先日息子が受けていたオンライン授業で、教師はこう言った。「じっと座って、おしゃべりしないで、しっかり聞いてくださいね」。しかし、6歳の息子は、レゴを組み立てる、粘土をこねる、クレヨンでお絵かきする......常に何かしら手を動かしていたー。
こんな子どもは“集中できていない”というのかもしれないが、何かしら手を動かすことで脳が刺激され、目の前の課題に集中しやすくなるとの研究結果もある*1。

*1 多動性障害の子どもは、そわそわと他の動きをすること(fidget)によって集中度が上がるとされている。参照:How Fidgeting Promotes Focus

そう語るのは、2人の子を持つ母であり、テクノロジーを活用した学習について研究しているワシントン大学准教授のケイティ・ヘドリック・テイラーだ。現在のリモート学習のあり方は教師にとっても生徒にとっても非効率的だと考える彼女は、パソコン画面に向かって授業を受けると、からだの感覚で物事を理解するチャンスを逃してしまうと訴える。効率良く学習する上では、からだを動かし、いろんな道具を使い、共に学ぶ仲間がそばにいる感覚が不可欠であるとする『The Conversation』での主張を紹介しよう。

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からだを動かすと、学習を始めるうえで心がオープンになりやすい。
Petri Oeschger/Moment Collection via Getty Images

頭を使うときは、からだも動かすべき

一般的に、リモート学習では頭を使っていればからだを動かさなくてもよしとされているが、実際はその逆なのだ。身体化認知(思考や判断におけるからだの役割)に関する研究でも、学習に向けて心を開き、アクティブな状態にするには、からだを先に動かすべきと示されている。たとえば、いろんな道具や材料を用いて学習する生徒は、数学や科学の抽象的概念を理解しやすい。

じっと座ったまま学習させるやり方では、生徒はからだを静止させることに注力しながら、コンピューターの画面上に提示されるタスクに意識を集中しなければならず、認知の負荷、ないしは心の負担を重くする。心理学者のクリスティン・ランハンスとヘルマン・ミュラーは、数学の問題を解く人々を対象に研究を行い、「じっと座って学ぶことは、学校における学習方法として必ずしも最良の方法ではない」と結論づけている*2。

*2 参照:Effects of trying ‘not to move’ instruction on cortical load and concurrent cognitive performance(2018)

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YY&L/photo-ac


人間の思考は、その人を取り巻く世界の延長線上にある。使用するツール、共に学ぶ仲間、通学や通勤の形態など、それらすべてがからだに何らかの感覚をもたらし、過去の経験に基づいて、そうした感覚を頭の中で組み立て、理解する。

思考とは反復するもので、過去の体験からの学びをからだの中に蓄積し、それをもとに「今」という瞬間を感じ取っている。たとえば、子どもが道路を安全に渡るには練習が必要で、練習を重ねるうちに、からだが取り入れた情報を脳が整理し、道路を渡るのに適したタイミングを認識するようになる。

教える側にも学ぶ側にも「相手の動きが見える」が大切

ジェスチャーも、思考や学習を大いに助ける。手を動かす、首を振る、肩をすくめるといった動作は、話す側の思考の言語化に役立つだけでなく、聞く側が言葉のニュアンスをつかみやすくなる。

数学の問題を解く授業において、生徒たちは答えを言語化する前に、理解したことを身ぶり手ぶりで示していることが研究から分かった。教師が生徒のちょっとしたしぐさを見逃さず、読み取ることができれば、言語化、文章化されるのを待たずとも、教えた内容を理解していることを判断できる。

また、ジェスチャーを使うことで、抽象的な概念をよりわかりやすく説明することができるので、より効果的な指導ができる。このように、相手の全身を見ることができると、双方の理解が深まりやすい。リモート学習では、教師やクラスメイトの顔しか見えないことが多いため、理想とは正反対の状態といえる。

教師たちへのアドバイス

授業、特にオンライン授業では、以下のヒントを参考に「からだを動かす」を積極的に取り入れてもらいたい。

1.休憩時間だけでなく、授業中も「からだを動かす」という考えを持つ
(例)理科の調べ物に近所を歩きまわり、発見したことを授業内で発表させる。

2.アイテムを使う
授業を始めるにあたり、思考や作業を促すさまざまなアイテム(ノートや紙類、マジックやクレヨン類、粘土、ブロックなど)を用意し、いろんな道具をみんなで使って授業を進めるようにする。

3.積極的にジェスチャーを使う
オンライン授業なら、カメラをオンにして、少し後ろに下がり、教師の顔だけでなく、からだも映るよう心がける。

4.生徒が自分のからだと向き合う時間を設け、心の状態を探るきっかけをつくる。
例)深く息をする、胸に手を当てる、からだを動かす。

5.学習内容を反復する機会をつくる
状況設定、ならびに使用するツールや人を変え、さまざまなシチュエーションでからだを使って学習する。指導内容や目標はそのままで、生徒が誰とどのように関わるかだけを変化させる。
6.オンラインツールを工夫する
オンライン授業では、実際に相手が近くにいるように感じられるバーチャル空間を提供するビデオ会議システムを試してみる。
例)2020年よりサービス開始した「Ohyay」は、没入型の仮想空間を提供するプラットフォームだ。https://ohyay.co

7.積極的に教室を飛び出し、校内や学校近くで屋外授業をおこなう。
よく見知った場所に教師やクラスメートと訪れることで、新しい視点や考えを得ることができよう。
教師も親も、そして生徒自身も、授業に“集中している”とはどんな状態なのかについて、今一度、見直してみてはどうだろうか。歩く、走る、踊る......学習とは一見関係ないと思われる行為も、思考を深める上ではプラスに働くことも多い。からだを動かすと脳が活性化しやすいのであれば、授業は「座学」ではなく「動学」と呼ぶのがふさわしいのかもしれない。

著者

Katie Headrick Taylor
Associate Professor of Learning Sciences and Human Development, University of Washington

※本記事は『The Conversation』掲載記事(2021年8月26日)を著者の承諾のもとに翻訳・転載しています。


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