オンラインイベント<【緊急配信】BIG ISSUE LIVE「オリンピック期間に、誰も取り残さないために」>に、武石晶子さん(世界の医療団日本 プロジェクト・コーディネーター)、稲葉剛(一般社団法人つくろい東京ファンド代表理事でNPO法人ビッグイシュー基金の共同代表)が登壇。
東京都への「東京五輪・パラ五輪期間にかかる住居喪失者支援の緊急要望書」の提出に参加した二人に、提出に至った経緯やその内容、オリンピック直前の困窮者支援の状況について話を聞いた。
司会進行:佐野未来(有限会社ビッグイシュー日本 東京事務所長)
この記事は、2021年7月17日にYouTubeで開催されたイベント<【緊急配信】BIG ISSUE LIVE「オリンピック期間に、誰も取り残さないために」>を元に、再構成したものです。なお、情報はイベント時のものであり、今後変更となる場合があります。
主催:ビッグイシュー日本
目前に迫った東京五輪、一時宿泊場所さえ十分に確保できない状況で
新型コロナ感染症対策として、住居を失った人が東京都内の福祉事務所で生活保護申請を行なった場合には、東京都が事前に確認したホテルに約1ヶ月滞在することが2020年から可能となっている。またインターネットカフェや漫画喫茶などで寝泊まりしながら、非正規労働や日雇い労働をしている人、あるいは離職者に対しては、サポートセンター「TOKYOチャレンジネット」を通じて支援を受け、ビジネスホテルに一時宿泊することができる。また、一定の要件を満たせば、ホテルから一時住宅に入居することもできる。
しかし東京五輪・パラ五輪関連の宿泊需要が高まる中で、これまでのようにホテルの個室を利用することができなくなり、相部屋の宿泊施設などに誘導される可能性が出てきた。
五輪前、1回目の緊急要望書提出
こうした背景から、2021年7月7日、都内で困窮者支援を行なう11の団体・個人で「東京五輪・パラ五輪期間にかかる住居喪失者支援の緊急要望書」を東京都に提出。これは住居を失った困窮者が宿泊場所を確保できない事態に、緊急に対応策を都に求める要請である。<要望 1>では、
「東京五輪・パラ五輪に際して、ホテルなど宿泊場所の確保が難しくなった場合でも、住居を失った人(生活保護申請者や、TOKYOチャレンジネットを通じてホテルを利用している人)が引き続きビジネスホテルの個室に滞在することができるよう、都や自治体が対応すること、一定数の居室を確保することや宿泊費増額についての運用を各自治体で徹底させること」を求めている。
稲葉は要望を提出した経緯について、「2020年4月に、主にネットカフェで寝泊まりする人を対象にした、ホテルの個室提供が始まった。その後、生活保護申請者に対しては、都内の10区ほどでホテルの個室を利用した支援が運用できていた。しかし2021年7月初旬から、都内の各区で生活保護を申請した人が「ホテルの利用は7月22日まで」と福祉事務所に言われるケースが出てきた。五輪の影響で部屋数の確保が難しいとの情報があり、緊急に申し入れを行いました」と語る。
「世界的なイベントなんだから一時的に相部屋くらい我慢しろ」という考えの人もいるかもしれない。こういう考えに対し稲葉は「生活困窮者の中には精神疾患や知的障害がある人も多く、相部屋での集団生活になじめずに路上生活に戻る人も多い。コロナ禍で(相部屋となる)宿泊所での生活は、よりリスクが高まってきています」と、個室での宿泊支援、居住支援の重要性を指摘した。
五輪の背景で、繰り返し何度も排除される生活困窮者
次に<要望 2>は、 「都の各関係部局が、路上生活者や住居を失った人に対して、本人の同意なく荷物などの強制的な撤去や追い出しを行わないように対応すること」を求めるもの。五輪のような巨大イベントが行われる世界の都市においては、ホームレス状態の人や低所得者層が排除される事象が繰り返されてきた。
(左)東京五輪聖火リレーに際し、路上生活者のテントに貼られた警告の貼り紙。
(右)シドニー五輪ではホームレス状態の人を排除しないという宣言が出された。
稲葉は定期的な夜回りをする中で見えてきた、各地区での無言の圧力や路上生活者に対する排除について、 「大手町のガード下では、以前はダンボールハウスがありましたが、今は新たに立て看板が立てられ、ライト2つで煌々と照らしています。ここに野宿できないようにしているわけです」 「表向きは夜でも安心して歩ける公園になったように見えるかもしれませんが、野宿がしにくいようにライトアップされている。警察を動員して排除するのではなく、静かに排除する状況が生まれているのです」と動きを伝えた。
大手町のガード下。ここには以前ダンボールハウスがあった。
住民票がなくてもワクチン接種を受けられるように求める
<要望 3>「住居を失った人について、ワクチン接種希望者は住民票がなくても接種を受けることができるよう図ること。東京都としての具体的な実施モデルを示し、支援体制を築くこと」を求めた。
稲葉は、「4月30日、厚労省からは住民票がない人にもワクチン接種ができるように通達があったが、自治体によってバラツキが出ている、都として関与すべきことなので要望を出した」と経緯を説明した。
ワクチン接種に関する、生活困窮者へのアンケート調査
武石さんは豊島区池袋で行なった、新型コロナワクチン接種に関する生活困窮者への聞き取り調査について説明。 「池袋ではコロナ禍になるまでは平均180人くらいが炊き出しに並んでいたが、今年になり350人くらいに増えています。ワクチン接種券は住民票に発送されますが炊き出しに並ぶ一定数の人は受け取れないのではと考え、困窮者のワクチン接種の実態について調べ、当事者の声を行政に伝えるべく、アンケート調査に取組みました」・新型コロナワクチン接種に関する聞き取りアンケート結果(PDF)
(今年の5月に並んでいた約380人のうち、314人が回答)
「ワクチンを受けたい、と回答したのは全体の約60%。受けたいと答えた人の中で接種券を受け取れない、もしくは分からないと答えた人は約30%います。
ワクチンを受けたくない、わからない・考え中の人について、それぞれ半数以上が、副反応がこわい、保険証もないし後遺症が心配といった不安を訴える回答となっており、ワクチンに関する情報の不足が不安感につながっている。
またワクチン接種希望者で、接種券を受け取れない人が54人いました。身分証を持っている人でも期限切れの場合もありました。身分証がない人でも受けられるよう行政に働きかけています」
困窮者を情報弱者にせず、奪われた権利と安全の保障を求めたい
武石さんはこうした現状を豊島区に伝え、6月から協議が始まった。懸案となるポイントを区に提案し、それらの改善に向けた取り組みが進んできている。「例えば、接種券を受け取れないという問題については、1 回目の接種会場にて接種券を発行し、 1 回目接種後、その場で 2 回目の予約をする。なるべくシンプルに2ステップくらいで接種できるように豊島区と相談しています。また専門家にアドバイスをいただき、ワクチンに関する情報をまとめた、やさしい日本語のチラシも制作・配布する予定です」
「また、アンケート結果から、接種券は受け取れるが電話やインターネットがなく予約ができないと回答した人が約50人もいました。すでに豊島区では、独自の取り組みとしてコミュニティソーシャルワーカーが予約のお手伝いをしています。そういった既存制度の周知をしていく、また炊き出し時に相談ブースを設置することも要望したところ、次回炊き出し会場に視察に来てくれることになりました。」
「住民票がない人でも、ワクチンを受ける権利があり、安定した住まいがないというだけで奪われた権利の回復や保障、当事者があきらめないためにも、こうした支援活動を進める必要があると思います」
武石さんは行政や他の団体と協働し、アイデアを出しながら問題解決に向かっていくことが重要だと強調した。
困窮者80人以上の一時宿泊場所退去を受け、7月16日さらなる要請を行う
7月12日、東京都が4度目の緊急事態宣言発出。同日、生活困窮者たちが一時宿泊場所であるホテルから退去させられた。【拡散希望】本日(7/12・月)東京都が住まいをなくされた方向けに提供してきたビジネスホテルから退去させられている方が出ている模様です。
— 稲葉剛 (@inabatsuyoshi) July 12, 2021
もし退去させられ、行き場のない方がおられましたら、新型コロナ災害緊急アクションの相談フォームより、ご連絡ください。https://t.co/lJG69ZYRmL pic.twitter.com/WwXZa7nwYV
稲葉によると、「TOKYOチャレンジネット」でホテルに一時滞在していた約120人は、緊急事態宣言が出た翌日の12日を期限に移動・退去を強いられた。また各区福祉事務所で生活保護を申請してホテルに一時滞在していた約50人も22日(五輪開会式前日)までに移動を強いられる可能性があった。
7/10㈯の医療相談を訪れた方の中に「持病があっても病院に行けない、滞在中のビジネスホテルを出なくてはならない 」という方がいらっしゃいました。住まいを失った方が滞在する都の緊急一時宿泊所を利用する一部の方に対し退去が求められており、その翌々日からの居場所、寝場所に困っておられました pic.twitter.com/4biX2JQR2q
— 世界の医療団 (@MDM_JP) July 14, 2021
武石さんも「7月10日の医療相談を訪れた人の中に『持病があっても病院に行けない、滞在中のビジネスホテルを出なくてはならない』という人がいました。住まいを失った人が滞在する都の緊急一時宿泊所を利用する一部の人に対し退去が求められており、その翌々日からの居場所、寝場所に困っておられました」と語る。
五輪前、2度目の緊急要請
こうした動きを受け、16日、再び東京都に緊急要請を行った。要請の概要は、
・生活保護の申請者が利用できるホテルの空室を確保し(「協議済みホテル※注1」を拡大し)関係部局との調整を図るように求める。となっている。
・「TOKYOチャレンジネット」でホテルに入居していて、7月12日に退去させられた人たちに対し、再度の一時宿泊場所(ビジネルホテル)利用が可能となるような、柔軟な運用とすることを要請する。
※注:協議済みホテル…困窮者受け入れ先のホテル代は、通常の住宅扶助費を上回るが、都が交渉し空きがあれば利用できるとして区や市に紹介しているホテルのこと。国と都が費用を負担し、区や市の負担はない(一時立て替え)。都内すべての区や市が、協議済みホテルを利用しているわけではない。
「住居喪失者の居所確保に関する緊急要請」(PDF)
参考:
・五輪開催で住まいを失った人々が、ホテルを追い出される? “路上生活者排除”も… 支援団体が危惧する「最悪の事態」「BuzzFeed」(2021年7月20日閲覧)
https://www.buzzfeed.com/jp/yutochiba/olympics-side-effect
・緊急事態宣言下で、ホテル退去を求められた120人。生活に困窮した時、受けられる支援には自治体間で大きな格差が…「BuzzFeed」(2021年7月20日閲覧)
https://www.buzzfeed.com/jp/yutochiba/tokyo-covid-19-hotel
・五輪直前、路上生活者も発生か…ホテルから一斉に追い出された120人の行方「弁護士ドットコムニュース」(2021年7月20日閲覧)
https://www.bengo4.com/c_18/n_13302/
2度の要請に対する東京都の回答と、最新の状況アップデート
16日、都の担当者からの説明があった。生活保護申請者は、一時宿泊場所として「協議済みホテル」を利用するが、部屋数は十分確保できており、区や市にも紹介できるとのこと。
また「チャレンジネット」からホテルを利用し、12日に退去させられた人たちについて、もう一度相談に来られた場合は柔軟に対応するとのこと。再度ホテルの利用が可能なので、もし支援団体に退去された人から連絡があれば案内しても問題ないとのこと。
都の対応策に一貫性がないために、十分な支援が届かない不安定さ
このように部屋が確保できたのは、無観客開催が決定したためという面もあるだろう。しかし都の方針や対応が二転三転するために再び路上生活に戻った人もいるのは確かだ。「都の担当者は生活保護申請者については部屋数が確保できた、と。7月22日に追い出されることは、とりあえずなくなった。チャレンジネット利用者120名のうち、約80名については公的な支援策につながらず、ホテルから出されてしまった。路上に戻った人もいるのではないか」(稲葉)
「池袋では、14日水曜日の夜回りをした時点で約15人がホテルから公園に戻ってきていたと聞いています」(武石さん)
「期限付きの一時宿泊とはいえ、緊急事態宣言初日の12日に追い出したのはどうなのか、と。出された約80人が、もう一度ホテルの利用を希望する場合、都は柔軟に対応すると言っているが、退去のタイミングには疑問が残る。」(稲葉)
コロナ禍=災害、困窮者=被災者と捉えなおすこと。
場当たり的な施策は混乱だけを招く
稲葉は「都が2020年春に、困窮者にホテルの提供を始めたのは全国的にも画期的な施策だったが、本来、一時的なホテル利用支援のあとは居宅・住宅支援をやるべきだった。
私たちがやっている、空きアパートを借り上げて困窮者に居宅してもらうという、これと同じことを行政にもしてもらいたい。コロナ禍を災害とし、困窮者を被災者と捉えるなら、住宅を直接提供すべきなんじゃないか、と」と指摘する。
また武石さんは「チャレンジネットを利用していた人たちは食事の提供がなかったので、滞在していたホテルから炊き出しに並んだ人もいた。毎週水曜の夜回りのときにも食品支援をした」と、住宅と生活の同時支援の必要性を訴えた。
最後に稲葉は、「民間での支え合いの活動はかなり広がっています。次は公助です。今日、中野区社会福祉協議会が主催した食料支援『フードパントリー』の会場内に生活相談ブースを設置し、生活保護に関するチラシを配布しました。そこに区の生活援護課の課長が出向いてくださって、初めて私たちの団体と一緒に、生活保護について相談者に説明するということがありました。困窮者が集まる支援現場に行政も参加する、このような動きが広がることに期待します」と、締めくくった。
※ハウジングファーストとは
路上生活者や住まいを失った人には第一の支援として住まいが提供され、その後に生活支援が行われるべきであるという考え方や支援のあり方を「ハウジングファースト」という。
武石さんは「世界の医療団」で7団体を中心としたハウジングファースト型のプロジェクト「ハウジングファースト東京プロジェクト」に携わっている。コロナ禍での感染症対策や精神疾患がある困窮者のための支援という観点から、個人の居室ありきの支援が注目されている。
・ハウジングファースト東京プロジェクト -「国際協力NGO 世界の医療団」
稲葉は現在「つくろい東京ファンド」で武石さんらとともに「ハウジングファースト東京プロジェクト」に携わっている。都内にも空き家が増えているが、コロナ禍において新たにアパートを借り上げて大幅に部屋数を増やし、個室シェルター(現在59室)による住宅支援を行っている。
記事作成協力:Y.T
「貧困パンデミック――寝ている『公助』を叩き起こす」稲葉 剛 Amazon.co.jp
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認定NPO法人ビッグイシュー基金 (@Big_Issue_7th) - Twitter
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**新型コロナウイルス感染症拡大に伴う緊急企画第6弾**
2021年6月4日(金)~2021年8月31日(火)まで受付。
販売者からの購入が難しい方は、ぜひご検討ください。
https://www.bigissue.jp/2021/06/19544/
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