無意識の「こうあるべき」が、自分や他人を息苦しくしていないだろうか。
「“こうあるべき”から開放された人」を目の当たりにすると、自分や人々を縛っている存在を再認識するかもしれない。ダンスグループ「新人Hソケリッサ!」のパフォーマンスへの共感や応援が生まれる秘密を、ダンサーのアオキ裕キさんとソケリッサのメンバーが語った。
この記事は、2021年11月3日(水)に配信されたBIG ISSUE LIVE #8「ホームレスがなぜ踊るのか〜ソケリッサと考える文化・芸術〜」をもとに再構成したものです。ゲストはアオキ裕キさん、・ソケリッサメンバーの皆さん。司会はNPO法人ビッグイシュー基金の川上 翔
内面のすべてをさらけ出せる身体感覚と表現を求めて
アオキさんは、有名アーティストのバックダンサー・振付師として活躍。2001年に日本での活動を離れ、アメリカ・ニューヨークに留学した。その直後に目の当たりにしたのが、9・11同時多発テロ事件だった。赤く燃えさかり、崩れ落ちるビルを見て、「人間の苦しみや怒りそのものが砕けるような光景だった」とアオキさんは振り返る。分断する厳しい社会情勢の中で、アオキさんは「より内側にある表現」を求めた。
「自分には安心して寝られる家があり、それがあたかも当たり前であるかのように生活をする自分がいる。その身体で踊り、その表現で舞台に立つ。それでいいのだろうか?」そんな疑問が心に浮かんでいた2005年、帰国したアオキさんは新宿の人だかりのすぐ横で、人目を気にすることなくお尻を出して寝ているホームレスの男性を見かけた。
「お尻を出したまま、人目を気にせず寝られる感覚とはどういうものなのか。もしその身体感覚でのダンスはどんな表現になるのか」―アオキさんの関心は、生活に困窮し、家も仕事も失った路上生活者の、社会から切り離されたかに見える彼らの感覚へと向かっていった。
「街角のホームレスたち」が踊る、「ソケリッサ!」結成への道
アオキさんは、路上生活者と一緒に踊り、表現するために、勇気を出して、路上で寝ている人たちに直接声をかけてまわったが、その時はすべて断られた。考えた末にビッグイシュー東京事務所へ向かう。
「(ビッグイシュー日本 共同代表の)佐野さんに相談をもちかけたら、『街角のホームレスたち』が踊る、というアイデアを面白いと言ってくださいました。だけど、彼らを説得して実現することができるかどうかは、あなたにかかっている、と」
そこで、ビッグイシューの各販売場所にも足を運び、販売者などの交流会「月例サロン」にも参加した。販売者の前で、自分が思い描くパフォーマンスの内容を言葉でプレゼンし、一緒に踊るよう彼らを稽古に誘った。
「でも、自分の意図は伝わらず、誰も手を挙げませんでした。人前で踊ることは、彼らの日常とかけ離れすぎているように思われてしまったのです」と、アオキさんは語る。
そこで、ダンススタジオに販売者たちを招待し、大きなプレッシャーを感じる中、アオキさんは自らのダンスを披露した。
「当日は販売者さんが7人ぐらい見に来てくれて、その中から『やります』と、言ってくれた方がいました」
存在を形にしようとする、路上生活者たち
そこから稽古が始まった。「彼らと共に踊る中で、“リアルな、真に迫るもの”を感じました。ホームレス状態とは、一瞬一瞬生きることに向き合わざるを得ない状況。夜になれば、治安が悪いところでは襲撃される不安もあったはず。普通、ダンスはうまくなろうとか、“見せよう”という意識で稽古しますけど、彼らは全然違います。存在そのものをかたちにしようという意識を感じます」と、アオキさんは言う。
彼らが生きてきた、そのすべてを映し出すかのような動き。
アオキさんは表現者として、彼らが持つ根底の強さを心からリスペクトした。
そしてアオキさんの帰国から1年半が経った2007年、「ソケリッサ!」は新宿シアターブラッツでの旗揚げ公演を成功させる。
以来「ソケリッサ!」には、これまでに40名以上が参加し、現在はアオキさんと6名のメンバーが活動している。
横浜・日本丸メモリアルパークで。「ランドマーク、大建造物の前で人間がちょこちょこ動く、そんなイメージの公演です」(アオキさん)
言葉をイメージとして、それぞれの自由な解釈を組み合わせる
未経験者が圧倒的に多いメンバーたちとアオキさんは、どのように「ソケリッサ!」のダンスを作っているのだろうか。「以前は一般的な振付を提供するスタイルで活動をしていましたが、メンバーにはかたちとしての表現を提供するのではありません。内側から生み出された結果、かたちとなる、というのが理想です」
「私からの言葉のイメージをヒントに、まずはメンバーの解釈で動いてもらいます。そこでメンバーが必死に考え抜いて、かたちにしようとする。それらの断片をつないで、音楽を乗せて、さらに組み立てていく、そのようなスタイルで作っています」
ダンス経験者でビッグイシュー販売者の西さんは、誘われて見学した稽古でメンバーの堂々としたダンスに驚いたという。
「コンテンポラリーダンスを踊ったことはありませんでした。でもジャンルの違いよりも、メンバーが自信を持って踊っていることに、とてつもなくショックを受けたんです。ここで踊っている人を全員応援したいような気持ちになり、メンバーとして加入しました」と、西さんは話す。
アオキさんも、これまで経験したことのない観客の反応があると言う。
「お客さんの視線の行き先が、自分ではなく、メンバーのほうに釘付けになっている。それは、彼らの踊っている光景が珍しいという理由だけではないのです」
初公演から15年の節目となる2022年に向け、新たなツアーへ
「できないことをやらなくていい、動きが思いつかなかったら動かなくてもいい。すべて捨てきった身体に観客は惹きつけられる」と、アオキさんは断言する。過去にも現在にも引きずられることなく、悔いなく生きようとする表現が、見ている人たちの心に訴えかけ続けるのだ。
ソケリッサ!は来年、初公演から15周年を迎える。記念となる年を前に、2021年秋、東京・横浜で路上ライブツアーがスタートした。
ツアーの費用150万円を募るクラウドファンディングは無事目標を達成、ソケリッサ!を長年に渡り、支え、応援してくれる人たちがいる理由は、メンバーが自らの人生すべてをさらけ出し、自由にあるがままに踊り、生きようする姿に、鼓舞されるからかもしれない。
写真提供:岡本千尋
記事作成協力: Y. T
・新人Hソケリッサ!
https://sokerissa.net
・クラウドファンディング「踊る、路上の身体、2021新人Hソケリッサ!横浜東京路上ダンスツアープロジェクト」
出演者プロフィール ・アオキ裕キ(あおき・ゆうき)
振付家。タレントのバックダンサー業などを経て「日々生きることに向き合わざる得ない体」を求め2005年より路上生活経験者を集めダンスグループ「新人Hソケリッサ!」を開始。2017年〜2018年には、東京近郊の屋外全13カ所に渡るパフォーマンス「日々荒野」ツアーを開催。ブラジル、リオ五輪プログラム、セレブラ「With one voice」等参加。 2004年NEXTREAM21最優秀賞受賞、コニカミノルタソーシャルデザインアワード2016グランプリ受賞。
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「新人Hソケリッサ!」
ダンサーのアオキ裕キさんが、ダンス未経験の路上生活経験者に呼びかけて結成したダンスチーム。2007年の旗揚げ公演以来、国内外で公演やイベント出演、路上パフォーマンスを行っている。メンバーのほとんどは路上生活者や路上生活経験者であり、ビッグイシューの販売者も含まれる。2020年、「コンテンポラリーダンスを踊るホームレス」を描いたドキュメンタリー映画、『ダンシングホームレス』が公開された。
認定NPO法人ビッグイシュー基金では、ホームレス状態の方の自立へ向け、当事者が主体として行うスポーツ・文化・芸術活動を支援する活動を行っております。「新人Hソケリッサ!」の活動も応援しています。
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ビッグイシューについて
ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。
ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊450円の雑誌を売ると半分以上の230円が彼らの収入となります。