日本国憲法では、障害の有無にかかわらず 、すべての日本国民に等しく参政権が保障されている。2013年の公職選挙法改正時からは、重度の知的障害のある人も投票できるようになった。自分で書くことが難しい人は、候補者や政党名を職員に伝えて代筆してもらうことができる。しかし、世界には知的障害者の投票権が認められていない国もある。オーストラリアの法改正を求める動きについて、豪ボンド大学法律学准教授のウェンディ・ボニソンらによる『The Conversation』寄稿記事を紹介しよう。

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選挙に参加する権利は、国際人権法ならびに国内の人権法で定められている。AAP/James Ross

2022年5月21日に連邦議会総選挙が実施され、18歳以上のオーストラリア人の多くが投票した。選挙に参加する権利は、国際人権法ならびにオーストラリアの人権法に定められている。オーストラリアの連邦選挙法令(Commonwealth Electoral Act)のもとでは、18歳以上のすべての市民は選挙人名簿に記載され、連邦議会選挙で投票する資格を有する。要件を満たしていながら、それがなされない場合は違反にあたる。

しかし、いくつか例外もある。重犯罪を犯した受刑者に加えて、「精神が健全でない(Unsound mind)」者は、選挙プロセスや投票の意義を理解できない場合、選挙人名簿に記載される資格がないのだ。

この「精神が健全でない」とする規定のもとで、知的障害がある多くのオーストラリア国民は投票資格を有さないとされてきた。資格を得るには、選挙システム、ならびに投票の意義が理解できることを明確に示す必要があり、通常、医学的証拠が求められる。一般の有権者たちは、教育、リテラシー、言語、政治システムとの関わりがどうであれ、こんな風に自身の能力を示すことは求められないのだから、これは障害者への差別的な措置といえる。国際的な人権法にも、オーストラリアのその他の法律とも矛盾している。

通常、これに含まれるのは、日常生活に支障をきたすほどの精神疾患(未治療の統合失調症など)や知的障害がある人たちで、そもそも名簿に登録されない者もいれば、介護者が登録名簿からの削除を申請する場合もある。なお、名簿から削除するには、医師からの承認書が必要となる。

障害者自身の意思決定を定めた「障害者の権利に関する条約」を受けて

「精神が健全でない」という前時代的な表現の使用は、1918年に制定された連邦選挙法令にまでさかのぼる。歴史を通して、「精神が健全でない」人たちは法的に認められた判断能力に欠けるとされてきた。「白痴(idiocy)」「精神異常(insanity)」「狂気(lunacy)」といったあきらかな差別用語と同様で、「精神が健全でない」という言い回しはオーストラリアのほとんどの法律から削除されてきたが、なぜか連邦選挙法令には残っている。

そして、国際的な「障害者の権利に関する条約(CRPD)」*1の批准を受け、さらなる法令改革が進められた。CRPDは、知的障害者など能力に関する法のあり方を根本から変えてきた。従来は、障害者を意思決定プロセスから排除する温情主義的な対応が取られてきたが(例:参加することを否定、または、代理人が本人に代わって意思決定する)、CRPDでは、障害者が自分で意思決定するのをサポート(適切なレベルの情報提供など)するようにと定め、障害者が政治的プロセス(選挙での投票など)に参加する権利を有することを義務づけている。

*1 2006年に国連総会で採択され、オーストラリアでは2008年に批准。日本では2014年に効力発生。

障害者自身が意思決定するという「参加型モデル」への流れを受けて、オーストラリア国内では、後見人に関する法律、精神疾患に関する法律、医療の意思決定に関する法律が改正されてきた。CRPDならびに、個人の能力・知的障害・精神疾患に関する現代的理解を反映させてきた。

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Shutterstock

法改正は実現可能なはず

オーストラリアの法改正委員会(The Australian Law Reform Commission)も、法律上の平等、能力、障害に関する調査を踏まえ、選挙法の改正を求めている。その中間報告で法律の文言の書き換えを求め、最終報告では(知的障害者の投票を除外する旨を)そのままにしておくことは差別的だと訴え、完全なる撤回を求めた。しかし、オーストラリア選挙委員会の支持を得てもなお、どちらの提案もまだ実行に移されていない。

選挙法の改正が待たれるのはオーストラリアだけではない。知的障害者を投票行為から排除している国は他にも多くある。しかしフランスなど欧州の複数の国では、自国の法律を徐々にアップデートさせてきた。英国では、知的能力が不足している人の投票を妨げていた法律が撤廃され、どんな知的障害者も投票の資格を有することとなった。この新しい法律では、投票するか否か、どうやって投票するかの判断は本人のみができる、と明確に述べている。他の誰かが代理で投票することは認めていない。
法改正は実現可能なのだ。

知的障害者が行為を強制されないために

選挙法をよりインクルーシブにしていこうとする動きに対して、「そんなことをすると選挙プロセスの完全性を損なうのではないか」との反対意見がよく見られる。知的障害者は他人から行為を強制されやすいので、投票においても不適切な影響を受けやすいのではとの意見だ。また、介護施設などの組織が、入居者や介護サービス利用者に、組織票に加担するようプレッシャーをかけるおそれもあるとの意見もある。

選挙の完全性が懸念されるのであれば、知的障害者が不適切な行為を強制されないよう防止策を取り入れるべきだ。とにかく、障害者にも投票するか否かの選択権を与え、必要なサポートを提供すべきだ。障害者の基本的人権の行使を否定すべきではない。

著者
Wendy Bonython
Associate Professor of Law, Bond University
Bruce Baer Arnold
Associate Professor, School of Law, University of Canberra


※本記事は『The Conversation』掲載記事(2022年5月19日)を著者の承諾のもとに翻訳・転載しています。
The Conversation


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