2019年夏に愛知県で行われた国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」では、表現の自由・不自由をめぐる脅迫騒ぎや補助金交付中止が大きな話題となった。しかしそれらの混乱から新たなプロジェクトが生まれるなどの動きも見られ、結果としてこの芸術祭史上最高の入場者数を記録、アート表現にまつわる議論も盛り上がった。混乱や怒りはアートを生むエネルギーとなり、アートを求める土壌にもなる。

財政危機に見舞われたギリシャの10年

10年前、ギリシャは財政破綻に揺れ、混乱のさなかにあった。しかし首都アテネは、この10年でぼろぼろの廃虚状態から立ち上がり、今や文化の先端を行くおしゃれな街に生まれ変わっているのをご存知だろうか。この街の社会変革を促したアート分野について、スイスのストリート誌『Surprise』が現地で取材した。

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アテネの中心地・悪評高いオモニア広場のグラフィティ Sometimes only praying helps.
photo by Myrto Papadopoulous


ギリシャは、近年の欧州経済危機をもっとも強く感じられる場所だ。金融システムの崩壊を受けて多くの国民がこぞって国外に脱出*1。これまでの政治議論は成り立たなくなり、さらに緊縮経済や世界的な移民政策が日常生活に衝撃を与え、国としてのビジョンが失われてしまった。

*1 経済危機の大きな影響の一つが若者の国外脱出。2016年度だけで25-29才の2万人、20-24才の1万4千人が国を去り、これは2010年以前の約2倍。(2016年当時のギリシャ人口は1061万人)

昨今、中欧の国々では難民入国者の数が過去最低を記録しているが、ギリシャは難民の「中継地点」から「行き着く先」となっている*2。国内の失業率*3 は依然ユーロ圏で最高水準ながら、難民にも仕事の機会を与えるなど、さまざまな「融合」施策がとられている。

*2 中東、南アジア・中央アジアからの難民にとって、かつてはヨーロッパへの入り口の国だったギリシャだが、今日では5万人超(ギリシャの人口は約1100万)の難民が最終的に滞在することとなる国になっている。https://www.rescue.org/country/greece
*3 2019年8月で16.7%、15-24歳の若年層の失業率は33.1%。


国の激変を支えたのは市民社会の盛り上がり

こうしたことがそこそこうまく機能しているのは、「市民社会」の盛り上がりによるところが大きい。例えば語学レッスン(ギリシャ語や英語)の提供やスープキッチン(炊き出し)の運営といった実用的な対策が、市民たちの手で提供されてきたのだ。

そして首都アテネでは、怒りをアートで表現するムーブメントも盛り上がった。長年、古代史ファンには人気の街だったが、数々の危機を経て姿を変えつつあるのだ。現状を激しく非難し、これまでとは違う、より人間らしい未来を主張。依然続く警察による残虐行為*5、民営化プログラム*6 ならびにEU体制に対する抵抗の中心的存在に。そして西洋アートシーンを牽引し始めているのだ。

*5 ギリシャでは警察による残虐行為が社会問題となっている。https://www.refworld.org/pdfid/4ff53e842.pdf
*6 国際的な金融支援を受ける上で、国有企業の民営化がすすめられてきた


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古代遺跡アクロポリス:社会変化が起きても変わらないものもある
photo by Myrto Papadopoulous



「アテネは今、ヨーロッパで最もおもしろい街の一つです」と熱く語るのはアダム・スジーマジック。2017年、現代美術の大型グループ展Documenta14*4 でアートディレクターを務めた人物だ。国が ”非常事態”にあったからこそ、世界レベルのアイデアや政治をあらためて考える最適な場所とされたのだ。「アテネから学ぶ(Learning from Athens)」をテーマに、危機から変化を起こせるのか、急速に変化する社会においてアイデンティティはどうなるのか、そのことがアートにもたらすものを問いかけた。

*4 1955年から5年毎に行われている現代美術の大型イベント。14回目となるDocumenta14は独カッセルに加え、アテネが共同開催地に選ばれたことで話題となった。両開催地で合計120万人を超える動員数を記録した。
https://www.documenta.de/en/

全面イメチェンを遂げた「社会的な実験室」アテネ

「アテネは新たなベルリン(Athens is the new Berlin)*7」が新キャッチフレーズとなっている。「Instagramを見ていると、まさにそうですよね」と言うのは、2007年から開催されているアテネ・アートビエンナーレの共同創設者でアーティストのPoka-Yio(自称のニックネーム)。 *7 ベルリンでは「壁」の崩壊を受けて空き家が急増。生活費安も魅力となってクリエイターたちが押し寄せ、おかげでクリエイティブシーンが発展した背景がある。

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アテネ・ビエンナーレ2018にて、日本人アーティスト・サエボーグのインスタレーション作品「Pigpen」photo by Myrto Papadopoulous


「アテネは今や世界的に“通用する”街になりました」と、アテネの変貌ぶりを「完全なるイメチェン」と表現する。「私たちはアテネを現代アートの世界地図に載せたかったんです」
アートは“反体制的なもの”と捉えられがちだが、アートと体制(既成権力)を別物と考えることこそがアートビジネスの最大の過ち、と彼は考えている。ビエンナーレのチームメンバーたちも、ギリシャが直面した危機から欧州全般に通用する学びが得られたと感じている。「アテネは社会の実験室みたいなもの」とPoka-Yioは言う。


ドイツ発の「Documenta14」と地元発の「アテネ・アートビエンナーレ」ではアートの視点が微妙に異なり、共同制作などが実現に至らなかったことも。だがそんな中にあっても、アテネのアーティストたちは自分たちの芸術を貫いた。

「移民やホームレスの人々が増えるなかで、私たちアーティストは非公式のソーシャルワーカーのような存在になったんです」とPoka-Yioは表現する。

「そしたら自治体までもが、こうした自由な取り組みを誇らしげに語るようになって」。おかげで、難民救済事業に使われるはずだった資金の一部がアート事業にも回るようになった。「アーティストが危機や大災難を救う騎士になったのです」とも。

国としての「危機」は公には終わったのかもしれないが、ギリシャ国民のそれはまだ終わっていない、と述べた。


By Yvonne Kunz
Translated from German by Catherine Castling
Courtesy of Surprise / INSP.ngo
All photos by Myrto Papadopoulous


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