福島県内の農家8人が、福島第一原発事故に伴う農地の原状回復(放射性物質の除去)を求めて東京電力を訴えた民事裁判「農地回復訴訟」の、地裁差し戻し判決が2019年10月、福島地裁で言い渡された。




差し戻し審、農家の訴え退け

 原告の農家8人は福島県の中央部にある大玉村などで米作りなど農業を営んでいたが、原発事故後、農地が放射性物質で汚染される被害を受けた。「汚染物質の管理は排出者である東京電力に責任があり、農地の原状回復の責任を負うのは当然」などとして除染や客土(汚染されていない土を入れること)などを求めて14年に提訴。1審は敗訴、2審の仙台高裁は汚染の事実と認め、客土を一般的な除染工法であると認め、審理を福島地裁に差し戻す一部勝訴となった。

 10月の地裁差し戻し判決は、原告の農家の訴えを退け、「土壌に付着した事故由来放射性物質のみを土壌から分離して除去することは、現時点の技術では事実上不可能」で、「本件原子力発電所から放出されたものであるとしても、被告(=東京電力)が支配しているとは認められず、客観的には本件各土地と完全に同化」しているとした。その上で、除染や客土作業は「原告自ら又は業者に委託して行うことが可能」で、それらの費用は「原子力損害の賠償に関する法律等に基づき、請求する余地もあり得る」として、この裁判以外での救済の可能性を指摘した。逆転敗訴した原告農家は、判決を不服として控訴した。

6代続く農家、20 haの農地が汚染された
米は半値に、直販の解約も相次ぐ

 土作りから始めて何十年もかけて豊かな農地を作り上げた農家が受けた、農地の放射能汚染という被害。原告の一人、鈴木博之さん(大玉村、69歳)に話を聞いた。

 鈴木さんは江戸時代・天保年間から続く大玉村の農家の6代目。県内の農業高校を卒業すると農家を継いだ。今から35年ほど前、30代の時、福島県でも2番目となる農業生産法人を設立。米農家が高齢化し、米の専業農家が減るなかで、約20 haの田んぼでの米栽培と約1千俵の収穫、販売、加工業を続け、おいしくて身体にいいコシヒカリづくりに汗を流した。新しい品種の栽培を始めようと準備をしていた矢先、原発事故が起きた。「消費者が生産者に文句を言える関係」を大切にしていた直販先のお客さんからも解約が相次ぎ、魚沼産コシヒカリと同じ値段だった米は、3・11後に半値となった。

 農地から米への放射性セシウムの移行は抑えられているが、農家が作業する農地はまだ汚染されたままで、被曝の影響や売り上げ低下などの被害・損害という問題が未解決のまま残る。裁判では、その問題を訴えている。裁判を傍聴してきた林衛富山大学准教授は「神通川流域のイタイイタイ病被害地域では40年かけて客土した。汚染そのものが被害であり、汚染してはいけないことを社会で共有する意義がある裁判だ」と話す。

 鈴木さんたちの農業生産法人の事務所には、情報開示請求などで取り寄せた書類や、かき集めた判例資料が大学の研究室のようにびっしりと並ぶ。「裁判では、『自分が被害者だ』ということを被害者自身が証明しないといけない。被災者だ、被災地だってことを自分で納得して証明するわけだけど、それが一番苦しいね。被告は原告に証明させればいいだけだから楽だよ」。裁判には時間がかかることも理解している。自分たちが死んでも、家族が引き継いで裁判を続ける覚悟だ。

「俺ね、『がんばろう、福島』っていうのが、大っ嫌い。お題目のように8年経っても『がんばろう、福島』って繰り返している。これ以上、どうがんばるの? ここに住んでるっていうだけで、もう十分がんばっているのに」。控訴審は今年、仙台で始まる予定だ。

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刈り取りが終わった水田の前に立つ、福島県大玉村の農家・鈴木博之さん


「この土は農家だけでなく、この土からできたものを食べるお客さんのものでもある。高裁では、なぜ農地を元に戻してほしいと農家が思っているか、農家らしい言葉で伝えたい」。鈴木さんは、刈り取りが終わった田んぼを見渡しながら、固く誓うように言葉を続けた。

(写真と文 藍原寛子)


あいはら・ひろこ
福島県福島市生まれ。ジャーナリスト。被災地の現状の取材を中心に、国内外のニュース報道・取材・リサーチ・翻訳・編集などを行う。


*2020年1月15日発売の『ビッグイシュー日本版』375号より「被災地から」を転載しました。
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