ホームレス問題やビッグイシューの活動への理解を深めるため、教育機関や各種団体を対象に出張講義を行っているビッグイシュー。コロナ禍においては場をオンラインに移して講義を継続している。今回は龍谷大学社会学部で専任講師を務める川中大輔さんの依頼により、販売者のMさんとビッグイシュー日本の販売サポートスタッフの吉田が、大阪事務所と瀬田キャンパスの教室を「Zoom」でつなぎ1時間30分のオンライン講義を行った。その様子をレポートする。

01_講義風景
左から販売者のMさん、ビッグイシュー基金スタッフの吉田、龍谷大学の学生たち

“ホームレス”は「社会的状態」 誰もが異なる背景を持つ

講義冒頭、「ホームレスの人たちってどんな人だと思いますか?」と学生たちに問いかけた吉田。教室で周囲の学生とそれぞれが抱いた印象を共有してもらった後、吉田はスーツに身を包むマーク・レイ氏の写真や様々に異なる背景を持つ販売者の事例を交え、固定観念に揺さぶりをかけた。そして、「ホームレス」とは、(「家を持っている」「賃貸」と同様に)「家がないという状態」を表す言葉だと説明を続けた。

02_マーク・レイ氏
ニューヨークの路上で生活する俳優でファッション写真家のマーク・レイ氏

販売者は「街角本屋の店長」 前向きに生きるための支援の形

同様の「状態」をあらわす言葉にどのようなものがあるかを考える学生参加のワークショップや、一度ホームレス状態になってしまうとそこから抜け出すのが困難な「社会構造の仕組み」について解説したのち、ビッグイシューの具体的な取り組みについて紹介。創刊の経緯や販売の仕組み、困窮下でも働ける仕事の大切さを訴えた。

ホームレス状態での就労に立ちはだかる壁

また、雑誌販売以外の支援活動として、吉田はビッグイシュー基金の取り組みに言及。ビッグイシュー基金では生活自立支援や就業サポート、各種政策提案に加え、ホームレス状態の者に必要な情報を届けるための『路上脱出・生活SOS ガイド』の作成と配布などを行っている。スポーツや文化活動といった前向きに人生を楽しむための活動の応援を含む幅広い支援の形についても触れ、販売者のMさんへとバトンが渡された。

借金から家族と離れ…水だけを飲んで過ごした野宿生活

阪急塚口駅と武庫之荘駅で販売を行うMさんは大阪府の出身。多人数の末っ子として生まれ母子家庭で育った。物静かな性格だったと少年時代を振り返るMさんは、苦手な数学が原因で学校から遠ざかるようになっていく。中学卒業後は兄の紹介で電気工事士の見習いに就くも、職場でのハラスメントに悩まされ1年半で辞職。飲食関係のアルバイトをしながら実家で過ごしていた。


そんな中、ふとした拍子に借りてしまった闇金の利息が数百万円に膨れ上がってしまう。実家にも取り立てが来るようになり、やむなく東京への夜逃げを決意するMさん。新宿で手配師に声をかけられ建築現場で働き始めたものの、現場にあり付けるかはその日次第。収入のない期間が続き手持ちの資金も底を尽きかけた頃、初めての野宿を経験することに。

初の野宿から1週間、水だけを飲み持ちこたえていた窮状を察した知人から宿舎付きの仕事を紹介され、久しぶりの食事にありつくことができた。「米と味噌汁と漬物。あまりの美味しさに食べ過ぎた」とMさんは回想する。

08_松永さん野宿場所
Mさんが初の野宿を経験した高架下

それから約8年が過ぎ、日雇いの給料支払いが滞るようになっていたため、退職を検討していたMさん。先の生活を考え実家に連絡を入れるも、膨れ上がった借金を代わりに返済した兄からは「帰って来るな」と告げられ、行く当ても無く大阪市西成区へと向かう。前職での給料未払い問題もあって不信感が尾を引いてしまい、新たな就職先を見つけられずにいた。そんな折、ビッグイシューにたどり着いた。

販売の際は丁寧な言葉遣いに努め、ヒゲを剃るなど清潔感のある身だしなみも心がけていると話すMさん。吉田に今後の目標を尋ねられると、現在飲食業界での就活に励んでいる最中であり、無事に職に就けたら販売から卒業したいと答えた。最後にMさんから学生たちに向けメッセージは?と向けられると、「衝動的に物事を決めた結果、後悔することが多かった。深呼吸して冷静な判断を。悩みを抱えていたら友人や先生にも相談して」と語った。

学生との質疑応答 困窮者にどう情報を届ける?

最後に、学生たちが実際のビッグイシュー誌を手に取り、気になった記事の内容と感想を互いに紹介し合うワークを行った後、質疑応答の時間が設けられた。

09_質疑応答
学生の質問に答えるMさんと吉田

「販売者の“街角本屋の店長”という見立てには“ホームレスではない”という意味が込められているのか?」という学生の質問に対し、吉田が「受け身で販売に“行かされる”のと自らの選択に基づいて働くのでは仕事へのモチベーションが変わってくるため、個人事業主という形を重視している」と答えると、Mさんが「個人の裁量で働けるのはとてもよい」と付け加えた。

また、「販売者はホームレス状態でどのようにしてビッグイシューの情報を知るのか。発信する側のアプローチは?」という質問も寄せられた。Mさんは自身の実体験から「野宿生活中に図書館で『路上脱出・生活SOS ガイド』を目にし、ビッグイシューの存在を知った。最初に販売する10冊は無料で提供されると書かれていたので、それなら負担なく始められると思い事務所を訪ねた」と話す。続けて吉田が「『路上脱出・生活SOS ガイド』は図書館やネットカフェなどに配布している他、夜回りや炊き出しで直接手渡す機会も多い。ウェブ上でも閲覧できるようになっており、“ホームレス”などと検索した際に上位に表示されるよう発信の工夫を行っている」と述べたところで講義終了の時間を迎えた。

「悩みは抱え込まずに相談して」 学生に届いた販売者のメッセージ

講義後のアンケートによると、受講した学生のうち半数以上が今回ビッグイシューを初めて知ったと回答。3分の2が「ホームレスの人たちへのイメージが変わった」と答えた。

「これまではネガティブなイメージが強かったが、それぞれに異なる理由があることを学んだ」「今までは働きたくない人がホームレスになるのだと思っていたが、外的要因が強いのだと分かった」などのコメントから、講義によりホームレス問題への理解が一段と深まったように見受けられる。

また、「一番印象に残ったことは?」との問いに「感情に任せて物事を決める前に誰かに相談する」と販売者のMさんの言葉を挙げた学生も見られた。自身の半生を通して呼びかけたMさんのメッセージも、しっかりと学生の胸に届いていたようだ。

文:小田嶋悠太
サムネイル画像:パンダの中のパンダさん /photo-ac




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ビッグイシューでは、学校その他の団体に向けてこのような講義を提供しています。
日本の貧困問題、社会的排除の問題や包摂の必要性、社会的企業について、セルフヘルプについて、若者の自己肯定感について、ホームレス問題についてなど、様々なテーマに合わせてアレンジが可能です。オンライン講義も可能です。

 

小学生には45分、中・高校生には50分、大学生には90分講義、またはシリーズでの講義や各種ワークショップなども可能です。ご興味のある方はぜひビッグイシュー日本またはビッグイシュー基金までお問い合わせください。
https://www.bigissue.jp/how_to_support/program/seminner/ 



参考:灘中学への出張講義「ホームレス問題の裏側にあること-自己責任論と格差社会/ビッグイシュー日本」



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ビッグイシューについて

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ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。

ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊450円の雑誌を売ると半分以上の230円が彼らの収入となります。