2021年9月、厚生労働省は「子どもの頃に文化的体験活動などの経験をしていると、高校生の時に自尊感情や外向性、レジリエンスといった項目の得点が高くなる傾向が見られる」との18年にわたる調査結果を発表した。(令和2年度青少年の体験活動に関する調査研究結果報告より)しかし、親の収入や学歴、教育観によっては、子どもにそういった体験を提供できないケースも多々あるため、周囲の大人やコミュニティが体験活動をカバーする必要があるだろう。ブラジルの事例を紹介したい。


ブラジルの首都サンパウロ(サンタ・イフィジニア地区)にある「コンテナ劇場」は、11のコンテナを使って2016年に誕生した文化施設だ。文化プログラムだけでなく、地域の社会的支援も積極的に展開し、年間およそ7万5千人がその恩恵に預かっている。

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Photo by Victor Iemini

「このコミュニティにはパワーがみなぎっています」と話すマルコス・フェリペは、当施設の運営団体シア・ムングンザ・デ・テアトロ(以下、ムングンザ)のメンバーの1人だ。6人のアーティストとともに、自治体とのより効果的で緊密な関係づくりをミッションに掲げて、この空間を創りあげてきた。

“文化アクセスの民主化”を目指す当施設で開催されるプログラムのチケットは無料か、有料でも値段はかなり安くおさえられている。というのも、劇場から4ブロック先には、サンパウロで最も荒れたエリアとされ、「クラックランド」の異名を持つコカインの街が広がり、薬物依存者や路上生活者がたむろしている*1。そんな地域に誕生した新拠点だけに、挑戦の象徴とみられている。どんな土地であろうと、アスファルトから一輪の花を咲かせることができるのかーー。

*1 参照:Inside Crackland: the open-air drug market that São Paulo just can’t kick

コカインの街のそばでアート&社会支援をおこなう意義

コンテナ劇場のステージでは、ムングンザや他の団体が、演劇、講演会、屋外映画上映など、さまざまなアート・教育系イベントを提供している。この地域で生きる人々との関係性を描いた作品なども発表してきた。「文化活動は、ハームリダクション(薬物摂取により生じる健康・社会・経済上の悪影響を減少させること)につながります。観劇によって多くのことを感じとり、大げさかもしれませんが、人生を変えるきっかけになることも期待できます」とフェリペ。

さらにこの劇場は、医療や社会支援の分野でも大きな役割を果たしている。50人のスタッフで、1日約600人を支援している。2020年5〜11月の間で、衛生用品5000セット、炊き出しの食事20万食、持ち帰り用レトルト食品3000セット、を配布した。恩恵を受けているのはホームレスの人たちだけではない。地域住民たちにもここでの活動に関わってもらえるよう、プロジェクト単位でファシリテーターやスタッフとして関わってもらっている。他の地域から劇場を訪れる人たちも、地域住民を巻きこんだ活発な取り組みに、大きなインスピレーションを得られるだろう。

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Photo by Gustavo Luizon

「学校がある日は100人ほどの子どもたちが、ここをサッカー場や遊び場として使っています。マウア地区やプレステス・マイア通りなどにある不法占拠ビル*2に住んでいる貧しい子どもたちです。彼らの生活にどんなメリットがもたらされるのかを、時間をかけてしっかり見届けていきたいと思います」

*2 サンパウロでは、貧困層が老朽化した空きビルに不法入居する問題が深刻化している。
参照:Sao Paulo’s ‘Mauá occupation’ fights homelessness


自治体とのパートナーシップ協定により空き地を利用

コンテナ劇場が誕生した背景には、アーティストたちを長年悩ませてきたある問題がある。以前、サン・パウロ近郊のボン・レティロで倉庫を借りようとしたときに、彼らは自問自答したのだ。公共の文化活動のために、施設を借り、そこの家主に払うことにお金を使うのは正しいのか、それで我々は公共のために活動していると言えるのだろうかと。

そこで彼らは、市や国とのパートナーシップを築けるよう積極的に働きかけ、遊休地を約4年間使わせてもらえる契約にこぎつけた。いくつかの土地を見比べた結果、現在の土地を見つけ、思い描いていた計画を実行に移した。自前の人手や物資で建設した劇場は、その革新的デザインで、建築やビジュアルアート方面で高い評価を受けている。



おかげで賃貸料はかからない。運営資金は、さまざまなところから調達している。さらには、公的援助、民間企業との連携による税制優遇制度、社会的商業サービス(Social Commercial Service)部門とのパートナーシップ、さらには国際機関からの資金援助も受けている。

市はコンテナ劇場を「社会文化的スペース」と位置づけてムングンザと取り決めを交わしたわけだが、この契約が4年後も持続される法的保証はない。その時点でパートナーシップを継続するかどうかが、あらためて査定される。市側から返還を要求される可能性もある。

コロナ禍では、直接人が集まる活動こそ中断されたが、むしろこのような時期だからこそコミュニティにはこうした場が必要との思いから、劇場の扉を閉めることはしなかった。「国境なき医師団」による活動や、女性支援団体「テム・センチメント」が布マスクを生産し、路上で配布するなどした。オンラインでの取り組みも広げている。

運営団体ムングンザの活動はさまざまな方面で表彰されている。「これからも、アートおよび社会的な支援を続けていきます。そして、いま経験していることも演劇のかたちで発信し、独裁者による支配に徹底的に抵抗していきます」とフェリペ。「人生には良質な笑いが必要ですから!」

コンテナ劇場
公式サイト
https://www.ciamungunza.com.br/en/sobreconteiner

Instagram
https://www.instagram.com/teatrodeconteiner/

主催団体
シア・ムングンザ・デ・テアトロ
Instagram
https://www.instagram.com/ciamungunza/

By Paula Maria Prado
Translated from Portuguese by Telma McGeoch
Courtesy of OCAS / INSP.ngo

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