アフリカゾウの密猟対策のために、NPO法人「アフリカゾウの涙」を立ち上げた滝田明日香さん。そんな滝田さんが、18年間のアフリカ生活で初めて経験した、野生キリンとの信じがたい交流について語ります。

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逆子で死産。母キリンに迫る命の危険

「キリンの出産で、子どもがひっかかって出てこないメスがいる」。
 ナイロビにいた私に同僚から電話がかかってきた。送られてきた写真の最初の1枚目は、道の真ん中にたたずんでいるキリンの姿で、尻尾の下から2本の足が突き出ているのが見える。2枚目はキリンの後方部のアップで、茶色く変色した足と下を向いた蹄が見えていた。逆子の死産だ。

 レンジャーの話によると、キリンはここ3、4日、観光ドライバーによってマラ川の横の道の近辺で数回目撃されているという。腐敗と乾き方から、胎児は1週間近く前に死んだのではないかと推定された。このまま放っておけば、子宮の感染症で母体も危険だ。そこで、すぐにケニア野生動物公社の獣医とともにキリンをレスキューすることが決まった。

 ナイロビから野生動物獣医を現場の公園に呼ぶにあたっては、まず治療対象の個体を探し出す必要がある。次に、その個体に実際に干渉するべきかどうか、どんな薬や器具を準備すればよいのか、などを分析しなければならない。これは、ケガや病気の状態を見ないと判断できない。

 また、獣医が来るための飛行機などのアレンジをして、現場への到着がその日か、翌日になるのかを確認する。レンジャーたちが車数台を出動させて捜索を開始し、治療する個体の居場所が確認できるまで、獣医は待機するが飛行機に乗ることはない。さらに、現場の人間は探した動物がブッシュ(茂み)に消えないように見張っておかなければならない。

 マサイマラに急きょ戻って、私がまず参加したのはキリンの捜索だった。前日目撃された現場に、その姿は見えなかった。レンジャーたちも前日の早朝から捜索を開始していたが、丸2日見つかっていないという。その日の午後にはヘリコプターを飛ばして、マラ川の周りの森などを含めて200㎢のエリアを捜索したが、一向に見つからなかった。

 いつもそうだ。見つけようと駆け回っている時に限って動物は見つからない。この日も数百キロ走り続け、日没の最後まで、何十頭ものキリンの横を通り過ぎたが、あのキリンは忽然と消えてしまった。その日の捜索は切り上げられ、ナイロビで一日中待機していた友人で、野生動物獣医のドミニックは「後1日だけ待機をするから、探してくれ」と約束してくれた。


姿を消したキリン、3日後にやっと発見

 2日目は早朝6時の夜明けと共に捜索が再開された。この日は森から離れたサバンナをメインに捜索することになった。車で最初の数時間捜索した後、ヘリコプターにも待機してもらった。背の高いキリンなのだから簡単に見つけられると思われがちだが、キリンやゾウのような動物でも風景の中にカモフラージュされてしまうと見つけるのは相当困難である。森は視界が限られるし、実はサバンナでも容易なことではない。私とレンジャーたちは4時間ほど車を走らせた後、帰る前の最後にいくらなんでもこんなに遠くにはいないと思われるほど離れた場所を通った。 その時、地平線を見渡すと、遠くのアカシアの木陰に立っているキリンの姿が見えたのだ。双眼鏡を通して、後部から突き出た2本の茶色い小さい足が見えた。探していたキリンである。やっと3日目で発見したレンジャーたちは大喜びして飛び上がった。
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 急いでナイロビで待機していたドミニックに連絡を取ったが、マサイマラまでの午前の定期便は出発時間が迫っていた。午後の便を待つと、到着時間が午後5時となり治療の時間が限られてしまう。日没までの2時間で治療や麻酔からの回復は不可能である。麻酔から完全に覚めていない個体は、夜間に肉食獣から身を守ることができない。過去にも治療が長引き日没寸前に麻酔から覚めたバッファローがいたが、夜のうちにライオンたちに襲われ、餌食になった。なんとかチャーター便をアレンジして、昼過ぎまでにマサイマラに到着してほしいと頼み込んだ。

 30分後、ドミニックから「今からチャーター便に乗り込むので、1時間後にはマサイマラに到着する」と電話がかかってきた。私とレンジャーたちは、キリンのそばを離れないで見張ることにした。キリンから1キロ近く離れたところで、2台の車を止めた。車のエンジンを切ると、サバンナは時折聞こえる鳥の鳴き声以外、何も聞こえない静けさに包まれた。キリンもどこにも行く気配はなく、私たちとキリンだけが無音の世界にたたずんでいた。30分ほど経った頃、キリンが歩き出し、私たちのいる場所に向かってくる。ゆっくりと長い足を動かして歩き、ものの10分も経たないうちに私たちのいるアカシアの木の前までやって来た。そして驚くことに、どんどん近寄ってきて、ついに車のバンパーの前に立っていた私の目の前でその歩みを止めた。私たちが驚いて空を見上げると、キリンは私の足から3mもない場所に立って静かに遠くを見つめていた。

私の目の前に、キリン。細い唇が私の手に触れた

 まるで時が止まったようだった。私は首が痛くなるほど頭を上げて、背丈が3m以上もあるキリンの顔をずっと見ていた。彼女は無言でサバンナの遠くを見続けた。そして、静かに顔を屈めて、下にいる私を見た。驚きで口を開けているレンジャーと、私は顔を見合わせた。

「彼女は助けを求めに来たんだよ」と私が言うと、マサイ族のレンジャーは信じられないという顔をしたまま、「動物にも気持ちがあるっていうのは本当だ! 絶対に彼女を助けよう!」と強く言い切った。マサイなどの遊牧民の人たちは他の農耕民族より、動物とのつながりが深い。そんな彼らにとってもこのキリンの行動は信じられないことだった。

 キリンは長い首をゆっくりと動かし、細長い顔をスーッと地面に立っている私の目の前に持ってきた。巨大な真っ黒な目のまわりには、人形のような長い睫毛がびっしりと生えていた。彼女は瞬きもしないで、その大きな目で小さな私をじっと見ている。私はそっと手を動かしてみたが、驚く様子もない。


 私はさらに手を前に動かして、私の頭の上にある彼女の顔に向けて手を上げてみた。前足で蹴られた時に逃げられるように気をつけながら、余計に手を動かさないように注意した。すると、彼女の大きな黒い目がさらに近づいてきて、細い唇が私の手にそっと触れたのである。私の手にキリンが静かに吐き出す暖かい息が吹きかかった。

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彼女は、野生のキリンである。信じられなかった。車が近づいても逃げるキリンが、私の手に触れているのである。そうして、彼女は少し後ろ足を広げて力んでみせた。尻尾の下からは腐敗した胎児の足が突き出ているのが、至近距離からでよく見えた。1週間以上経っているのではないかと疑われた。

 ドミニックから、マサイマラの滑走路に到着したので15分ほどで現場に到着できると連絡が入った。 キリンは相変わらず、私のすぐ横に静かに立っていた。
(滝田明日香)

ーー

以上、ビッグイシュー日本版316号より「滝田明日香のケニア便り・キリンの話:前編」を転載。
後編はぜひ、ビッグイシュー日本版317号でご覧ください。

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たきた・あすか
1975年生まれ。米国の大学で動物学を学んだ後、ナイロビ大学獣医学部に編入、2005年獣医に。 現在、ケニアのマサイマラ国立保護区で動物の管理をしながら、追跡犬・探知犬ユニットの運営など、密猟対策に力を入れている。南ア育ちの友人、山脇愛理さんとともに「アフリカゾウの涙」を立ち上げ、2015年6月、NPO法人に。 https://www.taelephants.org/


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