(2008年9月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第104号より)
どうして粘土を焼かないといけない?根源的な問いが作品を生む
信楽にほど近い、滋賀県・甲西に窯を構える陶芸作家・宮本ルリ子さん。パプアニューギニアの土器で原点の原点に出合った宮本さんは、あえて粘土を焼かない作品などにも挑戦している。
焚き火で焼くパプアニューギニアの土器
1万年以上前から現在まで、土を練り、形を整え、焼成されて生まれる、焼き物を私たちは日常的に使っている。窯の中で高温(約1200〜1300度)で焼成するものは「陶磁器」、野焼きで低温(約700〜800度)で焼くものは一般的に「土器(または素焼き)」と呼ぶ。
滋賀県を拠点に活動している陶芸作家の宮本ルリ子さんは、この陶磁器の前身といえる「土器」に深い関心を寄せている。
「縄文土器は1万年以上も前のものが土器片として見つかっています。粘土は焼くと、半永久的に残るんですね。土には返らない。誰が作っても、焼いてしまえば何千年も残っていくという不思議さ。そして同時に、その責任の大きさも感じますね」
大学卒業後、宮本さんは青年海外協力隊員として赴いたフィリピンで、土器作りの現場に出合った。また、その後勤務した「滋賀県立陶芸の森」で世界の土器を収集・調査する機会を得た。
「パプアニューギニアで今も作られている土器は、日本の縄文時代のものと似た点が多いんです。粘土を掘る、形を整える、焼く。そのすべての工程において、過去を今に見るような感じでした。まるで焚き火をしているような、お料理をしているかのような小さな火でも、実は土器を焼いている。人類が一番最初に火を使って器を作った、原点の原点を見たような気がしました」
そんな経験をもとに、宮本さんは滋賀県が推進する「世界にひとつの宝物づくり事業」の野焼きのワークショップなどを通じて、子どもに焼き物の楽しさを伝えている。「土を火で焼くと、化学反応によって硬い焼き物になる。まずはそれを経験してもらいたいんです」
土も釉薬も自然の素材なので、時期や掘る場所が少し違うだけで、その相違が作品にも如実に出てくる。火から下ろすと、予想外の色に仕上がっていることもあれば、割れていることもある。
「そして、土で形をつくることはある程度思い通りになるけれど、『焼く』という工程では、一度手放して火に任せることになるので、100%はコントロールできないことも知ってほしいんです」
自然と人工素材の融合した作品をつくる
一方で、宮本さんは「陶磁器」をベースに、独創的な作品をつくり続けている。
「子どものころから絵を描いたり、ものを作るのが大好きでした。美術系の大学へ進学すると決めたとき、数ある専攻の中から選んだのは陶芸。最先端の美術を追求するというよりも、長い歴史にはぐくまれ伝統的な裏づけのあるものを学びたいと思いました」
土、アスファルト、紙、木など、さまざまな素材と組み合わせるミックスド・メディアという手法で生み出されるのが、宮本さんの作品群だ。「土器」をモチーフに「21世紀の壺」と題したものや、鑑賞者に複数の作品から気になるものを選んでもらい、その作品から喚起される問いを考えてもらうといったものなど、テーマ性のあるものが多い。
あるとき、「どうして粘土を焼かないといけないんだろう」という根源的な疑問がわいた宮本さんは、ある試みをする。焼き物は、コントロールできないという事実とできあがりの予想外のおもしろさがヒントとなり、粘土を焼かずに屋外に置き、その上を人に歩いてもらって模様をつけた。また、大きな鉄板に数個の穴を開け、その上に泥を乗せて屋外で雨に打たせ、放置した。乾燥すると、でこぼこやヒビが生まれ、そして鉄から出る錆も加わり、自然の模様を描いていく。写真の作品は、そんな「人為・天意」と名づけたシリーズのひとつだ。
「人為・天意 ’94」
それらの作品には、人間と大地の深い結びつきを思わせる壮大なスケール感と、両者の共存のために何が必要かを静かに考えさせる力が備わっているように感じられる。
「自然の素材と人工的な素材を組み合わせると、そこにどんな表情が生まれるのか。現代人は『自然』というものに憧れを抱くけれど、もはやその中だけで生活することは困難。だけど、文明社会だけを突き進んでいくことにも疑問や限界を感じています。その融合点を作品として表現しようと思いました。どの作品(「もの」や「行為」)もその根底に、目には見えないけれど大切な気づきのようなものを表現したい、そんな思いを込めています。作品を観る方にもそれを体感してもらえればうれしい」
(松岡理絵)
Photo:中西真誠
みやもと・るりこ
1963年、岡山県生まれ。陶芸家。滋賀県立陶芸の森「世界にひとつの宝物づくり事業」実行委員、コーディネーター。大阪芸術大学工芸科卒業、多摩美術大学大学院美術研究科修了。87年から2年間、青年海外協力隊・陶磁器隊員としてフィリピンのパンガシナン州立大学へ。帰国後、90年から(財)滋賀県陶芸の森で指導員として勤務。03年独立。09年4月3〜6日、滋賀県・信楽町の「窯元散策路」美術イベント「信楽ACT」で作品展示予定。
http://www.eonet.ne.jp/~ruriko/
(プロフィール写真)
Photo:中西真誠
(作品写真キャプション)
「人為・天意 ’94」