イヴァンとアドリアン、2人の少年はウクライナでの戦争がきっかけで出会った。ウクライナ難民であるイヴァンの家族は今、ドイツのプフォルツハイム近郊に暮らすアドリアンの家族と一緒に暮らしている。アドリアンの母ゴシアが、ウクライナ難民のホストとなった経緯や最近の生活のようすについて、ストリート誌『トロット・ヴァー』(ドイツ・シュトゥットガルト)に語ってくれた*1

*1 2022年8月時点でドイツは91万人以上のウクライナ難民を受け入れている。日本は1,783人(8月24日時点)。

iStock-1396971407
Victoria Kotlyarchuk/iStockphoto

難民のホストになることを家族全員が決心するまで

イヴァンが家族と共にキーウから逃げ出したのは2022年3月のこと。同じ頃、ゴシアは家族と休暇でスキー旅行に出かけていた。ウクライナで戦争が始まり数日が経った頃だった。
「近くの国の人々が命の危険を感じているというのに、自分たちは休暇に出かけている。そのことに大きな違和感を覚えていました」とゴシアは話す。

戦況が届く中、その違和感は拭いきれない罪悪感へと変わっていった。ポーランドで生まれ、学生時代を過ごしたゴシアは、10年以上前から夫と子どもとドイツで暮らしている。「私たちももっと関わるべきじゃないの?自宅で難民を受け入れるべきじゃないの?」と思うようになった。

最初、息子のアドリアン(11歳)と兄のガブリエル(13歳)は、見ず知らずの人とひとつ屋根の下で生活することをすんなりとは受け入れられなかった。「意地悪な子だったら?」アドリアンは考えた。「他の人と一緒に暮らして、自分たちの食べ物を買うお金はちゃんとあるの?」ガブリエルも気になった。

家族として子どもたちの不安を真剣に受け止めた、とゴシアは語る。不安に思っていることをしっかりと話題にしていく中で、子どもたちも納得していった。だが、心を決める上で特に大きな役割を果たしたのは日々流れてくるニュースだった。「何百人もの難民が体育館で寝泊まりしているニュースを家族みんなで見ていて、わが家もホストになろうと心を決めました」

始まった2家族の共同生活

イヴァンの家族がアドリアンの家に到着したのは、イヴァンの母親オレナの40歳の誕生日だった。これまでは趣味の部屋として使っていた地下の30㎡の部屋に入居することになった。1階の台所とバスルームは両家族で共用だ。今回のように長期の滞在になりそうな場合は、それぞれの家族だけになれる空間が大切だ。「お互いが窮屈な思いをして、数週間もしたらストレスで疲れ切ってしまう事態は避けないと。必要なだけ滞在してもらえるようにしたかったんです」とゴシア。

とはいえ、ゴシアの頭には他の思いもよぎった。戦争体験を経た難民は、深刻なトラウマに苦しめられることがある。ゴシアは、トラウマを抱える少女や若い女性たちの入居施設でケアをする仕事に就いている。「追い込まれた人たちの対応は経験がありますし、同僚に助言を求めることもできる環境は自信になりました」。シフト制の仕事で、夜間や週末に働く分、平日に休みを取れるので、ホストになりやすかったのもある。

2つの家族の共同生活が始まってしばらく経つが、とてもうまくいっているようだ。市民局での登録手続きも済ませたので、難民への経済的支援もまもなく受けられる。イヴァンの家族は、ドイツ滞在中、母親と子ども2人分合わせて月に1000ユーロ弱(約14万円)を受け取る。イヴァンとアナスタシアの学校転入手続きも進み、母親のオレナは臨時の仕事に就くこととなった。

両家族は休日もよく一緒に過ごす。「一緒にサイクリングや散歩をしたり、子どもを遊び場に連れていったりします」とゴシア。いつもの料理だけでなく、ボルシチなど伝統的な東欧料理を作ったりもする。家の中では、ポーランド語、ロシア語、英語が飛び交い、子どもたちは一緒にモノポリー、ルドー(ボードゲームの一種)、ウノなどをして遊ぶ。共同生活がこんなにうまくいくのは稀なのではと感じるくらいだが、戦争の陰が生活の端々に見え隠れするのも事実だ。

TRT_Ukraine refugees in Germany_1
左から、ゴシア、オレナ、ガブリエル、アドリアン、イヴァン、アナスタシア
Credit: Private

戦争が心の奥底にもたらした不安感

救助ヘリコプターが現れると、オレナと子どもたちはまずビクッとする。軍のヘリコプターかと思ってしまうのだ。ドイツで温かく迎え入れられているものの、戦争が彼らにもたらした深い不安感はそう簡単には拭えない。心の奥底に、あらゆる人やものを疑ってしまう気持ちがある。先日もオレナはゴシアに、「ドイツはロシアと同盟を結んだというのは本当か」と尋ねたという。ニュースでそう聞いたのだという。戦争という記憶が彼らを不安な気持ちにさせ、心の安定感を揺さぶる。今、これだけ安全な状況にあってもだ。

2月24日以降、彼らの生活の安定は、乱暴なまでにひっくり返された。家族それぞれがリュックを2つずつ持って、1つは背中に、もう1つは胸の前に抱えて、ウクライナを離れた。2016年に離婚した父親はウクライナに残っている。通っていた学校も、友人たちも、持ち物のほとんどをウクライナに残してきた。

「どれくらい持っていける?」が家族のあいだでよく聞き合う質問になっている。イヴァン、アナスタシア、オレナ、そして、ゴシア、ノルベルト、アドリアン、ガブリエル、全員の力を合わせれば、かなりの荷物を運ぶことができるし、皆そうしたいと思っている。心のバランス感覚は、時間をかけて少しずつ取り戻していくことになるのだろう。

イヴァンはドイツに来てはじめてホバーボード*2に挑戦している。ホバーボードに乗るときもバランス感覚が重要だ。アドリアンに教えてもらい、ずいぶんうまく乗りこなせるようになっている。

*2 乗り手が地面を蹴った勢いで浮遊して前進する、スケートボードが進化したような乗り物。

By Anne Brockmann
abrockmann@trott-war.de

Translated from German to English via Translators without Borders
Courtesy of Trott-War / International Network of Street Papers


*ビッグイシュー・オンラインのサポーターになってくださいませんか?

ビッグイシューの活動の認知・理解を広めるためのWebメディア「ビッグイシュー・オンライン」。

ビッグイシュー・オンラインでは、提携している国際ストリートペーパーや『The Conversation』の記事を翻訳してお伝えしています。より多くの良質の記事を翻訳して皆さんにお伝えしたく、月々500円からの「オンラインサポーター」を募集しています。

ビッグイシュー・オンラインサポーターについて

あわせて読みたい
両親と兄を残してリヴィウの戦禍から英国に逃れた姉妹、のどかな村で想うこととは

過去記事を検索して読む


ビッグイシューについて

top_main

ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。

ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊450円の雑誌を売ると半分以上の230円が彼らの収入となります。