「高齢者」の研究者、パスクアリーナ・ペリグ・シエロアに話を聞いた。高齢化に対する私たちの考え方を改めるべきであること、女性がはるかに自由になったこと、世代間の結束の重要性などについて語ってくれた。(スイスのストリートペーパー、『サプライズ』より)

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- 高齢者になるにあたり楽しみにできることはあるのでしょうか?

たくさんありますよ!技術や医学が発展したおかげで、私世代より長生きできるでしょうし、健康で過ごせる期間もさらに延びるでしょう。これはほとんどの人に当てはることです。

- 技術発展とは具体的にどんなことを言われていますか?

ロボットやスマートホーム(IT 技術を活用した居住空間)です。人工知能も高齢者の主体性をもった生活に大きな役割を果たすでしょう。

- カラダの健康や主体性は大切ですね。「生活の質」についてはいかがですか?

高齢化の財政的かつ社会的側面に関しては、政治家ならびに社会が斬新なアイデアを打ち出す必要があります。80才以上の高齢者もあと20年ほど生きるでしょう。これから定年を迎える人は「世代間の状況(intergenerational situation)」に置かれます。つまり、自分より高齢の両親を介護するかたわら、まだ自立できていない我が子がいる、または孫の世話をさせられるといった状況です。

- 80歳代の人口は今後20年で倍増する見込みです。
この国は高齢者だらけになるのでしょうか?

(話を遮って…)「高齢者」と批判的な意味合いでおっしゃっているのですか?

- いいえ、ただ高齢者と若者では年齢面で抱えている問題が異なると思っただけで…

私は若者と高齢者を区別して考えませんし、それは時代遅れです。私たちは四世代から成る社会に生きているのです。それに、書類上の年齢はあまり意味を持たなくなっています。ほんの40年前までは、私くらいの年配女性はすでに用無し、くたびれて病気がちで、老い先短し存在でした。今日では、65才から新しい仕事や新しいパートナーとの生活を始めることだってできます。生きるテンポがはるかに自由になりました。これを学術用語では「人生行路の非標準化」と言います。いつだって何だって可能なのです。

-ステキですね!でも求人市場では、いまだ実年齢が大きく影響してきます。50才で職を失うと、新しい仕事を見つけるのは並大抵のことではありません。

とりわけ経済活動ではこの変化が十分に理解されておらず、高齢化がいまだネガティブな意味合いを持っています。でも一体誰が年齢を制限するのですか?全体主義国家じゃあるまいし。

-「高齢化」という言葉の批判的ニュアンスが気に入りませんか?

そうですね、差別的に感じます。人々が長生きする社会には大きな可能性があるのに、我々高齢者はかなり偏見を持たれ、ステレオタイプな見方をされます。これはゆっくりとしか変わっていかないでしょうけど。

-定年退職した人たちを社会はどう見ればよいのでしょう?

この世代がしていることをもっと重視しませんか。彼らは自分たちより高齢の親世代の世話をするだけでなく、孫の面倒を見て、我が子が一人前になる30才過ぎまで資金面でサポートし、持ち家を買う際にはお金を融資し…なのに高齢者には「お荷物」のイメージがあります。新しい定義を考え出すべきです。

定年を迎えると、それまで引き受けてきた社会的責任を認めてもらいたいものです。私たちベビーブーム世代が今まさにこの段階に達しようとしていますが、それだけに甘んじず、ボランティア活動に参加するなどより選択的に生きています。

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- 育児をサポートしてくれる母親に対価を払うべきと?

それが適切かつ必要ならば、それも良いですね!高齢女性は貧困の影響を受けやすいです。育児でキャリアが中断し、もらえる年金額自体が少ないですから。それに、女性の3分の1は年金基金を持ってもいません。

- まもなく国民投票に掛けられようとしている年金制度改革案「老齢年金2020」では、女性の定年年齢が1年引き上げられます(64歳→65歳)。
これは問題解決につながりますか?

この案に反対する理由は見当たりません。女性の平均余命は男性より長く、男性同様、これまでより健康に生きられる期間も延びています。定年が男性より早いことを差別的と捉える人がいる一方、清掃員や流れ作業など肉体的にきつい仕事に従事する者たちはもっと早く退職できるべきです。定年年齢をもっとフレキシブルに考えることが解決策となるでしょう。

- それだけで高齢女性の状況が改善されますか?

女性への差別は人生のかなり早い段階で始まります。良質で良心的価格の保育サービスなど「家族」への社会的投資を増やすことが解決になります。男性も家庭でより積極的な役割を果たす必要があるので、働く時間をフレキシブルにしないといけません。政府支援を増やせば公平性も高まるでしょう。この点、スイスは他の欧州諸国に後れを取っています。

-それはなぜですか?

スイスでは「家族」は国家が介入すべきでないプライベートな問題なのです。それも当然の主張ですが、「家族」が政治色の濃いテーマであるのも事実です。

- 定年年齢をよりフレキシブルに、そして「家族」への政府介入を増やすべきだと。年金制度改革において、より良い妥協策にはならなかったのでしょうか?

「老齢・遺族年金制度(AHV)」をめぐる争い(年金受給額を月70フラン増額すること)はひどいですね。とても表面的な視点ですし、何の解決にもなりません。この問題については専門家を交えてもっと議論すべきです。それに、平均寿命の延びは私たちみんなに影響することを理解すべきです。

-スイスでは各世代がどのような関係性なのですか?

研究では、社会全体レベルで高齢者が若者についてほとんど知らず、逆もまた然りであることが分かっています。私は「無関心でパラレルな存在」と呼んでいます。個々人のあいだに特定の関係性がある家庭内とは違います。スイスでは世代間に強い連帯感があります。と同時に、この連帯感だけではダメだと認識しなければなりません。

-なぜですか?

世代間の連帯に大きく貢献しているのは40〜70才の人たちです。仕事を持ち、子どもを育て、高齢者の介護と、いくつもの責任を負っていますが、そのやりくりはますます困難になっています。これらの責務を当然のように引き受けてきた女性たちも、教育レベルが上がり、仕事をする人、責任ある立場に就く人も増えていますから。

離婚率の上昇をみても、この年齢層の多くの人は仕事を続けるでしょう。そして、子どもの数は減少傾向にあり、可動性(モビリティ)の高まりも手伝って彼らは世界中に散らばっています。ですから、家庭内の連帯をサポートする「社会的責任投資(ソーシャル・インベストメント)」が必要となってくるのです。

-具体的にどんな投資ですか?

まずは、社会としてこの現実を認識しなければいけません。研究を通じて、世代間の取り組みを認識していない人たちをたくさん目にしてきました。家族の中で介護をしてくれる人、子どもの世話を見てくれる祖父母世代の努力についてもっと語っていくべきです。これらにかかるお金ならびに数値化もすべきです。そうすることで、こうした労働への税金控除などを引き出せるでしょう。スイスの一部の州では、こうした取り組みが始まりつつありますが、本格的にはまだまだこれからです。

-男性と女性では年の取り方が異なりますか?

はい。女性の方が長生きしますが病気になりやすいという矛盾があります。男性は寿命は短いものの健康でいられる時間が長いです。男性の方がより濃く生きるとも言えます。もうひとつ大きな違いは、男性の自殺率が高齢者で急増することです。

-男性の自殺は精神的なものですか?それとも「死の幇助(ほうじょ)」のケースが多いのですか?

【解説】死の幇助:自殺を手助けする行為。スイスでは1940年代より自殺ほう助 が認められている。末期がん患者、重度の身体・精神疾患者など不治の病で苦しむ者に対し、医師が致死量の麻酔薬を投与するケースが多い。

男性の自殺率は中年層と定年退職後で急増します。男性は自ら命を絶ちます。一方、女性の自殺率が増えるのは「死のほう助」の対象となる高齢者のみです。

-年配の夫婦でも離婚率が増えています。
年を重ねることは夫婦のあり方にどんな意味を持つのでしょう?

結婚30年以上の夫婦の離婚率はここ数十年で3倍になり、増加傾向にあります。昔は「死」によって夫婦間の多くの問題が解決されましたが、寿命が延びて状況が一変しました。女性は男性に経済的に依存していたがためだけに結婚状態を維持したものですが、そうせざるを得ない女性が減っています。それに価値観も変わり、ひとりひとりの幸せが一番大切とされています。

-先生の研究によると、熟年離婚者や未亡人女性の96%は新しいパートナーと一緒の家に住みたがらないそうですね。
われら男性陣との生活がトラウマになっているのでしょうか?

いえいえ。でも、女性は若い頃に男性よりずっと多くの妥協を強いられてきました。長い間、家を切り盛りし、育児をメインで担当し、それが終わったと思ったら孫の世話、さらには親の介護に夫の面倒…。それらが終わってやっと見つけた自由を奪われたくないのでしょう。

- 先生は、「年の重ね方には生き様がでる。自らの運命の手綱をしっかり握りしめなさい」とおっしゃっています。もう少しご説明いただけますか?

年の重ね方は人生の早い段階で決まります。「優れた教育」と「高い自己効力感」は、長い人生を健やかに生きる上で大切な条件です。なにかをやり遂げられるという感覚は人生の早い段階で得られ、個人の強い責任感と密に関連しています。100歳代の人々を対象とした研究でも、この二つの要素が医学的なものよりはるかに大事だと分かりました。

スイスの状況は良好で「高齢の民主化」と呼んでいます。ほとんどの人が医療を受けられ、十分な経済力を持っていますから。でも結局のところ、いかに年を重ねるかは自分次第です。高齢であろうと、自分で物事を運べるようになれます。遅かろうと何もしないよりましです!

- 最後まで自己最適化(*)すべきと?

*自己最適化:自らを最も価値ある資産とみなし、一番自分らしいかたちで成功し、美しく、幸福に、健康で生きようとすること。

人生最後のタスクは、自らの生き様を肯定し、自分自身を受け入れられるようになることです。経験してきた数々の過ちに折り合いをつけ、責任を負うのです。そう、人生の最後の最後まで続きます。でもうまくいけば、とてもすてきな終焉になりますよ。

Translated from German to English by Holly Bickerton
Courtesy of Surprise / INSP.ngo


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