『ストリート・ルーツ』(米国ポートランドで発行されているストリートペーパー)の販売者と彼らのペットが集まり、映画『ボブという名の猫 幸せのハイタッチ』の鑑賞会を開催した。この作品は、ペットと一緒に路上生活を送る人々の心には特に響く物語だ。
(ボブという名の猫:映画予告)
『ストリート・ルーツ』の事務所はいつでもペット歓迎だが、この日は終業時間になるとペットたちが事務所を占拠した。
「ボーレガード」という名前のもこもこした黒猫は赤いリードが届く限りをうろうろしている。ご主人の膝の上で毛布にくるまっていた別の黒猫デュードはそれに驚いて唸り出す。そばでは「JJ」という名の犬が床でくつろいでいる。猫たちの鳴き声が気になりつつも落ち着いた様子だ。この騒ぎにほとんど関心を示さないのはホーリー・ジョリー・ハネシー、通称「ミスH」。上品な灰色の毛の猫ちゃんは冒険心の強い弟「ミスターB」と一緒に赤いワゴン型キャリヤの中におとなしく収まっている。
この度、映画がネットフィックスで放送されるのに合わせて鑑賞会を開いたのだ。
「一晩だけだぞ!」で始まるペットとの生活
この映画は英国ビッグイシューの元販売者ジェームズ・ボーエンと彼の飼い猫ボブの実話にもとづく作品だ。
一晩だけ!いつだってそうなの。
とロレッタは言う。
ロレッタとアンディはカリフォルニアにあるロレッタの妹宅に滞在していた時に黒い捨て猫と出会った。しかも妊娠していた。その猫から生まれた子猫のうちの2匹が「ミスターB」と「ミスH」だ。生後数ヶ月は車中生活だったという。
「Who Rescued Whom?(誰が助けるの?の意)」と書かれた(動物愛護団体の)Tシャツを見たことあるでしょ?あれ、私たちのことよ。
なけなしのお金の使い道は「ペットの医療費」
ジェームズとボブの固い絆は動物好きならよく理解できる。
まずジェームズがしなければならなかったのはボブを獣医に連れていくこと。そこで彼は少ない持ち金を自分の食費に充てるか猫の治療費に充てるかの選択に迫られる。仕事や住まいの状況にかかわらず、ペットを飼ったことのある人ならよく分かる状況だ。しかもジェームズの場合は、仲たがいしていた父親が道端でこっそり渡してくれた20ポンド紙幣1枚しかなかった。結局、猫の抗生物質を買うことを選ぶジェームズ。
ジェームズが「僕の猫じゃない、僕のじゃない」と言いながらも結局は猫にお金を使っているのがよかったわ。もっと多くの人々があんな風になれるといいわよね。大抵の人は迷い猫や捨て猫を見つけても保健所に連れて行くだけだもの。
ミスティは言う。
ストリート・ルーツのオフィスでの上映会が始まる前にポップコーンを食べるミスティと彼女の愛猫のデューク
Credit: COLE MERKEL
そもそも「JJ」はカリフォルニアにいた。「セカンド・チャンス・ドッグ」(※)としてオレゴンに来ることがなかったら保健所で殺処分されていただろう。「私はラッキーだったよ。」と言うリックは、2015年に前の愛犬ランディを亡くした。リックは両親を相次いで亡くした時に心の支えになればとランディを飼い始めた。ランディもJJも、生活に安らぎをもたらしてくれていると認める。
(※:保護団体などにレスキュー(救出)されて新たな飼い主と生活を得ることができた犬)
今のアパートに暮らし始めてもう12年になる。以前は同じところに2年といれなかった。犬がいるとトラブルに巻き込まれないで済むんだ。刑務所なんか入っちまったら、こいつと離れなくちゃならないからな。
ペットは街の人気者
JJは全く吠えない犬だが、四六時中リックのそばにいたがる。なでてもらうのが大好きなのだが、これは(リックの販売場所である)パウエルズブックスとホールフーズ・マーケット界隈の購買者が喜んでやってくれる。
JJはこの辺の人気者だ。皆、JJと会うのを楽しみにしている。冴えない日でも彼に会えば気分が軽くなるからね。JJはよくおやつをもらってるよ。
カリフォルニアでの殺処分を免れ、ストリート・ルーツの販売者リック・フィリップスに助け出された犬のJJ。リックは彼の生活が安定しているのはJJのおかげだという。
Credit: COLE MERKEL
同じような現象は映画の中でも出てくる。
ジェームズがビッグイシューの販売を始めた頃、ボブに引き寄せられた人々が雑誌を買うと同時にカメラでボブの写真を撮りたがるのだ(2007年当時はまだスマートフォンではない)。しかし、これはジェームズにとって裏目に出ることになる。好意を寄せる客が他の販売者の担当エリア内でジェームズに雑誌の代金を渡そうとしたのだ。このことでジェームズとボブは1ヶ月間の謹慎を命じられてしまう。
映画後半、デュードは「ミスターB」が触ろうとするたびにシューッとうなる。しかし、本物の敵は画面の中にいた。ボブがニャーと鳴く度にデュードが怯えた声を上げるのだ。鳴き声の主の姿が見えず匂いもしないからだろう。
おまえはテレビの中に向かって鳴いているのかい?
ミスティがからかう。
「家や仕事がある人と違って、路上生活者は24時間ペットと一緒」
股関節異形成を患っているミスティは電動式車椅子か歩行器をよく使う。デュードはいつでもミスティにぴったりひっついている。ジェームズが雑誌を販売する間、ボブがいつも彼の肩に乗っていたように。
デュードは私の胸に乗るのが好きなの。
にこにこ顔で話すミスティ。彼女が車椅子で街に出る時は、膝の上に載せたデュードをベルトで固定する。
映画を見ながら、ミスティとロレッタは猫を紐に繋ぐコツについて意見を交わし、ミスティはジェームズがどうやってボブに服を着せたのだろうと考えている。ここポートランドでやってみても素敵なのではと。
どうやったら猫にマフラーを巻けるのかしら。私もやってみたんだけど…
ミスティが大声で言う。
ミスティと彼女の夫は今まさにジェームズと同じような経験をしている。つまり、薬物を断ち、住居を持ち、仕事に就こうと奮闘しているのだ。映画にもあったように、ミスティとデュードも厳しい非難を浴びたことがある。
「路上で犬を飼っていいと思ってるのか」って言われたから「どういう意味?」って言ったの。そしたら、「あんたはホームレスだろ?」って言うじゃない。だからどうだって言うのさ。この子は私の膝の上が一番なのよ。
ミスティは続ける。
ホームレス状態の人は普通に家がある人よりもペットを大切にしていると思う。だって路上生活者は日がなペットと一緒だけど、家も仕事もある人たちは忙しいから一緒にいられるのはせいぜい9〜12時間くらいでしょ。
ミスティが雑誌販売で稼ぐ最初の1ドルはいつでもデュードのもので、デュードもそれをよく分かっている。
初めて雑誌が売れた時、この子が私を見て言ったの。「これであの食べ物が買えるね」って。
この他にもペットの餌は、「Pixie Project」等のペットフード・バンクやオブライアント広場の公園で開催される「The Sunday Potluck」を利用して賄っている。
映画のクライマックス、胸に刺さる販売者
ジェームズは薬物を断ち、「発掘」され、家族とも和解する – リックが予想した映画の結末は見事に当たった。「発掘」とは、ビッグイシューにジェームズの記事が載ったことで著作権エージェントが会いにきたことだ。
映画のクライマックスシーンでは、ジェームズの父親(『バフィー〜恋する十字架〜』に出演していたアンソニー・スチュワート・ヘッドが演じた)がボブを「私の孫」と呼ぶ。
素敵ね!
ミスティはため息を漏らすが、ロレッタは含み笑いをする。彼女とアンディは成人した我が子の1人と口も効かない間柄になっているため、このシーンが胸にグサッと刺さったのだ。
現実には、ジェームズは脚光を浴びたこのチャンスを生かし、薬物依存症からの回復をサポートしてくれた非営利団体(ストリートペーパーを含む)の活動促進をおこなっている。
猫のボブがジェームズに与えたのは希望と家族と固い絆。この子たちも同じ。救いと喜びを与えてくれる。私たちはチームメイトなの。
ロレッタは言う。
ペットを飼うことのメリットをよく知るリックも言う。
それが一番だよ。愛されたいペットと愛したい私と。だからうまくいくのさ。
ーー
文:ジェイソン・コーヘン
翻訳監修:西川由紀子
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