ダグニー・カールソンは1912年生まれ。タイタニックが沈んだ年だ。スウェーデンのクリシャンスタード市にて、金物屋のビクトール・エリクソンと妻のシグリッド・エリクソンの間に、5人きょうだいの長女として生まれた。17歳の時に父親が他界したため、シャツ工場の裁縫師として働かなければならなかった。教師を志望していたダグニー、勉強をあきらめなければならなかったことを今でも悔やんでいる。

100歳でブログを始めた理由

スウェーデン東部の都市ソルナにある高齢者施設での金曜の昼下がり。グレーのひじ掛け椅子に腰かけたダグニーは、皆の注目を集めてニコニコ微笑みながら、「ブログを始めて一番よかったことは、多くの人に自分を知ってもらえたこと。気にかけてもらえると、張り合いが出ますからね!」と話す。 自分の人生をユーモラスに綴ったブログ記事でスウェーデンの人々の心をつかんだのは、ダグニーが100歳の時だ。ブログのアクセス数は、この記事の執筆時点で532万を超えている。

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Photos by Per Englund

彼女のモットーが2013年の投稿にまとめられている。
私は高齢になった今でも、いろんなことに持論がある、しぶとい人間。
年寄りらしさなんてどうでもいい。そんなの、ちっともおもしろそうじゃない。
とにかく、できるかぎり長い間楽しむことが大切。
そう考えると、人生はまさに生涯の学び舎です。
何かを極めるなんて一生できないし、どんな明日が待っているか想像つかないからこそワクワクする。

ブログをきっかけに、ドキュメンタリー番組『ダグニー:100歳から始まる人生』が製作され、映画『100歳の華麗なる冒険』への出演、ラジオのホスト役、講演会と大活躍だ。

60年来の親友と

この日は、ダグニーの60年来の親友カースティン・トルビスト(89歳)も一緒だった。パーティにダンスに旅行にと、いろんな体験を楽しんできた仲だ。「彼女は本当に楽しい人で、一緒にいると若返る気分!」とダグニーが大声で笑う。「ほんとうにいろんなことを一緒にやってきたね。この友情について本が一冊書けるくらい!」

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1960年、ドイツでキャンプをしたダグニーとカースティン。Photos by Per Englund

ダグニーのパソコン好きは、カースティンの強い勧めがきっかけだった。昔、一緒にドイツ語と英語を勉強したことがある2人、今度はITスキルをつけようとダグニーが99才の時に講座に通うことにしたのだ。2004年に最愛の夫ハリ―をがんで亡くし、悲しみに暮れていたダグニ―の気分転換になればとの思いもあったようだ。

ダグニーの結婚

ダグニーはハリ―との前に1度結婚している。元夫について「本当にどうしようもない人でした」と評する。「彼と結婚したのは、まわりの友達がみんな結婚してしまったから。“残りもの”の私には、彼しかいなかった」と笑う。嫉妬深く、常に監視し、思い通りにならないとダグニーをクローゼットに閉じ込めるような男だった。

もう我慢できないと思ったダグニーは、夫から逃げ出すことを考えた。貯蓄もしていたし、手に職もあったのが後押しとなった。ある日曜日、夫がサッカーの審判の仕事で外出している間に、ダグニーは荷物をまとめ、シャンデリアと花の絵画を持って家を出た。その絵は今もダグニーの部屋の壁にかけられている。友人たちのサポートもあって逃げ切れた。37歳で、ダグニーの新たな人生が始まった。

その少し前にダンスホールで出会っていたハリ―とデートを重ね、ごく親しい人を証人とする民事婚で指輪を交換した。今でもその結婚指輪をはめている。その後、夫婦は50年間連れ添い、金婚式も祝った。ベッド脇のテーブルには、結婚式のモノクロ写真が飾られている。ダグニーは大好きなヒナギクのブーケを持ち、ハリーの胸ポケットにも一本飾られ、2人とも満面の笑みだ。

「とにかく楽しい人だった」とダニ―は顔をほころばせる。「大工仕事も得意で、郊外にコテージを建ててくれて、夏はそこで泳いだり釣りをしたものです」

「私には大家族がいる」

友情は本当に大切、ダグニ―とカースティンがそう痛感したのは伴侶を亡くしたときだった。「とても寂しいです」と2年前に夫を亡くしたカースティンは言う。悲しみと暗闇の中で、二人の友情はさらにかけがえのないものになった。「何があっても、いつもそばで支え合っています。楽しいときだけじゃなく、つらい時もね」

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Photos by Per Englund

お互いの家族や友人とも多くの時間を過ごしてきた。しかし、今も存命の人は多くない。「109歳にもなると、知り合いのほとんどはもうこの世にいません」とダグニー。妹に3人の子どもがいるが、ダグニー自身に子どもはいない。ダグニーはカースティンの息子ベント、彼の子どものステファンとサラ、ひ孫のイサベルとも親しく、洗礼から結婚式までいろんな場に出席している。「自分の子ではないけれど、私には大家族がいます」とニコッと笑う。

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左からハリ―、ダグニ―、カースティンの夫。ブルガリアのサニービーチのホテルにて。Photos by Per Englund

二人の長く続いている友情の秘訣は、どちらもが好奇心旺盛な性格にあると言う。常にお互いに関心を寄せてきた2人は、これまで一度も大きなケンカをしたことがなく、トラブルとも無縁だ。思いがけない事態が起きた時も、いつも冒険的スピリットで乗り切ってきた。道に迷ったときでも、ダグニーは「道に迷うのって大好き!」というノリなのだ。

昔と今

インタビューやブログの中で、今ほど“良くなかった”昔の事情について語っている。失業者支援も健康保険もなく、誰もが学校へ通えるわけではなかった。祝日の制度が始まったのは1938年のこと。第二次世界大戦中には、自宅からわずか2キロの場所で英軍の爆撃機が墜落、7人の英国人が死んだ。食料の配給や真冬の凍てつく寒さもよく覚えている。

でも今よりも良かったのは、地域とのつながりだ。今の人たちは自分のことばかり考えていて、その姿勢は地球の扱い方にもつながっていると指摘する。「今は自己中心的になりやすく、思いやりを持つのが難しくなってるわね。この先が心配」と悲しげに語る。

長きにわたる友情の物語を聞かせてもらっていると、楽しいことだけでなく、孤独についても話題に上った。「孤独は恐ろしい」と声を震わせるダグニー。「そんなときは、日がな横になって天井を見つめ、楽しかった頃を思うようにしています」。外に出て、社会や文化とかかわりを持つのが大切だと口を揃える二人は、昔よく通ったオペラについてなど思い出話に花を咲かせている。

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Photos by Per Englund

109歳の誕生日会の2日後に自宅で転倒

2021年5月8日に109歳を迎えたダグニー。自宅アパートで、家族と友人たちに囲まれてケーキを食べてお祝いした。翌日のブログには、家族と友人と集まれた喜びと、深夜近くに帰宅したらスウェーデン王妃から誕生日カードが届いていたことが綴られている。

近所のスーパーからも、ダグニーの似顔絵を描いた伝統的な焼き菓子マサリーンが贈られた。たくさん届いたカードは大切に保管し、さみしいときに見返すつもり、そして今後もブログを続ける/活動的でいる/“高齢者”になりきらないようにする、と綴った。

誕生日会の2日後、カースティンがふとダグニーの家を訪ねてみようと思いついた。しかし、ベルを鳴らしても返事がない。「いつもなら、すぐにドアを開けてくれるのに。ポストのすき間から叫んだら、『起き上がれない』とダグニーの声が聞こえたので、すぐに在宅看護サービスを呼びました」とカースティン。すぐにスタッフが駆けつけてドアを開けると、ダウニーが救援ボタンに手が届かない状態で倒れていた。すぐに救急車が来て、ダウニーは病院に運ばれた。

以来、ダグニーは自宅アパートに戻れていない。70年代にハリーと住み始めたアパートだ。4LDKの自宅から、27平方メートルの施設の部屋へ。大きな環境の変化だが、一人で暮らすのは大変だし寂しすぎたから、これがベストな選択だったとダグニーは感じている。

109歳の心境

ほどなくして、新聞にこんな見出しが躍った。「ダグニー・カールソン、自宅アパートをがん財団に寄付」「介護施設に入居したダグニーから100万クローネ(約1300万円)の贈り物」。がんセンターへの寄付は長年の願いだった、とダグニーは言う。「私の夫はがんで亡くなりましたから」と目に涙をためる。病気を患うのは怖いが、死は恐れていないとも。「みんな、いつかは死ぬのですから」とうなずき、「決して望んでいるわけではないけれどね」と言った。

ここまで健康でやってこれたのは、親ゆずりの頑丈さに加え、よく歩くことと、長年飲み続けているミルクのおかげと考えている。日々の生活で感じられる愛情や友情があるからこそ、心身を強く保ててきたとも。もちろん、すべてが昔と同じなわけではない。聴力が衰えたダグニーに話しかけるには、耳元で大声を出すか、補聴器のマイクに向けて話さなければならない。

110歳を迎えられたら催しを開きたいと思っている。とはいえ、年を重ねることに晴れやかな気持ちなわけではない。「いいことなんて何もないよ!」と笑い、「でも年は取るもの。思い出とか、かき集めれば良いこともあるけれど」と言った。

このストレートな物言いとユーモアこそが、ダグニーのブログが読者を惹きつける理由だろう。多くの経験と知恵が詰まっている。ダグニーより78歳年下の筆者の心に響いたのは、「大切な人に優しくしなさい」「しっかり働きなさい」「いつも何かに取り組みなさい」という言葉だ。「ダラダラしない!」と叱咤してくれる。

2021年5月に転倒してからは、本人に代わって、友人でコンピューター講師のエレナ・ストレムが、ダグニーの109歳の日常を更新していたが、秋の終わり頃になって、ダグニーはブログ執筆を再開した。先はそう長くないが、まだ夢もあるとほほ笑む。「今の望みは外に出掛けて、何か新しい経験をしてみたい!白夜を見たいんです」

カフェで朝食、ネイルサロン、スタジオで写真撮影

月曜の朝、ゲッタガタン通りを行き交いながら、ベーカリーショップに目をやった人々が思わず二度見する。窓際の席で海老サンドをほおばっているのがダグニー・カールソンだからだ。数日前にそんなお出掛けがしたいと言ったので、こうして実現させた。でも、パンはかみ切れず、マヨネーズも多すぎた。大きいグラスのミルクを注文し、ゴクゴク飲んだ。

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Photos by Per Englund

爪には淡いピンクのマニキュア。先週、友人のインゲラ・ワリンがネイルサロンに連れて行ってくれたのだ。インゲラは今日は運転手を務めている。

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インゲラからすると、ダグニ―・カールソンは「生きた歴史書」だ。一緒に出掛けると、ダグニ―は建物から教会まで何でも知っている。「私はいつでも好奇心旺盛。でないと、何も見つけられない」とダグニ―。Photos by Per Englund

インゲラがアクセルを踏み込む。ダグニーは車を飛ばすのが好きなのだ。向かう先は写真家が待つスタジオ。建物の入り口に、生徒たちの集団がいた。車を降りたダグニーは歩行器につかまり、生徒たちに笑いかける。インゲラが「109歳のブロガーです!」と紹介すると、子どもたちは拍手喝采した。 落書きだらけの外壁が印象的なスタジオで、ダグニーと60年来の親友カースティンの撮影が行われた。カースティンがダグニーに腕をまわし、「さあ、こっちよ」とほほ笑んだ。

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ダグニ―と写真家の犬。「犬はとても忠実よね。この子もやりやすいわね」。ダグニ―自身はできることならダックスフンドを飼いたいと思ってる。Photos by Per Englund

By Sandra Pandevski
Translated from Swedish via Translators Without Borders
Courtesy of Faktum / International Network of Street Papers

【オンライン編集部追記】
2022年3月24日、ダグニ―は109歳で他界されました。


映画『100歳の華麗なる冒険』予告編



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