カトリック教のお祈りと瞑想のアプリ「Hallow」のダウンロード数が100万回を超え、5千200万ドル超の投資を調達したという。Hallowを創業したのは、ミレニアル世代の敬虔なカトリック教徒たち*1。マインドフルネス系アプリでは宗教的なニーズに応えられていないと感じ、独自のアプリ開発を進めたという。祈りのさまざまな方法、気持ちを鼓舞する講話、精神修養ガイド、ユーザーが設定した祈りの時間を知らせる通知機能などを提供している。
*1 共同創業者3人の写真。参照:Catholic prayer, meditation app Hallow sees spike in popularity
精神性を高め、祈りの目標設定やトラッキングが可能とされている「お祈りアプリ」
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南カリフォルニア大学ドーンサイフ芸術文学科学カレッジのカトリック研究所代表で神父でもあるドリアン・ルウェリンが、アプリによる祈りの行為と従来の信仰コミュニティのあり方について分析した記事を紹介しよう。
キリスト教と古今のテクノロジー
筆者は、正しい祈りの習慣が身につくよう手助けする大切さを重々心得ている。しかし、キリスト教の精神性を研究し、信者を導く立場としては、「お祈りアプリ」にできることには限界があると考える。キリスト教は、グーテンベルクが発明した活版印刷によって宗教改革をまたたく間に広めたように、はるか昔から情報通信技術を積極的に取り入れ、教義を広めることに尽力してきた。現在、カトリック信者向けのメディアとしては、ケーブルテレビチャンネル「エターナル・ワード・テレビジョン・ネットワーク*2」を始めとして、ニュース、ラジオ番組、ライブ配信サービス、インターネットでの宗教教育などがあり、世界中でおよそ2億5000万人以上の視聴者がいるとみられている。
*2 Eternal Word Television Network
しかし近年、米国では宗教コミュニティに属する人の数は減少傾向にある*3。「どの宗教にも属さない」と回答する人は若年層に多く、今や米国の人口の約4分の1を占める。とはいえ、これら無宗教の人であっても、宗教的な帰属感は求めるようで、「お祈りアプリ」はそうした人たちにウケているのかもしれない。
*3 参照:In U.S., Decline of Christianity Continues at Rapid Pace
とはいえ、テクノロジーで育める信仰コミュニティとはどんなものかをよく考える必要がある。今や生活の至るところに浸透するテクノロジーが、人々の考え方や人との関わり方をかたちづくっている。情報にアクセスすればするほど、人の集中力の持続時間は低下すると指摘した研究もある*4。
人々のあまりのデジタル機器依存を見るにつけ、神父としては、せめて復活祭前の期間くらいはSNSを断ち、精神の自由を取り戻すよう説くこともある。祈りとは、思考と感情のあり方が問われる行為なので、テクノロジー依存がもたらす精神への影響も考えねばならない。
*4 筆者が紹介する書籍(邦訳):『ネット・バカ:インターネットがわたしたちの脳にしていること』
人々が集まって祈りを捧げることの意義
「共同体としてのアイデンティティ形成」は、イスラム教や仏教をはじめとして多くの宗教で古くから行われてきた。キリスト教でもそのルーツであるユダヤ教に「共同体への連帯感」が深く根ざした考え方として存在し、「人々が集まって祈りを捧げる」ことを、その信仰とアイデンティティの中核としてきた。大勢の人がひとつの場所に集まって、共に祈る――この、時間がかかる不便さと選択肢のなさこそが精神的な豊かさをもたらすと考えられてきた。お祈りアプリには、こうした身を捧げる感覚はないだろう。
多くの宗教で、祈りは共同体アイデンティティの一部を成す行為と位置づけられている
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カトリックの教えでは、「祈り」とは心の平穏や喜びを見つけることやストレスを減らすことではない(副次的にそういう効果が得られることはあるが)。祈りを深めるとは、ときに退屈し、気が散り、挫折も味わう、時間のかかるプロセスだ。祈りの中で未知の心境に達し、戸惑いを覚えることもある。そんな時は神父として、祈りの中で成長すると、他人によりやさしくなれ、利他の心に向かうものだと伝えている。
健全な精神を育むには、祈りの豊富な経験を持つ者からの導きが必要と、キリスト教に限らず多くの宗教が説いている。修道院では「スピリチュアル・ファーザー(霊的な父)」が祈りの師だ。カトリックでは霊的指導者(神父または聖職位を授けられていない信徒)」が人々の祈りを聞き、祈りと日常生活を結びつける手助けをする。伝統ある霊的指導が導きを与えることもあるが、祈りというものは人それぞれ違うものだ。最高精度のアルゴリズムをもってしても、人の精神に十分に寄り添うのは難しいのではないだろうか。
お祈りアプリの「真の成功」
Hallowのページには、アプリ愛用者たちからの絶賛コメントが数多く寄せられている。「お祈りアプリ」の真の成功は、ダウンロード数だけで測れるものではないだろう。イエス・キリストは、善意の結果に目を向けよと説いている。アプリ利用者がより忍耐強く、謙虚で、公正な精神を育み、貧しい人々に寄り添えるようになるなら、それが「真の成功」だろう。アプリではそこまで到達しえないと思えるなら、リアルな信仰共同体への参加は今後も欠かせないだろう。アプリ「Hallow」公式ページ
https://hallow.com
著者
Dorian Llywelyn
President, Institute for Advanced Catholic Studies, USC Dornsife College of Letters, Arts and Sciences
※本記事は『The Conversation』掲載記事(2021年11月24日)を著者の承諾のもとに翻訳・転載しています。
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