ポップミュージシャン、そして小説家としても活躍するノルウェー出身のジェニー・ヴァルに、『ビッグイシュー・オーストラリア』がインタビューした。彼女が放つ魔法、コロナ禍で感じたこと、そして音楽が持つ感情をゆさぶる力とは――。
2022年3月11日に発表した8枚目のアルバム『クラシック・オブジェクツ(Classic Objects) 』は、簡潔な詩ながら、心がなごむリラックス感のある作品で、まさにアーティスト本人のようだ。ミュージシャン、小説家、パフォーマーと幅広い分野で評価されてきた彼女をよく知る人なら――音楽から詩へ、詩から音楽へと高める能力は類まれなるものだ――“平凡である”ことを語る彼女に驚かされるかもしれない。
インタビューが始まってまもなく、ヴァルはロックダウン中に目にした奇妙な事象に触れた。「ノルウェーの子どもたちはこぞって虹の絵を描き、“EVERYTHING WILL BE FINE(何もかもうまくいく)”と書いていました」と語り、「あちこちの窓に貼られたそんな絵を見て、少し怖くなったんです。“何もかもうまくいく”、私にはとてもそんな風には思えませんでした。ソーシャルディスタンスが求められる中で、皆が口にしていたメッセージだったのでしょうが、どうも共感できませんでした」
Credit: Jenny Berger Myhre
ヴァルのこれまでの作品は、シンセサイザーを駆使した「うたもの」が中心だったが、今回のアルバムはもっとなめらかかつ有機的な仕上がりだ。フルバンド編成で、コンガ(打楽器)のリズムとゆったりとしたキーボードに乗ってボーカルが漂う。その独特で穏やかなリズムは、オルダス・ハーディン(ニュージーランド出身、90年生まれのシンガーソングライター)の不思議な世界観を彷彿とさせる。豊かな音楽的才能を兼ね備える彼女だが、このアルバムづくりは1冊の本の原稿書きとして始まったという。「ある日、これはアーティスト活動としてではなく、自分の平常心を保つためにやっていると気づいたんです。コロナ禍で心がまいってしまわないように書いているんだって」
だが、このアルバムは決してコロナ禍をテーマとしたわけではない。むしろ、コロナ禍で自身を見つめ直したこと、ありふれた日々の生活、孤独感にまつわる自身のストーリーに主眼を置いている、とヴァルは語る。「私は音楽を聴く側にまわったときでも、パンデミックが頭から離れることはありません。なので、楽曲づくりをする上でも、特にパンデミックについて書こうと意識したわけではなく、自分の中に自然に湧き起こるものを落とし込んだだけです」
ヴァルの生い立ち、学生としてメルボルンで暮らしていた頃に客のいない飲み屋で演奏したこと、不発に終わったアート作品など、幅広い“瞬間”を取り上げている。「シンプルなストーリーを語りたかった」と言う。率直に語られる歌詞は、その優雅な音楽でしっかり補完されている。 例えば、「Jupiter」は、ポール・サイモン(サイモン&ガーファンクルの元メンバー)の崇高さを思わせる落ち着きのある曲調だが、クライマックスでは何度も“just so lonely”と繰り返す。2018年にヒットしたミツキ・ミヤワキ(NYを拠点に活躍する日系アメリカ人のシンガーソングライター)の暗鬱なディスコ音楽「Nobody」の2022年バージョンにも思えてくる。だが曲はシンプルなカタルシス(心理的浄化)では終わらず、電気信号のような持続音へと変わり、さらに1分ほど自然界の音が続き、消えていく。
イージーリスニング系の音楽表現とは対照的に思えるこの楽曲では、ポピュラー音楽のような影響を及ぼしたかったと語る。「ポピュラー音楽的なコーラスを考えるのが楽しかった。何か具体的なことを伝えようとするのではなく、聴く人にただ何かを感じ、心の浮遊感をもたらしたい。そのためにコーラスがある。何か違うことを味わってもらうには、やり方を変えないと」
Jupiter
ヴァルは現実的な人だが、音楽には人の感情を揺さぶる力があると確信している。彼女の作品ではおなじみのキーワード「魔法」について聞くと(2018年の楽曲「Spells」、2020年に発表した魔女についての小説『Girls Against God』など)、熟考してきた考えをこう述べた。「神秘的なもの、魔法めいたものとの出会いを表現したいと思っているのですが、いつもうまくいきません。ノルウェー語では “walk around the porridge”(遠回しな言い方をする、の意)って言い回しがあるのですが、英語ではどう言えばいいのかな? 言葉にするのはなかなか難しいです」
「それが何なのか、なぜ大切なのかをうまく説明できません。でも、音楽的な構造が、私が書こうとしている言葉を、言葉では言い表せない場所に近づけてくれます。私にとっては、それがとても大切なんです。いつもその境地にたどり着こうとしているのですが、なかなかうまくいきません。でも、失敗するからこそ、挑戦し続けられるのでしょう」
Credit: Jenny Berger Myhre
ヴァルは再び、子どもたちが描いた虹の絵に触れた。「あなたは恐怖とどう向き合うの? 不安とどう立ち向かうの? その問いに対し、安全なイメージを用いるのか、それとも、未知の世界を体験しようとするのか。今回のアルバムではその両方を試みています。場所、説明、ストーリーはかなり自伝的ですが、ごく普通の人間の体験を描いています」
最後に、ヴァルは笑って言った。「EVERYTHING WILL BE FINE!」
By Angus McGrath
Courtesy of The Big Issue Australia / International Network of Street Papers
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