国際ストリートペーパーネットワーク(INSP)に属するストリートペーパー事業の中には、発行にかかる印刷費用の高騰に直面している団体が出てきている。北マケドニア共和国(バルカン半島南部に位置し、人口約208万人)のストリートペーパー『Lice v Lice』のプロジェクトマネージャー兼編集長マヤ・ラバンスカにINSPが話を聞いた。
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『Lice v Lice』の表紙

INSP: 雑誌発行にかかる費用が高騰し、運営に負担がかかっていると聞きました。具体的にどんな影響が出ているのですか?

マヤ・ラバンスカ:コロナ禍でさまざまな課題にぶち当たりました。外出禁止令に始まり、販売者の意欲喪失や引退、他の街で雑誌を卸してくれている団体との連携、活動のデジタル化にかかる追加資金、(コロナ禍でのオペレーションにかかる)スタッフや販売者のトレーニング、オンライン販売の開始など……。ストリートペーパー事業としてこれまで求められてきたことをはるかに上回る質と量の対応が必要でした。

でも、「ヤマは越えた」と思えたので、事業開始10周年(2022年)のお祝いを計画し始めました。そんな矢先、印刷所から値上げの連絡を受けたんです。今では、2020年よりも印刷費が30%も割高になっています。

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zefart/iStockphoto(写真はイメージです)

北マケドニアには、発行部数の大きな紙媒体を印刷できる印刷所自体が限られているので、そもそも選択肢が限られています。長年私たちとよい関係を築いてきた印刷所からは、ウクライナでの戦争の影響で紙の流通が縮小し、価格が上昇していると聞きました。

ー 価格高騰の理由は何ですか? われわれが最近目の当たりにしている生活費全般の上昇のあおりでしょうか? それともウクライナでの戦争が影響し、生産ラインが混乱しているのでしょうか?

印刷所からは、パンデミックでデジタル化が加速したおかげで、紙メディアがかつてないほどのリスクにさらされていると聞いています。もちろん、ウクライナでの戦争も市場に多くの問題をもたらしています。紙メディアの流通自体が少ないこの国では、紙の供給も限られています。これらすべてが印刷業界、ひいては私たちのような雑誌事業に大きな打撃となっています。

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マヤ・ラバンスカ

――この状況を乗り越えるため、どんな対策を打っていますか?

どんな危機にもチャンスはあると言われます。しかし、問題は印刷費だけではありません。パンデミックにより世界的にデジタル化が加速し、消費者の習慣は大きく変わりました。そして、ソーシャルメディアが私たちの暮らしや広告ビジネスにおいて新しい役割を担っています。

これまで一つの収益源ととらえてきた広告市場が注目しているのは、デジタルチャンネル、デジタルメディア、デジタルなコミュニケーションです。これは、ストリートペーパー事業にとってきわめて重大な点です。販売者たちのデジタルスキルはとても低いのが現状ですが…。

そこで、新たな読者を獲得すべく、新規のアプローチにリソースを注ぎ込んできました。オンラインプラットフォームを導入し、雑誌のサブスクリプション(定期購読)を申し込めるようにし、販売者がアフィリエイト(紹介が成約につながると成果報酬が手に入る)で収入を得られるオンラインショップも開設しました。これにともない、さまざまなトレーニングも実施しました。

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『Lice v Lice』のオンラインショップ

これらは最適なソリューションに思えました。しかし「うまくいくかも!」という当初の期待もむなしく、しばらくすると路上での販売もデジタルでの販売も落ち込みました。販売者がお客さまから聞いた声としては、「この号はデジタル版で買ったんだよね」「デジタル版で定期購読してるから」と紙版の購入につながらないのです。そこで、新商品として弊誌オリジナルのグリーティングカード「Good Cards」の販売も始めました。


紙の雑誌は隔月発行だったのを3カ月に1回のペースに変更し、ページ数も減らしています。より安価な紙を使うべきか、雑誌の体裁を変えるべきか、さらなる新商品を打ち出すべきか、検討を進めているところです。また、スタッフのリストラもせざるを得ませんでした。

ー 『Lice v Lice』の販売価格の引き上げは検討していますか?

雑誌の販売価格はまだそのままです。国内各地の販売サポーターに相談しましたが、販売価格の引き上げは販売者たちは喜ばないだろうとのことです。販売者や読者にしわ寄せがいきますからね。なので、値上げについては慎重に進め、他のオプションを検討しているところです。

ー パンデミックにより、ストリートペーパー事業のコンセプトや、デジタル時代における事業のあり方を見直す機会となり、各誌ともに、いろいろ工夫して事業を継続させています。

デジタル化の波が大きな打撃となっていますから、紙メディア全般が課題を抱えています。ミレニアル世代やZ世代の若者は、もはや紙の媒体で情報を得ようとしません。私の祖母も、朝コーヒーを飲みながらSNSをチェックしていますからね。INSPのメンバーであることの重要性がより増していると感じています。ほかのストリートペーパーの経験から学べますし、ストリートペーパー事業全般として有効なソリューションを見つけやすくなりますから。

ー 同じような問題に直面している他のストリートペーパーに、何か助言はありますか?

助言ではないかもしれませんが、INSPメンバーとして共同でソリューションを議論すべきだと思います。地域や社会の特性によって具体的な企画は違ってくるかもしれませんが、ネットワークとして解決に近づきやすくなると思います。ホームレスの自立支援というミッションを継続させるため、デジタル移行が進む読者のニーズに合ったやり方を提供していく必要がありますからね。

ー この問題について、INSPの他のストリートペーパーから学びたいことはありますか?

事業モデルの本質を損なうことなく紙の雑誌からデジタル版への移行をすすめる方法、そして、その事業転換を、社会的にも経済的にも大きな負担を負っている社会にどう伝えていけばいいのか、そのあたりの方法を学んでいきたいです。

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ー 紙メディアのあり方を議論するにあたっては、環境へのインパクトの観点も考慮すべきですよね?

 私たちはリサイクルペーパーを使っていますが、それだけでは十分な対応とはいえません。その分、環境問題に関する記事を取り上げ、内容でカバーしていければと思っています。

『Lice v Lice』
https://licevlice.mk

編集部補足:ビッグイシュー日本は?

『ビッグイシュ―日本版』にもコロナ禍・オンライン化の波は押し寄せている。TwitterやFacebookでの情報発信以外に行っている主な取り組みは下記の通り。

▼通信販売

『ビッグイシュ―日本版』も、外出自粛などによる販売数の低迷を受けて、『コロナ緊急3カ月通信販売』を2020年4月から開始。3か月分6冊の雑誌を前払いで購入いただき、売上に応じて毎月1~2万円を(主に雑誌販売で自活している)販売者に配布。
2022年6月8日(水)からは第10次「コロナ緊急3ヵ月通信販売」の参加者を募集する。
https://www.bigissue.jp/2022/06/23648/

▼事業の多角化「夜のパン屋さん」
人気のパン屋で腕によりをかけてつくられパンたちが、残ってしまいそうなときにお預かりして夜に販売することで、食品ロスを減らし、買う人にとっては日替わりで様々なパン屋さんの味が楽しめるお店を2020年より始めている。
https://www.bigissue.jp/2020/10/16443/

▼ポストカード&トートバック販売

ビッグイシュー表紙のイラストをポストカードにして販売者が路上販売を行っている。5枚1組、700円。1セット売れると350円が販売者の収入になる。(通信販売もあり)
https://www.bigissue.jp/shop/postcard/

『ビッグイシュー・トートバッグ with フェアトレード』の販売も行っている。通信販売の場合は、販売者が小商い(小さな仕事)として発送作業を担当する。
https://www.bigissue.jp/2021/11/21368/

▼YouTube動画の配信
コロナ禍になってからは、YouTubeでの動画配信にも挑戦している。
動画イベントの企画・運営、動画編集のインターンを募集中。
ビッグイシュー・チャンネル
インターン募集概要(大阪事務所)

▼オンライン・サポーター制度
ビッグイシューの認知度を広めるために海外の翻訳記事やイベントレポート記事を中心にこの『ビッグイシュ―・オンライン』に掲載。月額500円から翻訳費用のカンパを募集している。
https://bigissue-online.jp/archives/onlinesupporter.html

By Tony Inglis
Courtesy of the International Network of Street Papers




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ビッグイシュー・オンラインでは、提携している国際ストリートペーパーや『The Conversation』の記事を翻訳してお伝えしています。より多くの良質の記事を翻訳して皆さんにお伝えしたく、月々500円からの「オンラインサポーター」を募集しています。

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ビッグイシューについて

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ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。

ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊450円の雑誌を売ると半分以上の230円が彼らの収入となります。