メディアや企業、学校など、あらゆるところで「SDGs」が取り上げられる機会が増えているが、実際に「SDGs」で定められた目標は達成に近づいているのだろうか。以下、ユトレヒト大学でグローバル・サステナビリティを研究するフランク・ビーアマン教授が『The Conversation』に寄稿した記事を紹介しよう。
2015年9月、ニューヨークの国連総会会議場に193か国の首脳が集まり、「世界を変革する」ための計画、「持続可能な開発目標(SDGs)」を定めた。その目指すところは、「人類を貧困から解放し、地球を健全で安全な状態にする」ことだ。
SDGsでは、17の目標と、169のターゲット、達成度合いを測る200以上の指標が設定されている。「17の目標」では、貧困と飢餓の解消、保健・教育・ジェンダー平等・公衆衛生・エネルギー・経済成長・インフラの確保、社会的不平等の解消、持続可能な消費の推進、気候・海洋・生物多様性・森林の保全、平和と正義の推進など、国連として考えうるほぼすべての目標がカバーされている。
これら主要目標を細分化した「169のターゲット」では、各国政府は2030年までに貧困状態にある人の割合を半減させる/飢餓をなくす/すべての子どもが無料で質の高い教育を受けられるようにする/各国の所得下位40%の人について国内平均を上回る割合で所得を成長させる/生物多様性と生態系の保全と持続可能な利用のための資金を大幅に増やす、といった目標が定められている。
今や、国連高官や外交官が集う場所には、必ずと言っていいほどSDGsが掲げられている。ニューヨークの国連本部にある緑豊かな庭園にはSDGsの17の目標を記した旗が掲げられ、世界中の政府機関にはSDGsのポスターが貼られている。SDGsについて議論する国際会議が毎年多数開催され、国連は目標達成に向けた10年間の行動計画(「行動の10年」)まで発表している。
筆者の住むオランダでは、政府がSDGs調整官を任命した。裏地にSDGsの図柄がプリントされたスーツを着て、SDGsのロゴが入った電気自動車に乗っている姿を目にしたことがある。つまり、至る所でSDGsを目にする状況となっている。
ところで、この世界的な目標は実際に変化をもたらしているのだろうか? 政府やビジネス界のリーダー、自治体首長、国連高官、大学学長らの行動にどれほどの影響を与えることができているのだろうか?
社会科学の分野ではここ数年、この問いに関する研究が盛んになっている。筆者たちも世界各地の61人の研究者と協力し、SDGsのさまざまな側面を対象とした3千以上もの学術研究を分析した。その結果は『ネイチャー・サステイナビリティ』誌に掲載され*、より詳しい内容の書籍も出版される。より多くの人に調査結果を知ってもらうため、どちらも無料ダウンロードが可能になる予定だ。
*参照:Scientific evidence on the political impact of the Sustainable Development Goals
アクションを伴わない口先だけのSDGs?!
残念ながら、その調査結果は私たちを落胆させるものだった。
たしかにSDGsは、世界的な持続可能性の問題について語られ、考えられ、書類にもよく登場する。各国政府は国連への報告書の中でSDGsに言及し、SDGs達成に向けた調整部門を設ける国もある。多国籍企業も積極的にSDGsを語っている。とくに「各国の状況に応じて1人当たりの経済成長の維持」を政府に求める「目標8」はビジネスの観点からも受け入れやすく、好んで取り上げられている。すべての国連機関がSDGsの支持を正式に表明しているのは当然である。
しかしながら、肝心なところは何も変わっていない現状がある。分析調査からは、具体的な目標を推進するための新しい政策や制度、予算配分がなされた例はほとんど見つからなかった。SDGsが構想している横断的な変革を実現するために、政府が法律を変える、または、省庁が新しい施策を立案したという事例はないに等しい。
たしかに議論の場での変化は起きている。政府関係者たちは頻繁にSDGsに言及している。だが、実際の政治にまでは変化が及んでいない。
この状況をどう捉えるべきか。SDGsの達成目標の期限にはまだ時間的余裕がある、という楽観的な見方もある。私たちの調査分析は主に2021年以前の研究を対象としたもので、2022年現在、2030年の期限まであと8年の猶予があるともいえる。少なくとも政府や企業が持続可能性を積極的に語るようになり、SDGsに言及する頻度も増えているのだから、やがて行動につながるはず、との希望的な見方もできるかもしれない。
だが、口で言うだけで実行に移さなければ、結果として持続不可能な行動を容認することになりかねない。企業が見栄えの良いSDGsの旗を振りかざしながら、実際は利益を最優先しているといった逆効果を生む可能性もある。
SDGsがさも実行されているかのような印象が伝わることで、市民社会の側での取り組みが鈍るおそれもある。現時点では目標への約束がなされただけで、変革が実現するかどうかはまだ不透明だ。漫然とした言葉によって、実際の行動の遅れや停滞が覆い隠されてしまうやもしれない。
もちろん、SDGsの意義を矮小化するつもりはない。私たちの調査は、現時点でのSDGsの実施状況を分析したに過ぎない。SDGsには、世界の不平等をなくす(目標10)、平和と公正のために国内および国際的な制度に必要な改善を行う(目標16)、裕福な国での有害な消費スタイルを改善する(目標12)など、世界的な課題の解決に向けた高い志が反映されている。
だからこそ、私たちはその目標を実際に機能させなければならない。市民社会は行動を起こして、SDGsの真実を明らかにする必要がある。
オフィスにSDGsの旗を飾り、スーツにSDGsのバッジを付け、SDGsロゴ入りの美しいパンフレットを作るだけで、実際には何もしていない政府指導者や産業界のリーダーを許すべきではない。SDGsをお高くとまったキャッチフレーズで終わらせてはいけない。私たちは力を合わせて、その約束を実行に移すよう働きかける必要がある。
著者
Frank Biermann
Professor of Global Sustainability Governance, Utrecht University
※本記事は『The Conversation』掲載記事(2022年6月20日)を著者の承諾のもとに翻訳・転載しています。
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