元シェフのダニエル・コリンズがソーシャルメディアや全国ニュースをにぎわせたのは昨年1月のこと。雑誌を買ってくれる常連客の一人に、毎回のおしゃべりや親切のお礼にサプライズで朝食をご馳走したのである。
また、10月に英国ビッグイシューが創刊25周年を迎えた時には、ダニエルもSTV(スコティッシュ・テレビジョン)の特集番組に登場した。その中で、失業し路上生活を送っていた時期にこの雑誌があったおかげで人生を取り戻すことができたと、その半生を語った。
スコットランド最大の都市であり、15世紀創立のグラスゴー大学を擁するなど文化・芸術都市としても知られるグラスゴー。その街の西端ですっかり有名となった彼は今、クリエイティブな面での才能も開花させている。最近、スコットランドの劇団「A Moment’s Peace(ひとときの平和)」のコモングランド・プロジェクトに協力しているのだ。これは、土地・住宅問題に関して、スコットランド全域にわたる市民的対話を促すアート・プロジェクトで、INSP(※1)もメディア・パートナーとして参加している。
ダニエルは、脚本家兼演出家のルイス・ヘザリントンや他の3人の地元販売者と共に、詩作に取り組んだ。この5年間、グラスゴーでも往来の激しいバイヤース・ロードを自分の販売場所までバスで往復する間が創作の時間になってきたのだと話す。「いつも頭の中でいろいろな物語を考えているんだ。読書と音楽が好きで、学校での国語の成績はすごくよかったんだよ」
4人の販売者全員が、創作ワークショップを通して住宅問題・ホームレス問題における自分たちの経験や捉え方を振り返った。ダニエルは、自然な言い回しとグラスゴーっ子の鋭いウィットをきかせて、自らの人生のさまざまな局面に触れた詩「過去・現在・未来」を書いた。(後述)
一つひとつの作品に添えるため、ヘザリントンは、ダニエルたちの経験を象徴するようなポートレートを写真家に依頼した。結果は素晴らしいものだった。「発想としては、販売者たちが写真家や私自身と一緒に作業を進めることで、自分たちの詩の真髄を捉えようということでした」とヘザリントンは言う。「イベントは非公式な議論にとどまらず、土地、住宅そして路上生活に対する実際の対策をも促しました。これは、自分たちが考えている以上に自主性をもってかかわれる問題なんだと、みなが気づくチャンスなんです」
グラスゴーのカフェやギャラリーから、ダニエルの詩やポートレートを飾らせてほしいという引き合いが相次いでいる。彼は今、次なる芸術構想を練っているところだ。グラフィック・ノベル(※2)の大ファンでもある彼は、実体験に基づいたキャラクターたちの漫画を描くという野望を抱いている。
「帰宅途中のバスの中で夢をふくらませてる。たとえば、ビッグイシューで連載を始められたら、とかね……。毎週、手書きの3コマのスケッチを載せるんだ」
過去・現在・未来―ダニエル・コリンズ過去…静寂 僕はいつも孤独だった湿った臭い 寝泊まりしたのは路上、さもなくば荒れ果てたアパート薬物使用で流れた血の色、それは赤おぼろげな記憶の中で過ぎ去った日々の色、それは灰色僕はモグラだった やみくもに破壊をもたらす存在僕は卵だった とても不安定で常に変化するでも 今の僕は樫の木 力を振り絞ってここまで来た天気はいつも晴れだったどんなに辛い日々でも生きて太陽を見られることに感謝していた現在…湿気ないように販売用の雑誌に巻いたビニールカバーの感触「いらない」と断る時の人々の声イタリアンレストランから漂ってくるパスタ―ソースの匂い軽蔑の表情人々が僕に買ってくれ作ってくれるラテやコーヒーの香り未来…自分の住まいと呼べるまともな部屋息子とのよりよい関係月曜日から金曜日までの楽しい仕事役に立ち、満たされ、希望にあふれる日々
(Cat Cochrane/www.INSP.ngo)
『ビッグイシュー 英国版』
・1冊の値段/2.5ポンド(約350円)で、そのうち1.25ポンド(約176円)が販売者の収入に。
・販売回数/週刊
・販売場所/ロンドンはじめ、英国の各都市
ビッグイシューオンライン編集部より
ー以上、5月1日発売の310号から、毎号各地のビッグイシュー・ストリートペーパーの販売者を紹介している「今月の人」を転載しました。