【連載第2回】クリスマスの天使(岩田太郎)


(2014年12月15日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第252号より転載)

クリスマスの天使

 路上生活者と、寝る場所のある人の間には深くて渡れない淵が存在する。だが、その淵に橋を架ける人は存在する。
 これは、昨年のクリスマスイブに筆者が住む米国イリノイ州のある大学街で実際に目撃し、書きとめた話である。

 こちらでクリスマスと言えば、日本の正月の感覚だ。家族が帰省し、一家団欒の期間を数日にわたって過ごす。店はイブの日から26日まで休みに入る。
 だが、家族のない人もいる。独身者、外国人、その他「ワケあり」の人たちである。
 そんな人たちのために、年中無休24時間営業のレストランが開いている。外国人で、家族と離れて暮らす私もイブの夜、そのレストランで食事をとっていた。
 そこへ、一人の路上生活者が入ってきた。お金がないのだろう、何も注文せずにテーブル席に座って、くつろぎ始めた。
 このレストランは、そういう客には厳しい。以前にも、何も頼まずに席で眠り始めた人を揺すり起こし、追い出すのを見たことがある。
 また、24時間営業なので、日本でいう「警察官詰め所」のような役割も果たしている。そういう関係で、警察とは仲がよい。何かあれば、すぐに通報する。
 店を一人で回転させていた若いウェイターがそのホームレスに声をかけた。
 「何か注文してくれないか」
 「カネがない」
 「じゃ、出て行ってくれ」
 「いやだね。行くところがない」
 「警察を呼ぶぞ」
 「おう、呼べるものなら、呼んでみろ」
 売り言葉に買い言葉で、事態はあれよあれよという間に悪化する。このままでは、彼は通報されて不法侵入で捕まり、クリスマスの日を監獄で過ごすことになる。
 その時だ。その男の隣のテーブルに座っていた紳士が、こう言った。
「おいおい、クリスマスだぜ。そういうのは、よそうや」
 そう言って、ホームレスの男にコーヒーをおごったのだ。
 「これで、よし。メリークリスマス」
 こうして、男は監獄でなく、あたたかいレストランでクリスマスイブを過ごすことになった。
 その紳士は、筆者には天使のように映った。これが、クリスマスの本当の意味だと感じた。

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