スウェーデン、ノルウェー、フィンランドを中心に約10万人いるといわれる北欧の先住民族、サーミ。
そのうち約8000人を占めるフィンランドのサーミは、森林伐採や土地利用権などをめぐって危機的状況にある。
森林伐採でトナカイ遊牧に被害
フィンランドに住む先住民族サーミの人々は、彼らの伝統的な生活様式を守ることができないのではという懸念を募らせている。
フィンランドの憲法では、サーミは先住民族として認識されている。彼らは独自の議会を持ち、母語でさまざまな市民サービスを受ける権利も持っている。しかし、一部の地方自治体では、サーミに対する憲法上の認識に十分な配慮がなされていないと、首都ヘルシンキから170キロメートル離れたトゥルク市にあるオーボ・アカデミー大学で国際法を教えるマーティン・シェイミン教授は語る。
サーミは、北ヨーロッパの先住民族で、約10万人が主にスウェーデン、ノルウェー、フィンランドに住んでおり、フィンランドには約8000人が住んでいる。何百ものサーミの家族が、彼らの伝統的な生計手段であるトナカイの遊牧に従事している。しかし、同化政策により、多くのサーミがフィンランド人のライフスタイルに移行しつつある。
シェイミン教授によると、サーミの生活は、政府による森林の樹木伐採によって、トナカイの牧草地を荒らされ、遊牧に被害が出ているという。多くのサーミが住む北部の広大な土地は、政府の所有地だ。「政府がこの土地をどのようにして所有するに至ったのか、誰から買ったのか、誰も知りません。政府はただ単に、この土地を取得したのです」と、シェイミン教授は語る。
「政府の森林省は、森林伐採プロジェクトは規模が小さいため、サーミのトナカイ遊牧に悪い影響は与えないと主張して、森林の伐採を続けています。でも、全体を見わたしてみると、伐採は大きなインパクトを及ぼすのです」
ILOの「先住民の土地に関する権利協定」を批准しないフィンランド
サーミ会議の議長ペッカ・アイキオ氏は、サーミの大多数が住んでいるノルウェーでは、政府がサーミや他の地元の人々に対して、土地の共同所有権を認めているため、状況はましだと言う。
一方、フィンランドは、89年に採決され91年に有効となった、国際労働機関ILOの「先住民および部族民の土地に関する権利協定169」を批准していないため、サーミの人々の土地使用権は複雑だ。
協定の第14条は、「政府は必要に応じて、関係する人々が代々占用していた土地を特定し、その所有権の効果的な保護を保障しなければならない」としている。ILOの協定169を適用すれば、フィンランドはサーミに帰属する土地の所有権を認めるか土地の使用権を保護することにより、土地の分割を始めなければならない。
シェイミン教授によると、土地に関する資源権は、サーミの人々の自然に根ざした生活様式だけでなく、彼らの言語と文化を守る上で、非常に大切なことだ。
「トナカイ遊牧や自然を基本とした生活様式に根ざした社会活動が、生きた言葉を維持していくのです。サーミ語は、サーミの生活の仕方とともに生き死にする。もしサーミの生活様式が博物館入りしてしまえば、サーミ語の将来はないでしょう」
フィンランドのマイノリティ・オンブズマンであるヨハンナ・スーパ氏は、言語に関する困難さについても言及した。
「法律では、サーミの人々は彼らの母語で国のサービスを受ける権利があるとありますが、現在彼らが受けられるサービスは限られています」。
それは、北部では、サーミ語を十分に話せる公務員がいないからだ。いつも議論の焦点は土地所有権だが、言語の問題も危機的であるとスーパ氏は語った。
「彼らが生活様式をどうにか継続できたのは、親戚から国境を越えてサポートがあったからです。もしこれがフィンランドだけの問題であったなら、過去20年の間に、あるいはもっと早くに、サーミの生活様式は失われていたでしょう」
(Linus Atarah / Courtesy of Inter Press Service © Street News Service : www.street-papers.org)
(人物写真クレジット)
Linus Atarah/IPS
議論の余地ある土地や水の優先権—サーミの歩み
サーミとは、スカンジナビア半島北部(ノルウェー、スウェーデン、フィンランド)および、ロシア北部のコラ半島に居住する先住民。かつてはラップとも呼ばれたが、「ラップランド」とはスウェーデンから見て辺境の地を呼んだ蔑称。
彼ら自身は、サーミあるいはサーメと自称している。北方少数民族として、アイヌ民族などとの交流もある。トナカイ遊牧に従事する山岳サーミと森林サーミ、漁業を生業とする河川サーミと湖サーミ、海岸サーミなど多様な生活様式を持つ。
1953年に、北欧3国のサーミ人全国組織の代表をメンバーとする第1回「北欧サーミ評議会」が設置され、87年には、サーミの代表機関「サーミ会議」を設置する法律が制定された。これらの法律により、サーミの法的地位の改善は進んだ一方で、土地や水に対するサーミの優先権の確立についてはまだ議論の余地がある。
(『ラップランドのサーミ人』ピアーズ・ビテブスキー著/リブリオ出版、『サーミ人の歴史 北欧史』山川出版社、ウィキペディア)
(2008年6月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第96号)