2020年のノーベル平和賞に輝いたのは、世界各地で食糧支援を行っている国連機関、WFP(国連世界食糧計画)だった。しかし、環境保全・農業の生物多様性の専門家であるエミール・フリソンは「まだまだやるべきことがある」との思いでいる。具体的には、農業生産のあり方を見直す、消費者と生産者のより深い関係性を確立する、社会経済的な諸要素に包括的に取り組むなどだ。持続可能なフードシステム*1に関する国際専門家パネル(IPES-Food)のメンバーも務めるエミールにIPS(Inter Press Service)が取材した。

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WFPのヘリ(2010) JordiStock/iStockphoto

パンデミックに直面している今、WFPのノーベル平和賞受賞は「(飢餓への)取り組みを強化する大きな力になる」と述べる一方、「しかし、短期的な解決策だけではダメなのです」とフリソンは語る。「WFPはこの(コロナの)危機的状況に対処しており、それはもちろん大事なことですが、“持続可能”で“強靭”な食糧生産システムの確立に向けた長期的な対策にまで十分に目が向いているわけではありません。有事の際に長期的に物を見にくくなるのはよくあることですが」

*1 食糧品の生産から流通・消費までの一連の領域・産業の相互関係を一つの体系として捉える概念。

ー パンデミック前の時点で、世界のリーダーや地方自治体は飢餓の問題にどのような準備を整えておくべきだったのでしょう?

エミール・フリソン:世界レベルで見れば、すべての人が食べていけるだけの食糧はすでに生産されており、もしかしたらそれ以上かもしれません。飢餓というのは、供給量ではなく“食糧を手に入れる方法”、食品の質、社会における不公平が問題なのです。こうした点に取り組まないと、飢餓ならびに貧困問題への長期的な策を見出すことはできません。

ー 農業システムの強靭性や持続可能性を高めるべく、「農業における生物多様性(agricultural biodiversity)に重点的に取り組まれていますね。それにはどんな役割があるのですか?

現在のフードシステムは、過去50年にわたり、ごく一部の主要産物ーー米、小麦、トウモロコシといった穀物ーーにばかり焦点があてられ、研究分野でもこれらにばかり注目が向けられてきました。確かにこれらはカロリーを提供する食品ですが、カロリーさえあれば健康になれる、栄養があるというわけでもありません。

農業における生物多様性が重要なのは、主要産物にはほとんど含まれないさまざまな微量元素*2やミネラル、ビタミンなども提供できるようになるからです。排出物質が減り、土壌や植物中の炭素貯留も促進されるので、気候危機への対策にもなります。環境的な視点からも、より持続可能なシステムといえます。

*2 ヒトの身体は全て元素から成り立っており、多量元素(酸素、炭素、水素、窒素、カリウム、ナトリウムなど)と微量元素(亜鉛、銅、クロム、セレン、マンガン、モリブデン、コバルト、ヨウ素)に大別される。後者は身体の重量の0.02%と微量しか存在しないが、体内で大きな働きをしている。

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南アフリカのカカマスにある灌漑農場 Credit:Patrick Burnett/IPS

ここ50年ほどは、かつてはあった豊かな多様性を犠牲にし、主要産物の生産にばかり重点を置いてきた。そんな“超特化型”農業の流れを変えるには、「農業の生物多様性」がとても大事な要素となります。この視点は、飢餓との闘いを計画する際に見落とされてきました。

ーなぜ開発計画で取り入れられてこなかったのでしょう?

教育システム全体が、自然の仕組みを理解するよりも、生産に望ましい人工環境を作り出すことに焦点をあててきたからです。いわゆる“近代の農業”は、植物に栄養を与える土壌ではなく、植物だけのための環境づくりに励んできたきらいがあります。

化学肥料を投入すれば、植物に直接作用しますが、土壌には強いダメージを与えてしまっており、植物に栄養を送ることのできない不活性基質の土壌を作り出しています。だから常にもっと肥料をやらなければ、となるのです。

Image by Erich Westendarp from Pixabay
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作物の均質性を確保するため、単一栽培(monoculture)が標準となっています。すると病虫害もどんどん増えるため、より多くの農薬が必要となってくる。とても長期的に持続可能な環境とはいえません。大量の農薬や肥料を使っている地域では、生産性の低下も見られます。これはあってはならないことですから、今一度、農業のパラダイムを抜本的に見直す必要があります。

多様性のある強靭な環境下であれば、ある作物が害虫を引き寄せたとしても、その隣の作物は別の害虫を引き寄せます。そのため、(害虫同士が牽制し合い)単一・高密度の害虫環境が発生しません。単一栽培を大規模に行っている環境下とはそこが違うのです。

Image by rostichep from Pixabay
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「多様性」を主軸に、生産システム全体を見直す。“自然と闘う”のではなく“自然を再現する環境をつくり出す”という発想を持つべきです。

自然の森の中では、豊かな自然システムを機能させるのに肥料を使う必要はありません。われわれは生態環境から学ばねばなりません。われわれが推進する「アグロエコロジー」というアプローチでは、この原理を応用し、“農業を通じて自然を機能させる”と考えます。

文化的伝統や習慣にとどまらず、一定の原則を用いて生産システム全体を本格的に見直すのです。さらに、より公平性を実現する、政策で農家を支援するといった社会的側面にも目を向けます。研究施設で開発された技術が農家らが抱える実際の問題に答えられていないことも多いので、農家参加型の研究や共同イノベーションを起こしていく必要があります。

ー 新型コロナウイルスによるパンデミックは、この問題にどう影響していますか?

すでにたくさんの教訓があります。過去数十年で構築されてきた“長い”バリューチェーン*3においては、商品の分業化がすすみ、それがグローバルなフードシステムの基礎となってきました。しかしコロナ禍では、この仕組みが弱さを露呈しました。食糧の大部分を輸入に依存している国々では特にです。

*3 製品の製造や販売、それを支える開発や労務管理など、すべての活動を価値の連鎖として捉える考え方。

消費者に近いところでさまざまな生産システムが稼働し、生産者と消費者のあいだに直接的なつながりがある地域では、フードシステムははるかに強靭でした。オンライン購入システムなど、農家が消費者と直接連絡を取り合う新たなつながりが世界中で生まれています。バリューチェーンを短くする、生産を多様化させる等、より強靭なフードシステムを構築するにはどんな選択肢があるのかをコロナ禍が教えてくれています。

ー世界平和に向けた取り組みにおいて、「持続可能なフードシステム」はどんな役割を果たすのでしょうか?

この10年で目にしてきたように、飢餓が発生している地域では数多くの衝突や対立が起きています。大勢の人々が移住を余儀なくされたケースもあります。ごく一部の大企業が力を持ち、供給量ならびにほとんどの食糧の購入・生産条件をコントロールし、生産者にまともな収入が支払われない農業モデルは、長期的に存続できるやり方ではありません。

Image by zefe wu from Pixabay
Image by zefe wu from Pixabay

現行とは異なる農業モデルを導入し、フードシステムに多様性を取り戻す。自然や生態学からの学びを応用すべきです。土壌がどう機能するのか、土壌内の小さな宇宙(マイクロコズム)がいかに大切な役割を果たしているかを教えてくれているのですから。

アグロエコロジーに基づくシステムでは、世界中の人々が量的にも質的にも今よりはるかに良い食生活を送れることが実証されています。この方向性で進むべきとの認識をもっともっと広めていかなければなりません。

自分たちの製品を売り続けたい、現システムを維持したいとの既得権があり、アグロエコロジーの導入やより持続可能な生産システムの推進に反対する動きもあるでしょう。しかし、これは今すぐ取り組むべき課題で、全世界の人が責任を負っています。とりわけこの問題に着目している市民社会団体は、政策決定者たちの議論の場に持ち込むよう働きかけていただきたいです。

Courtesy of Inter Press Service / INSP.ngo

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