インターネットは「世界に開かれた公共の場」のようなもの、大半の人はそう捉えているだろう。しかし実際のところは、国家間の対立が繰り広げられている「分断された空間」といえるのだ。
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現代は、GoogleやFacebookなど民間企業による巨大でグローバルなインターネット空間と欧米文化とが支配する情報環境が存在する一方で、自国へのインターネットアクセスを厳しく統制する独裁的国家も存在する。その代表が、中国、イラン、トルコ、ロシアといった国々だ。
2019年2月に起きたオーストラリア議会ネットワークへのハッキングなど、近年では国家ネットワークを狙ったサイバー攻撃も増えている。ロシアや中国などによる情報操作ぶりも、ソーシャルメディアによって「共有」が進む我々のデジタル社会に流れ込んできている。そのおかげで、国際関係には常に緊張が走っている。
グレート・ファイアーウォールの開発がもたらす中国と欧米との「もつれた関係」
中国やロシア、イランといった国々では、インターネット情報の流れを政府が規制する「独自のデジタル空間」の構築がすすめられている。
中国共産党は「グレート・ファイアウォール(*1)」と呼ばれる仕組みによって、「中国版インターネット」を保有していることで有名だ。国外から入ってくる情報を政府の裁量でブロックすることができるシステムだ。
*1 不正アクセスから内部ネットワークを守る「防火壁」のことをファイアウォールといい、中国政府のそれは、「万里の長城(グレート・ウォール)」にちなんで 「グレート・ファイアウォール」と呼ばれる。
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グレート・ファイアウォール設置の主目的は、中国国内の社会及び政治を外的影響から守ることだが、その一方で国民を「見張る」ことにもなっている。国内のインターネット・トラフィックは最新式システムによって監視・検閲されている。現に中国国内のネットユーザー8億200万人の大多数は、我々が情報発信・共有に使っている多くのアプリケーション (Google、YouTube、Facebook、Twitter )にアクセスすることができず、中国国内のIT企業(テンセント、アリババ、バイドゥ等)が開発したアプリケーションを利用している。2018年に検閲に引っかかった英国の人気アニメ『ペッパピッグ』のキャラクターを、『人民日報』は「反社会的人物」と評した。
しかし、グレート・ファイアウォールの技術開発においては(ソフトウェアの提供、ハードウェアの改良、システム機能の安全性保持など)、アメリカ企業に依存しているのも事実。インターネットは国家が経済優位性を競い合う場であるため、ネット空間を完全に閉ざしてしまうことは双方のためにならない。
つまり、中国の経済及び金融は欧米諸国と「もつれた関係(エンタングルメント)」にあり、このような状況では情報の完全ブロックは難しい。
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この状況について、カナダ人デジタルメディア・国際情勢研究者のジョン・R・リンゼイは「インターネットによって両国間で生産的なやりとりが可能になっているにも関わらず、諜報まがいのことが慢性的に繰り広げられている」と述べた。
ちなみにロシアは、中国よりもアメリカのITサービスへの依存度が低いため、二国間交渉において、より攻撃的な姿勢を取ることができる状況にある。
中国とロシア、それぞれの印象操作アプローチと戦略的同盟
欧米ではTwitterやGoogle、Facebookなどの民間企業が情報と商取引が自由に行われるインターネット・システムをつくりあげ「オープン」であるのに対し、ロシアや中国はインターネット上のトラフィックを「制御」しようとするため、アンバランスが生じている。より大きい文脈では、ロシアや中国が他国のデジタル空間でおこなう印象操作も含まれ、それはかつてないほどの規模で行われている。
米国のインテリジェンス・コミュニティ(*)による最新報告書『世界の脅威評価』にも、「敵対国及び戦略上のライバル国は、ソーシャルメディアを使って、我々の考え方、行動、判断を操ることにますます長けてきている」と述べられている。
*16の諜報機関と連携し、米国トップ層への情報提供をミッションとする組織。
印象操作においては、各国それぞれのスタイルがある。
中国は、長期戦略に基づいて巧妙なアプローチを取っている。ターゲット国に暮らす中国系移民とつながり、中国共産党に有利となる世論を形成していく。少数の発言を誇張し、世論のように見せることもある。これに対し、ロシアの戦術はもっと露骨。ソーシャルメディア上でターゲット国の政治ネタに割って入り(イスラム恐怖症を逆手に取る、右派・左派の分断などに付け入る等)、社会的一体性を攻撃する。ロシアの目的のひとつは、相手国の市民文化を不安定化させることにあるのだ。
ただし、両国の戦術には共通点もあり、協調関係も深まっている。米国インテリジェンス・コミュニティも「中国とロシアの協調関係は、1950年代半ば以降で最も強いものとなっている」と指摘している。
2016年6月、ロシアと中国はインターネットに関する共同声明に署名した。 2016年12月、ロシアのプーチン大統領が署名した新たな「情報セキュリティー政策」には、いかにして自国民を他国の印象操作から保護するかが定められている。このロシアの新政策と中国のインターネット法には顕著な類似点があると見られている。
両国は、インターネットのグローバル管理についても共通の見解を持っており、これに対し国連は警戒を強めている。先般、ロシアの議会に提出された「インターネット統治法案」では、ロシアのインターネット基盤を世界共通のものから独立させる案が盛り込まれた。
インターネットの「バルカン化(断片化)」とも言えるこの状況は、米国覇権への挑戦なのかもしれない。各国が自らの国益を確保するため、威信や影響力、優位性を競い合っている。しかし、ロシアと中国も全面戦争のリスクは負いたくないため、武力紛争の一歩手前での争いが続いている。
そして、インターネットをはじめとするテクノロジーが、この争いにわれわれ全員を巻き込んでしまった。
photo by NASA/Unsplash
中国の消えない不安
中国のリーダーたちは最大限の努力を払っているにもかかわらず、自国と諸外国を隔てるインターネットの「国境」の脆さを憂慮している。
サイバーセキュリティ専門家のグレッグ・オースティンは「中国のサイバー防御システムは依然脆弱である」と指摘する。ファイアウォールをかいくぐる抜け穴がいくつも存在し、実際、中国国内には、異形同音異義語や絵文字を駆使して検閲をかわしているユーザーたちが存在する。
2009年6月に中国国内で検閲対象となったGoogleだが、グレート・ファイアウォールの主要設計者の一人、ファン・ビンシンは、2011年になっても依然Googleがアクセス可能であることについて懸念を示した。
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「水と河床のような関係です。 水(情報)に国籍はありませんが、河床は主権領域。他国からの汚染水を流れ込ませるわけにはいきません」
自国の民主政治を守り抜くために
われわれの民主政治はインターネットによって混乱のさなかに放り込まれた。アルゴリズムによって「注目」が形成され、クリックの数で「結果」が測られ、個人データが価値を持ち、(不正)操作されかねない状況に。
各国は、封じ込め・制御・開放などを組み合わせることで対策をすすめているが、何よりの防衛策は、自国の民主主義を強靭なものにすることであろう。
我々はオンラインで繰り広げられる政治議論の本質から目をそらしてはならないし、そのためには政府や民間セクター、防衛・治安当局、および教養ある市民らがしっかり連携していかなければならない。
情報戦の戦略の多くは、「ネットサーフィン」という言葉がお気に入りのビーチでのんびり過ごす、そんな響きを持っていた1990年代に考え出されたものがほとんどだ。インターネットの情報に浸かりきってる昨今の状況はさらに恐ろしく思える。
印象操作の「引き波」が大きくなればなるほど、ネットサーフィンの危険度は増す。そのため、各国は安全ポイントをしっかり見極めて広大な海を泳いでいくことが賢明となろう。浜辺からその安全性を見守る多くの目も必要である。
文:トム・シアー(ニューサウスウェールズ大学キャンベラ・サイバー研究所特別研究員)
Courtesy of The Conversation / INSP.ngo
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