号地』という作品だった。

「フジテレビやテレコムセンターなどの、どこかパビリオン的な建物が戦艦大和の上にひしめき合い、幽霊船のように東京湾を漂っている。その景色の不自然さを表現しました」

そして今年は、日本生まれのアメリカ人、リンダ・ホーグランド監督が1960年の安保闘争をテーマに制作した映画『ANPO』にも出演。映画には、満州事変から太平洋戦争終結までの「十五年戦争」の始まりと終わりを描いた作品も登場した。

一つは『汽笛一声(満鉄人現る)』。1928年、中国の軍人が満州へと向かう途中、列車を爆破され、暗殺された張作霖爆殺事件をモチーフにした作品だ。

もう一つは『危うし60階(奇襲するプリズン・ス・ガモー)』。「罪」と書いた編み笠をかぶった巨人が東京・池袋のサンシャイン60を破壊する。ここにはかつて、東京裁判の戦犯が収監された巣鴨プリズンがあった。安保闘争に参加した父をもつ風間さんだが、親世代とはまた別の視点から戦争を見つめている。

風間さんはまた、戦前・戦中に開かれた博覧会の絵葉書コレクターでもある。「当時のパビリオンは軍艦やミサイルを模したものなど、外観だけで内容のわかるものが多いんです」。これを現代に置きかえて、平成の出来事を振り返る博覧会風に仕立てたのが、10月7日から11月27日まで開催されている個展『平成博2010』だ。

たとえば『くるくる総理(コドモの国)』では、見覚えのある総理大臣の似顔絵が観覧車となって、めまぐるしく回る。国会議事堂に設置されたすべり台が任期の短さを物語っている。『ふるさと創生館』では、ふるさと創生事業によってばらまかれたお金が各地にもたらしたハコモノをユーモアたっぷりに描いている。

「いさかいや戦争は、上から目線で独善的にものを言うところから始まる。だからこそ私はフィクションや冗談をまじえながら、自分なりに解釈した〝現実〟をこれからも表現していきたいと思います」
(香月真理子)

かざま・さちこ
1972年東京都生まれ。一貫して、日本の今と、今を形成した歴史を、木版画によって独自に検証。一版では表現の難しいグレーグラデーションという中間色を版画に用いることにより、善悪ではわりきれない人間の感情や、あいまいな社会の状況、そして白黒つかない過去の記憶と記録を表現。2006年岡本太郎記念現代美術大賞優秀賞受賞。現在都内2カ所で個展開催中。

(2010年11月15日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第155号より)