分散・持続型の地域工業ネットワークへ
いよいよ、万能の工業素材となるリグニンを使って、持続的な工業ネットワークを、社会につくる準備に入りましょう。
樹木をはじめ植物資源は、分子レベルまで見てみると、どんなものでも糖とリグニンに分けられます。そのうち、糖から食品に使うブドウ糖、エタノールやエチレンを製造する技術は、すでに確立されています。糖から石油に替わる燃料を作る試みもされています。(注1)
舩岡さんによると、精密な分子設計と慎重な取り扱いをすれば、糖の相方であるリグノフェノール(リグニン)から、リグパルという人工木材や、医薬品、衣類、パソコン、携帯電話、自動車の車体まで、いろいろなものを作ることができます。
例えば、古紙繊維とリグノフェノールからつくるリグパルは、熱も圧力もかけず自由な形に成型することができ、椅子や机などにもなります。さらに素晴らしいのは、新しい分子に転換して、何度でも何回でも違う製品に生まれ変わらせることができることです(注2)。そして、最後にリグニンを一番シンプルな構造に解体し、化学工業に素材として渡し、現在の石油由来製品と同じものをつくった後、最後の最後にはCO2として大気中に戻していきます。
このような持続的な工業ネットワークを具体的に考えてみます。
まず、植物資源を使う最上流に「林業」があり、樹木の光合成という自然界の営みを助けます。次の「木材工業」は樹木を素材として、その加工を引き受けます。ここで出る木片のかけらはごみではなく大事な資源。それに古新聞や古家具なども加えて「分子分離工業」に手渡します。ここで糖類とリグニンの分子に分離。分けられた糖類とリグニンは「植物系分子素材工業」で何度でも使える材料となります。そして最終的に「精密化学工業」に手渡され、「持続的な工業ネットワーク」が完成します。
これこそ、21世紀型の循環型工業ではないでしょうか。 それを可能にするために必要な植物資源は、信じられないかもしれませんが、地球上の森林資源のたった1%でよいのです。
「植物系分子素材工業」を誕生させるのは簡単ではありませんが、それを現在の工業の流れの中に組み入れることは、やる気さえあればすぐにでも実現できます。
地域でのしくみづくりも必要です。
植物資源から分子へ変換するための変換プラント(分子分離工業)は、地域分散型がベスト。できるだけシンプルな自動化した小規模なものにして、そこからタンクローリーで分子屋さん(植物系分子を扱える、分子のわかる技術者)のいる拠点「植物系分子素材工業」まで運びこめるようにネットワークを作ります。それも一極集中ではなく、日本各地に網の目のように点在させます。そうすれば何か問題が起こっても近隣地域で補い合うことができます。分散型の地域工業ネットワークは、持続的な地域の繁栄にも貢献できるのです。
注1/バイオ燃料とも呼ばれる糖から作られる自動車用の燃料。木材などからエチルアルコールやメチルアルコール、食用油などからメチルエステルなどを作る。
注2/薬品を選ぶことで、何度でも製品を作りかえるようなリサイクル設計ができる。
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イラスト:トム・ワトソン
(2006年11月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第60号 [特集 ナチュラルに美しく 生き方大転換]より)