誰もが他人ごとじゃない身近にある人身取引。 性産業にある搾取の実態

日本は人身取引と児童ポルノの国際拠点として外国から厳しい批判を受けています。

人身取引対策後進国とも言われる日本の人身取引の現状について、人身取引の被害者サポートを専門に活動を行っているNPO法人 人身取引被害者サポートセンター ライトハウスの広報・アドボカシーを担当している瀬川さんにお伺いしました。(聞き手:小林)

そもそも人身取引とは?

小林:人身取引という言葉は途上国などの問題であり日本とは関係のない問題のイメージがありますが、そもそも人身取引とはどういうことを指すのでしょうか?

瀬川:人身取引には、「労働搾取、性的搾取、臓器売買」の3種類あります。その中でも、私たちに寄せられる相談では、圧倒的に性的搾取の被害が多いです。また、被害者の年齢は子どもから大人まで幅広いですが、未成年の場合は自分で判断することが難しいので、強制力を伴わなくとも性的サービスを行うことはすべて人身取引だと国連が定めています。

小林:日本にはどのくらいの数の被害者がいるのでしょうか?

瀬川:警察庁は、2014年における人身取引被害者数を17人と発表しています。ただし、私たちの推計では、少なく見積もっても5万4,000人以上の性的搾取の被害者が日本国内にいると考えています。警察も、私たちNPOと同様、被害が明らかになるケースは氷山の一角と認識しています。

女性が体を売ることが当たり前の日本社会

小林:日本は人身取引に関する明確な法律が先進国で唯一ないことなど、人身取引対策への遅れをアメリカや国連に指摘されていますが、なぜ日本の人身取引に対する取り組みは遅れているのでしょうか?

日本政府は人身取引対策の法律を執行する取り組みを続けた。日本の刑法は、国際法上義務付けられているあらゆる形態の人身取引を禁止していない。売春防止法第7条および第12条、労働基準法第5条、および職業安定法第63条などのさまざまな法律は、人身取引の一部の要素に該当する。刑法第226条および227条は略取および誘拐、移送、ならびに「人身売買」を禁止している。日本の法律は、あらゆる形態の性的搾取の児童の人身取引(特に売春を目的とする児童の募集、移送、引き渡し、または収受)、労働搾取を目的とする人身取引(強制労働を目的とする人の移送、引き渡し、または収受に関する)、または性的搾取の人身取引(特に強制売春を目的とする人の募集、移送、引き渡し、または収受)には該当しない。

米国務省人身取引監視対策部発表、2014年人身売買報告書 | 米国大使館 東京・日本より)

瀬川:要因は様々ありますが、遅れている要因の一つとして、性産業には被害者がいないという社会の認識があるからだと思います。性産業やポルノ産業で働いている人は、自分の意思で働いていて被害者ではない、と多くの人が認識しています。

ただ、現実はそうではなく、脅されたり暴力を振るわれたりして強制的に性産業で働かされていたり、最初はお金が必要だったりして、自分の意思で働き始めたとしても、辞めたいと思ったときに辞める自由がなく怯えながら働かされている人が多くいます。

他にも、未成年の場合、JKビジネスなどが入り口となり性産業に取り込まれ、ここで働いていることを親や学校にバラすと脅されて辞めることができなくなるどころか、どんどん過激な仕事を強要されるケースも多くあります。

小林:被害者がいないという社会的認識が生まれているのはなぜなのでしょうか?また、なにか日本の文化的、社会的背景があるのでしょうか?

瀬川:日本の現状として、買う側の問題について語られていないということがあります。「援助交際」や「JKビジネス」等の言葉に表されているように、買う側に罪の意識がないのだと思います。女子高生のお小遣い稼ぎのために、援助してやっているんだというような意識の人もいるようです。これは雇う側も同じで、家庭や学校に居場所がない子どもや女性に対して、衣食住を提供している、相手を助けているという考えの人もいます。

そのため、そもそも悪いことをしているという意識がない加害者も多くいます。当事者の意識だけでなく、社会全体としても、大人が子どもの性を買っている現状を「青少年の非行」と片づけたり、被害者である子どもを保護するだけで、加害者や買った側が捕まらない場合も多くあります。成人している被害者についても、被害者側が責め立てられ、批判される傾向が目立ちます。このように、加害者や消費者をそれほど問題視しない姿勢と社会の対応は、被害者がいないという社会的認識を更に助長していると思います。そして、被害者には男性の方もいますが、まだまだ女性が体を売って仕事をすることが当たり前だという価値観があるように思います。これもひとつの大きな背景になっているように思います。

自分の意思で働き始めても辞める自由がない

小林:人身取引問題はとても大きな問題だと思うのですが、問題を細かく切り分けるとどのような問題があるのでしょうか?

瀬川:まず、未成年による性的サービスは国連でも規定していますし、未成年は自分で危険の判断をすることが難しいので強制的なケースでなくとも絶対にあってはいけません。大人に買われる子どもたちにすら自己責任論を押し付ける傾向がありますが、そもそも、子どもの性を商品化する社会にしてしまった大人が責任を問われるべきです。

また、自分の意思で性産業で働き始めたとしても、辞めたいときに辞めることができない場合があります。ライトハウスに相談してくれる方はそのような状況下に置かれた方ばかりです。加害者は、相手の弱みに漬け込み、飴と鞭を巧みに使い分けながら、辞める自由を奪うのです。しかし、いらなくなったら捨てる。このように人身取引は、一人の人から限りなく搾取し、利益が得られなくなったら使い捨てる犯罪です。私たちに寄せられる相談からも、この実態は浮き彫りになっています。

小林:人身取引の問題を細かく分解すると、未成年の性的サービスがまず絶対に存在してはいけないものとしてあり、性産業で働くことの問題として、グレーゾーンの仕事であるため常に危険に晒されており、さらに辞める自由すらないこと。そして、業界として女性を使い捨てにしていることに問題があるということでしょうか?

瀬川:はい、またこの人身取引の問題を問題だと思っている人が少ない事自体が問題なので、日本人としてこの問題を放置していることは恥ずかしいことだと認識できる社会にしていきたいです。遠い国の問題ではなく、自分事として考えることができる人が増えて欲しいと思います。いつ自分、または自分の大切な人が被害にあうかわかりません。

声をあげられない被害者をサポート

小林:ライトハウスでは、被害者に対してどのようなサポートを行っているのですか?

瀬川:電話やメールやLINEなどで相談を受けて、必要があれば医療・社会福祉機関や弁護士などの専門家と連携したりしながら相談者のサポートに取り組んでいます。

例えば、若い時にAVへ強制的に出演させられ、その動画やDVDが今もネットで販売されているので削除したい、と被害を受けてから5〜8年経って初めてライトハウスに相談される方がいます。逆に、つい先週出演させられ、販売を止めたいという緊急の介入が必要な方もいます。どちらの場合も、私たちは弁護士や他支援者と共にそのAVの削除や販売停止をするために動きます。ただ、法律の限界等により相談者が望む通りの結果にならないこともあります。相談者が希望を取り戻し、安心して生活を送ることができるようになるのは、とても難しいのです。私たちは、長期的に相談者と関わりたいと思っています。

また、日本では性の話題はタブー視されがちなので、性的搾取をうけた被害者は、なかなか自ら声をあげることができません。ですので、被害者から直接相談を受けることよりも、被害者の身近にいる第三者から相談を受けることが多いです。ただ、そこで難しいのは本人の意思が確認できないと私たちも動くことができないですし、客観的にかなり深刻な状態にいたとしても本人がその状況を抜け出したいと思わない限り、積極的にサポートをすることができません。ただ、第三者の通報や相談によって本人と繋がり、深刻な状況から救い出すことができたケースもあります。

人身取引とその被害者に多くの人が気づくことができる社会

小林:今後の活動のビジョンを教えてください。

瀬川:今後は、新たな人身取引被害者を生まないための予防、被害者を生み出さないための社会を作っていきたいと考えています。予防のためにマンガ「BLUE HEART〜ブルー・ハート〜」を作成したのもその一つです。

また、日本は先進国の中で唯一、人身取引禁止法がない国なので、法律に限界がありサポートしきれていない人もいます。そのため、政治家や他の人権団体を巻き込んでしっかりとアドボカシーを行っていきたいです。そして、オリンピックが開催される2020年までに、法改正または法制定を行うことを一つの目標に、世論を喚起していきたいと思います。

また、ライトハウスという団体名は「灯台」を意味しており、人身取引とその被害者に多くの人が気づくことができる社会を作っていきたいです。

目の前に存在しているこの問題から目を背けず、苦しんでいる被害者に寄り添うことができる人が増えてくれたらと思います。被害者が声をあげにくいのが今の日本社会の現状であり、被害者がいないという認識は間違っています。海外では、当事者の人が立ち上がり声をあげていますが、日本ではそれが難しい現状があります。被害者自身が声をあげることができるようにしていきたいです。