part.2<池谷裕二さん「直感とひらめきって、まったく違うんですよ」>を読む


直感は〝ゆらぎ〟の固定化、経験と加齢が正確にする

 ゴッホの名画「ひまわり」。ゴッホは「ひまわり」をいくつも描いているが、特定の1つか2つだけが超名作になっている。

先ほど、カンは無意識だとお話しましたが、カンと〝ゆらぎ〟も関係しています。たとえば、絵をあまり観たことがない人に、名画を2つ並べて『どちらが名画でしょう』と問うと、答えはランダムになってしまう。でも、何度も名画を観ていると、だんだんと『こっちがいい』とわかる目利きになっていく。言い方を換えれば『世間の固定観念を植えつけられた』と言ってもいいかもしれませんが(笑)。つまり、これは、名画だと、今までゆらいでいた〝ゆらぎ〟が固定される。環境によって〝ゆらぎが固定される〟ことが、直感なんです

 では、経験があればあるほど、直感はよくなる?

その通りです。若い人は、直感はダメだと思います。孔子の論語に『子曰く、 吾れ十有五にして学に志す。 三十にして立つ。 四十にして惑わず。 五十にして天命を知る。 六十にして耳順う。 七十にして心の欲する所に従って、矩を踰えず』という言葉がありますよね。あの『四十にして惑わず』は、四十にして迷わない、人生における直感が働き始めるのは40歳だと言っているんですよ。『七十にして……』のところは70歳になれば、直感だけで生きて大丈夫だと言っているんですね。まさに、直感は歳をとればとるほど、経験を積めば積むほど、正確になる

 歳をとることに希望がもてますね?

歳をとらないと絶対に起こらないことですね。しかし悲しいかな、直感は自分でも理由がわからない。年配者の方が直感でこっちの方がいいと判断し、若者に『なんでそっちの方がいいと思うんですか』と聞かれても、答えられない。だから、屁理屈だとも思わずに、まじめに屁理屈こねるんです(笑)。反対に、若者はわからないので、ひらめきを使う。資料をたくさん集めてきて、最終的にこの選択肢だったらこれだけ売り上げが見込めるというように論理的に思考する。それでも正解にたどりつけるんですが、時間がかかるうえ、集める資料を間違えると結論を誤ってしまうという欠点があります(笑)

 では、よくいわれる「女のカン」というような直感は?

男女差は基本的にないんですが、ノンバーバル・コミュニケーション(言葉を使わないコミュニケーション)は、女性の方が圧倒的に優れていますね。きっと、そういうものも経験なんでしょうね。たとえばプレゼントする時に、女の人はリボンやシールなど、ラッピングに気を配る。それに、男の人はなかなか気づきませんが、女の人同士だと『これ、かわいい』と盛り上がる。あの『かわいい』というのも、明らかにカンですよね。かわいい理由が説明できない(笑)

〝ゆらぎ〟は効率のいいシステム、100ワットで動く人間の身体

「実は、〝ゆらぎ〟はすごく効率がいいシステムなんです」と池谷さんは話す。

コンピュータは相当、電力を使います。それに比べて、生物がこんなに少ないエネルギーで動けるのは〝ゆらぎ〟を使っているからなんですね。

スイスにアトモスという時計があります。機械式時計ですけど、非常に軽いものでできていて、まわりの空気の微妙な振動、ゆらぎ、熱対流で、永遠に動き続けるんです。つまり、空気のゆらぎからエネルギーを取っているので、エネルギー効率がいい。で、脳の生命の動きもそんな感じで、そういうものをエネルギーに変えるようなシステムをもっているんです。脳に使うエネルギーは20ワットの電気ですよ。全身でいえば100ワットくらい。人間はエネルギーを摂取しなくてもいい、食事のカロリー数なんか、コンピュータが消費しているエネルギー量に比べたらはるかに少ない。あの程度のカロリーでこんな大きな身体を動かしている。たいしたものなんですよ。

 池谷さんは、科学者としては異例だが、高速イメージング法で得た脳の神経細胞の貴重な最新データを、多数の科学者に「これを解析して、発見してほしい」とネットで公開している。「これから何ができるか? 歩きながら考えたい」と言う池谷さんの、これからの研究が楽しみである。 

(水越洋子)

(プロフィール写真;Photo:高松英昭)

いけがや・ゆうじ

1970年、静岡県生まれ。東京大学理科一類に入学するが、「脳に対する薬の作用」に強く惹かれ、同大学薬学部に進学、海馬の研究により薬学博士号を取得。コロンビア大学生物化学講座客員研究員などを経て、現在、東京大学大学院薬学系研究科教授。著書に、『進化しすぎた脳』(講談社)、『海馬』(新潮社、糸井重里氏との共著)などがある。








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